裁判例>最判平成4年4月28日民集46巻4号245頁

最判平成4年4月28日民集46巻4号245頁

主文

 原判決を破棄する。

 被上告人の請求を棄却する。

 訴訟の総費用は被上告人の負担とし、参加によって生じた訴訟費用は被上告補助参加人らの負担とする。

理由

 上告代理人鈴木正次、同横井幸喜の上告理由一について

一 原審の確定した事実関係及び本件訴訟の経過の概要は、次のとおりである。

 1 上告人は、第759004号特許(昭和37年5月19日特許出願、特許発明の名称「高速旋回式バレル研磨法」、以下、この発明を「本件発明」といい、この特許を「本件特許」という)の権利者である。本件発明は、内面が六角又は八角の正多角柱状のバレルの複数個を、主軸を中心とする旋回軌道上の対称位置に等間隔で、バレル又はバレルケースの両端の縦軸を右主軸に平行に配置してバレルの各点が常に同方向を維持しながら、すなわち空間に対して自転することなく主軸を中心としてバレル内装入物(工作物と研磨材の混合物、以下「マス」という)に有効な遠心力が働くような高速度で旋回するように駆動して、遠心効果をマスに与え、同時にバレル内の空間と接するマスの上層部のみを循環流動させ、この流動層を流動する遊離工作物と研磨材を常時不離の接触状態に保ちつつ工作物の全量を均等不断にタンブリングのない摩擦を行って表面研磨をする高速旋回式バレル研磨法に関するものである。

 2 (一) 被上告人は、昭和5010月7日、本件特許の無効審判を請求したところ、審判官は同54年4月16日、本件発明は特許出願前に右発明の属する、技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という)が容易に発明することができたとして、本件特許を無効とする旨の審決(以下「前審決」という)をした。そこで、上告人は、前審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ、東京高等裁判所は昭和58年6月23日、本件発明は特許出願前に当業者が容易に発明することができたとは認められないとして、前審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という)を言い渡し、前判決は確定した。(二) 審判官は、特許法181条2項に従って前記審判事件について更に審理を行い、昭和60年2月15日、本件発明は特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとして、本件審判の請求は成り立たない旨の本件審決をした。

 本訴は、本件審決が、本件発明の特許出願前に頒布された特許明細書である第一引用例(米国特許第1941601号明細書)、第二引用例(米国特許第2561037号明細書)あるいは第三引用例(米国特許第3013365号明細書)のいずれからも本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした認定判断を違法であるとして、被上告人からその取消しを求めて提訴したものである。

 3 前審決を取り消した前判決の理由のうち、前記の各引用例に関する部分は、(一) 第二引用例記載のものは内面が正四角柱状のバレルによる旋回研磨作業である、(二) 本件明細書によると、内面が正四角柱状のバレルを用いる旋回式バレル研磨は、本件発明の内面が六角又は八角の正多角柱状のバレルを用いる旋回式バレル研磨法とマスの挙動も異なり、研磨後の表面粗さなどの作用効果が格段に劣るから、本件発明の研磨方法と同じとはいえない、(三) 第三引用例記載のものは本件発明のような実質的に旋回式バレル研磨作業といえるものではない、(四) そうすると、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例あるいは第三引用例から容易に発明することができたとして本件特許を無効とした前審決は、各引用例の技術内容の認定を誤り、本件発明と各引用例との異同点を誤った認定に基づくものであって違法である、とするものである。

 そして、本件審決は、前判決の右理由に従って、本件発明を特許出願前に当業者が第二引用例あるいは第三引用例から容易に発明することができたとはいえないとし、再度の審判手続において追加された第一引用例記載の発明についても、マスの上層部のみを循環流動させてタンブリングのない摩擦を行って表面研磨をする高速旋回式バレル研磨作業ではないから、これから本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした。

二 原審は、前記の確定事実に基づいて、次のとおり認定判断し、本件審決には、本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした点において違法があるとして、これを取り消した。

 1 第二引用例記載のもののバレルの形状は正四角柱状であり、本件発明のバレルの形状が正六角柱状又は正八角柱状である点を除いて両者の構成は同一であるところ、第二引用例には「本発明はその特殊な一実施例によって開示してあり、当該技術の当業者は上記実施例を種々改変して本発明を容易に他の形態において実施することができる」と記載されている。

 2 (一) 第一引用例記載の発明は、遠心力を働かせてバレルを旋回させるものではないが、一種の旋回式バレル研磨であり、その実施例には正六角柱状のケーシング(バレル)が開示されている。(二) 第三引用例は旋回式バレル研磨法に関するものであり、バレルが本件発明のように、空間に対して自転することなく旋回する動き、すなわち、いわば観覧車的な動きをしないものではあるが、第三引用例には「断面円形の円筒状ドラム(バレル)を使用することが好ましいが、各種の多角形断面のドラム(バレル)を選択することができる」と記載されている。(三) 自転式バレル研磨法においては、従来、正六角柱状又は正八角柱状バレルは周知慣用であった。

 3 遠心力を付与していわば観覧車方式の旋回運動をさせる高速旋回式バレル研磨法において、バレル内のマスの挙動は、バレルの内面形状のみによって定まるものではなく、被上告人が原審で提出した甲第12号証(株式会社諏訪精工舎A作成「遠心バレル研磨の高速度フィルム実験観察報告書」)及び甲第14号証の1ないし3(長野県精密工業試験場B作成の試験成績書)によると、正四角柱状バレルと正六角柱状又は正八角柱状バレルとの比較では、全体のマスの流れには格別の差異は存せず、研磨量や工作物の研磨後の表面粗さに格別顕著な差異は存しないものと認められる。

 4 自転式バレル研磨法や、旋回式バレル研磨法でも第一引用例記載の発明のように遠心力を働かせて旋回するものでないものあるいは第三引用例記載のもののようにバレルがいわば観覧車的動きをしないものと、本件発明の高速旋回式バレル研磨法とではバレル内のマスの挙動に差異があるが、バレルの形状を除いて本件発明とその構成も同一で、マスの挙動、研磨量及び研磨後の表面粗さについても格別の差異がない第二引用例記載のものにおいて、第一ないし第三引用例における示唆に基づき、第二引用例記載のものの正四角柱状のバレルの形状に代えて、従来、自転式バレル研磨において周知慣用であった正六角柱状又は正八角柱状バレルを採用することは、格別の発明力を要しないで想到し得る程度にすぎず、本件発明と第二引用例記載のものとの作用効果に差異が認められるとしても、第二引用例記載のもののバレルの形状を第一ないし第三引用例の示唆に基づき正六角柱状又は正八角柱状バレルに置換することで当然に達成し得る範囲を出ない。

 したがって、本件発明は特許出願前に当業者が容易に発明することができたものである。

 5 再度の審決取消訴訟において、当事者が、再度の審決の認定判断した論点に係るものではあるが、右認定判断において審究・説示されていない事項であって右認定判断を否定する方向の事実を裏付ける証拠を提出した場合には、裁判所が右証拠による事実認定に基づいて再度の審決の認定判断を違法とすることは許されてしかるべきであり、取消判決の拘束力の法理はこれを妨げるものではない。

 本件において、第二引用例記載のもののバレル内のマスの挙動及び研磨量、工作物の研磨後の表面粗さが本件発明と対比して実質的に差異がないことは、被上告人が再度の審決取消訴訟である原審に至って提出した前記証拠によって裏付けられるのであり、しかも、この点については、本件審決の認定判断において具体的に審究・説示されていない以上、本件審決の認定判断を誤りとすることは何ら妨げられないというべきである。

三 しかしながら、原審の右認定判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い、審決をすることとなるが、審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから、再度の審理ないし審決には、同法33条1項の規定により、右取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の右認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは右主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく、審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は、その限りにおいて適法であり、再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。

 このように、再度の審決取消訴訟においては、審判官が当該取消判決の主文のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上、その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは、確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず、再度の審決の違法(取消)事由たり得ないのである(取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断の当否それ自体は、再度の審決取消訴訟の審理の対象とならないのであるから、当事者が拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断を誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返し、これを裏付けるための新たな立証をすることは、およそ無意味な訴訟活動というほかはない)。

 2 以上に説示するところを特許無効審判事件の審決取消訴訟について具体的に考察すれば、特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由により、審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されないのであり、したがって、再度の審決取消訴訟において、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りである(同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができた)として、これを裏付けるための新たな立証をし、更には裁判所がこれを採用して、取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決を違法とすることが許されないことは明らかである。

 3 これを本件についてみるのに、(一) 前判決は、本件発明と第二引用例記載のものとはバレルの構成の相違によってマスの挙動が異なり、右マスの挙動の相違により作用効果も大きく異なるから、両者の研磨方法は同一であるとはいえず、第二引用例記載のもののバレルの構成を本件発明のバレルの構成と置換することが容易でないことはいうまでもないとして、また、第三引用例記載のものは本件発明と研磨法を異にするとして、第二引用例あるいは第三引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとは認められないとして前審決を取り消したものであり、(二) 前判決確定後にされた本件審決は、前判決の拘束力に従い、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例あるいは第三引用例から容易に発明することができたとはいえないとしたものである。

 再度の審判手続において審判官は、前判決が認定判断した同一の引用例(第二引用例あるいは第三引用例)をもって本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かにつき、前判決とは別異の事実を認定して異なる判断を加えることは、取消判決の拘束力により許されないのであるから、本件審決は、右取消判決の拘束力に従ってされた限りにおいて適法であるとされなければならない。

 しかるに、原審は、原審において提出された前記甲第12号証及び第14号証の1ないし3を採用して、右各証拠によると、本件発明と第二引用例記載のものとはバレルの構成の相違によっても全体のマスの流れに格別の差異はなく、作用効果にも顕著な差異はないことが認められるとした上で、第二引用例記載のもののバレルの形状を本件発明のバレルの形状に置換することも、第一ないし第三引用例及び周知慣用手段から当業者に容易であるとした。

 前判決の拘束力に従ってされた本件審決の取消訴訟において、前判決が特定の引用例(第二引用例)記載のものは本件発明とはマスの挙動や作用効果が大きく異なり、右引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした認定判断を否定する主張立証の許されないことは前述のとおりである。しかるに、原判決は、許さるべきでない主張立証を許し、これを採用した結果、本件発明と第二引用例記載のものとはマスの挙動や作用効果に格別の差異はなく、本件発明は特許出願前に当業者が第二引用例から容易に発明することができた旨前判決の拘束力の及ぶ前記認定判断とは異なる認定判断をした点において、取消判決の拘束力に関する法令の解釈適用を誤った違法があることが明らかである。原判決は、右認定判断の過程で、第三引用例並びに前判決において検討されていない第一引用例及び周知慣用手段について検討を加えてはいるものの、これらは(第二引用例記載のものと本件発明とのマスの挙動や作用効果に格別の差異はないとの認定判断の後に、第二引用例記載のもののバレルの形状を本件発明のバレルの形状に置換することの容易性についての認定判断の際に用いられており)、本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かを認定判断する際の独立した無効原因たり得るものとして、あるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとして、検討されているのでなく、原判決は、第二引用例を主体として、本件発明の進歩性の有無について認定判断をしているものにほかならない。したがって、第一引用例及び周知慣用手段がその判断の際に用いられているにしても、原判決に前記の違法があることに変わりはなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点の違法をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

 四 そして、被上告人は、第一ないし第三引用例のいずれからも本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断を違法であるとして、その取消しを求めているが、第二引用例あるいは第三引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断は、前判決の拘束力に従ったものであって適法であることは前判示のとおりであり、また、第一引用例及び周知慣用手段が、独立の無効原因たり得るものあるいは第二引用例を単に補強するだけではなくこれとあいまって初めて無効原因たり得るものとはいえないことは原判決の判示するとおりであるから、第一引用例から本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとした本件審決の認定判断もまた適法である。以上説示したところによれば、被上告人の審判の請求は成り立たないとした本件審決は適法であり、その取消しを求める被上告人の請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。

 よって、行政事件訴訟法7条、民訴法408条、96条、94条、89条、93条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。

 私は法廷意見のうち論旨に対する判断には賛成であるが、その前提となる行政事件訴訟法33条1項の解釈については、法廷意見とは別の解釈をとっているので、以下、私の補足意見を述べることとする。

 いわゆる当事者系無効審判の審決について、裁判所に取消しの訴えを提起できることは、特許法178条及び181条1項の規定に照らし明らかであるが、特許法及び行政事件訴訟法の関係条文は、右取消しの訴えの訴訟形態に適合した運用について明確で整合性のある規定を具備しているとはいえない状態にある。当事者系無効審判の審決に対する訴えについては、当事者、参加人等(特許法178条2項)が、事案に応じて当該審判の請求人又は被請求人を被告として提起することができるとされている(同法179条ただし書)。したがって当事者系審決取消訴訟は、行政庁(審判官、特許庁長官等)を被告としない取消訴訟という点で、典型的な取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)と異なるのみならず、原被告間の法律関係を確認し又は形成する処分に関する訴訟ではないという点で、いわゆる形式的当事者訴訟(同法四条前段)ともその性格を異にするのである。この点について、当事者系審決取消訴訟は、その実質において、行政庁(審判官ひいては特許庁長官)の公権力の行使に関する不服の訴訟であることから、行政事件訴訟法の取消訴訟に関する規定(同法2章1節)を適用することが妥当であるとする見解があるが、私は、当事者系審決取消訴訟の根拠法規については、行政事件訴訟法の当事者訴訟に関する規定(同法3章)を準用するか、あるいは、立法論として、本件で問題とされている事柄に関する明文の規定を置くことも含めて、特許法上、特殊な当事者訴訟に関する規定を設けることが望ましいと考えている。しかし、解釈論としては、当事者訴訟の規定を準用する場合でも、本件の争点に関する問題は同様であるから(同法41条1項)、ここでは、取消訴訟の規定と当事者系審決取消訴訟との関係一般の問題として検討することとする。

 まず、当初の審決取消判決が確定したときに右判決が再度の審判における審判官の審決に及ぼす効力については、従来の実務では、右審決に当たる審判官に対し、行政事件訴訟法33条1項の規定を適用し、審決を取り消す判決は、その事件について、審判官を拘束するとしている。私は、右条項の定める取消判決の拘束力は、取消判決の実効性を担保するために、右規定によって与えられた特殊の効力であり、当事者たる行政庁のみならずその他の関係行政庁に対して処分を違法とした判決の内容を尊重し、当該事件について判決の趣旨に従って行動すべきことを義務づけたものであると解する(同条2項参照)。ところが、当事者系審決取消訴訟においては、当事者たる行政庁は存在せず、審判官を右条項にいう関係行政庁と見ることもできないので、同法33条の規定をそのまま適用することはできないと解すべきであるが、右取消訴訟が特許法上の特殊な取消訴訟として取り扱われていることを考慮して、当事者訴訟について行政事件訴訟法41条により同法33条1項を準用するのと同様の趣旨により、当事者系審決取消訴訟についても、同法33条1項を準用することとし、実質上の当事者たる行政庁としての審判官は、前訴の判決の趣旨に従い審決をしなければならないものと解するのである。

 ここまでは、従来の実務及び本判決の法廷意見のとる見解とほぼ同意見であるが、更に進んで、再度の審判の審決を不服として提起された再度の審決取消訴訟の審理判断において、当初の審決取消訴訟の判決の趣旨に従ってされた当該審決を、その限りにおいて適法であるとし、これを違法とすることができないということについては、法廷意見が述べるように当然の理であるとは考えない。前に述べたとおり、行政事件訴訟法33条は、取消判決の実効性を担保するという政策的な見地から、当該処分に関係のある行政庁に対し判決の趣旨に従うべきことを規定したのにとどまり、当初の審決取消訴訟の判決が再度の審決取消訴訟の係属する裁判所の審理判断をも当然に拘束することを規定したものではないと解されるからである。

 通常の取消訴訟では、再度の訴訟が提起されて本件のような問題の生ずることは例外といってよいと思われるが、特許無効審判という通常の行政庁の処分とは異なった態様の手続を前審手続とする審決取消訴訟の特殊性がある上、最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決(民集30巻2号79頁)の判旨から見ても、再度の審判において、当事者双方による新たな主張立証が行われ、事案によっては更に手続が反復されることにより、無効審判及び審決取消訴訟が際限なく続けられる可能性を否定することができない。このような性格を有する審決取消訴訟については、私は、右訴訟が当事者訴訟的性格を有することを重視する見地に立って、当事者訴訟について行政事件訴訟法三三条一項を準用する場合の後訴の裁判所に対する右規定の意義という観点から解釈を加える必要があると考える。すなわち、右規定の背後にある公益性への配慮あるいは迅速で実効性のある訴訟の遂行という法意にかんがみれば、当初の審決取消訴訟に続く累次の訴訟において、裁判所は、従前の各確定判決の理由中の認定判断から審決の根拠となるべき行為規範を見出し、それとの関係において、審決の適法性を審理し判断することが、行政事件訴訟の制度の趣旨にも合致した妥当な処理であると考えるのである。

 右に述べたような見地から、私は、法廷意見三の3に示された理由により、本件審決の認定判断を適法と認めるのである。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)