裁判例>大阪高判平成18年5月31日裁判所HP参照

大阪高判平成18年5月31日裁判所HP参照

主文

 1 本件控訴(ただし、後記第5発明についての特許権に基づく請求に対する控訴)をいずれも棄却する。

 2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人Y1は、別紙「イ号物件説明書」記載の物件を製造販売してはならない。

 3 Y2は、別紙「イ号物件説明書」記載の物件を販売してはならない。

 4 被控訴人らは、別紙「イ号物件説明書」記載の物件を廃棄せよ。

 5 被控訴人らは、控訴人に対し、各自1億9200万円及びこれに対する平成13年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 6 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

 (1)本件は、被控訴人Y1が製造販売し、Y2がY1より購入して販売する自動刃曲加工システムが、控訴人の有する特許権(特許番号第2139927号。発明の名称「ナイフの加工装置」。請求項の数9。)の後記第1発明及び第5発明の技術的範囲に属するとして、控訴人が、Y1に対して製造販売の差止め、Y2に対して販売の差止め、被控訴人らに対して廃棄を求めるとともに、被控訴人らに対して特許権侵害による損害賠償を請求した事案である。

 (2)原審は、①後記第1発明は、その特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明と同一であり、後記第1発明についての特許は、特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前)に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかであること、②後記第5発明は、特許出願前に当業者が、特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、後記第5発明についての特許は、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかであることを理由に、控訴人の請求はいずれも権利の濫用に当たり許されないとして、これらを棄却した。

 (3)これに対し、控訴人が本件控訴を提起し、当審において後記第1発明についての特許権に基づく訴えを取り下げ、被控訴人らはこれに同意した。

 2 前提となる事実(証拠を掲記した事実以外は、当事者間に争いがない。)

 (1)特許権

 ア 控訴人は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する。

  特許番号 第2139927号

  発明の名称   ナイフの加工装置

  出願年月日   平成5年4月21日(特願平5-93975号)

  出願公告年月日 平成7年4月26日(特公平7-36934号)

  登録年月日   平成11年1月22日

 イ 本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書(以下、本件特許権の特許出願の願書に添付された明細書〈ただし、平成6年法律第116号による改正前の特許法64条による補正後のもの〉を「本件明細書」といい、特許公報〈甲第2号証。原判決末尾添付。〉を「本件公報」という。)の特許請求の範囲の請求項1、請求項5の記載は、次のとおりである(以下、同特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「第1発明」、請求項5記載の発明のうち請求項1を引用した発明を「第5発明」といい、第1発明及び第5発明を包括して「本件発明」という。)。

 「【請求項1】 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段とを具備するナイフの加工装置において、上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備し、上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とするナイフの加工装置。」

 「【請求項5】 加工するナイフの全長を、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出するようにした請求項1若しくは2記載のナイフの加工装置。」

 ウ(ア)第1発明を構成要件に分説すると、次のとおりである。

  A 以下を具備するナイフの加工装置において、

  ① 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段

  ② 上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段

  B 上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備する

  C 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する

  E ナイフの加工装置

 (イ)第5発明を構成要件に分説すると、次のとおりである(構成要件AないしC、Eは、第1発明と共通である。)。

  A 以下を具備するナイフの加工装置において、

  ① 長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段

  ② 上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段

  B 上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備する

  C 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する

  D 上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する

  E ナイフの加工装置

 (2)被控訴人らの行為

 Y1は、自動刃曲加工システム(ABS303及びABS302FA。以下「イ号物件」という。)を製造販売し、Y2は、これをY1から購入して販売している(ただし、イ号物件の特定については後記争点(1)のとおり争いがある。)。

 (3)第1発明についての特許の無効

 Y1は、平成15年7月25日付け審判請求書(乙第29号証)により、第1発明についての特許に係る無効審判を請求した(無効2003-35311号)ところ、特許庁審判官は、平成16年1月30日、第1発明は、引用例である欧州特許出願公開第0118987号公報(乙第25号証)に記載された発明であって、特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前)に規定する発明に該当するから、第1発明についての特許は、同規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)により無効とすべきものであるとの審決をし(乙第30号証)、同審決は確定した。

 (4)第5発明に関する訂正審判

 控訴人は、平成17年1月21日付け審判請求書(甲第17号証)により、本件明細書の特許請求の範囲の請求項5について訂正審判を請求した(訂正2005-39011号)ところ、特許庁審判官は、同年3月8日、控訴人に対し、同月4日付け訂正拒絶理由通知書を発送した(甲第18号証)。

 これに対し、控訴人は、同年4月11日、上記訂正審判の請求を取り下げ(甲第19号証)、同日付け審判請求書(甲第20号証)により、本件明細書の特許請求の範囲の請求項5について、再度、訂正審判を請求した(訂正2005-39061号)ところ、特許庁審判官は、同年6月8日、控訴人に対し、同月6日付け訂正拒絶理由通知書を発送した(甲第21号証)。

 これに対し、控訴人は、同年7月8日付け意見書を提出した(甲第22号証)が、特許庁審判官は、同年11月25日、上記訂正審判の請求について、請求不成立の審決を行った(甲第23号証)。

 これに対し、控訴人は、同年12月22日、上記訂正審判の請求を取り下げ(甲第24号証)、平成18年1月20日の当審口頭弁論終結日(平成17年12月28日付け控訴人第3準備書面の陳述)において、本件明細書の特許請求の範囲の請求項5について、新たな訂正審判の請求を行う予定であると主張している(記録上明らかな事実)。

 3 争点

 (1)イ号物件の特定

 (2)第5発明についての構成要件充足性

 (3)第5発明についての特許の明白な無効理由の存否

 (4)損害

 (以下、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に関する当事者の主張」の上記争点(1)ないし(4)に係る部分及び「第4 当裁判所の判断」の上記争点(3)に係る部分を引用した上で、当審において、内容的に付加訂正をした主要な箇所をゴシック体で記載し、それ以外の字句の訂正、部分的加除については、特に指摘しない。ただし、控訴人は、当審において、イ号物件説明書を原判決別紙「イ号物件説明書(原告案)」から本判決別紙「イ号物件説明書」に変更し、これは、控訴人が原審において侵害物件であると主張しているY1製造販売に係る自動刃曲加工システムについて、その構造の説明内容を変更したものであって、物件としては同じものであるとしているが、上記争点(1)及び(2)について、上記説明内容の変更に伴う新たな主張をしていないので、上記両争点に関する当事者の主張は、原審における原判決別紙「イ号物件説明書(原告案)」に基づく主張を摘示する。)

 4 争点に関する当事者の主張

 (1)争点(1)(イ号物件の特定)

 【控訴人の主張】

 ア イ号物件の構成

 イ号物件は、原判決別紙「イ号物件説明書(原告案)」に記載のとおりである。

 イ 構成の分説

 イ号物件の構成を分説すると、次のとおりである。

  a 以下を具備するナイフの加工装置において、

  ① コンピュータ部1には、CAD等で作成された長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状のデータD1を記憶したFD(フロッピーディスク)等を収納するFDD(フロッピーディスクドライブ)11がある。

  ② コンピュータ部1は、上記ナイフの幾何学的な曲げ加工形状のデータD1と、ナイフ素材Aの種類、硬度等に関するデータD2に基づき、ナイフ素材Aの送出量Si及び加工部2の移動ダイス20bに対する曲げ動作量MiのデータD3を算出する演算部15を有している。

  b コンピュータ部1には、そのディスプレイ14に表示された欄に、ナイフ素材Aの種類、硬度等に関するデータD2を入力するマウス12及びキーボード13がある。

  c 上記演算部15は上記FDD11により入力されたデータD1と上記マウス12及びキーボード13により入力された上記データD2とに基づいてデータD3を算出する

  d 上記演算部15は上記FDD11により入力されたデータD1における屈曲部におけるナイフ素材Aの中心軸の伸びを考慮してナイフAの全長に関する切断加工データD4を算出する

  e ナイフの加工装置

 【被控訴人らの主張】

 ア イ号物件の構成

 原判決別紙「イ号物件説明書(原告案)」のうち、第1図-1、第2図、「2 イ号物件の構造」のうち③ないし⑤は否認し、その余は認める。

 イ号物件は、原判決別紙「イ号物件説明書(被告案)」記載のとおりである(同別紙の下線部は、原判決別紙「イ号物件説明書(原告案)」と異なるところである。)。

 イ 構成の分説

 上記【控訴人の主張】イ(構成の分説)のうち、構成a①及び構成eは認め、その余は否認する。

 (2)争点(2)(第5発明についての構成要件充足性)

 【控訴人の主張】

 ア イ号物件の構成a①は、第5発明の構成要件A①を充足する。

 イ イ号物件の構成a②は、第5発明の構成要件A②を充足する。

 ウ イ号物件の構成bは、第5発明の構成要件Bを充足する。

 エ イ号物件の構成cは、第5発明の構成要件Cを充足する。

 被控訴人らは、平成13年12月7日の原審第2回口頭弁論期日(同日付け被控訴人ら準備書面(1)の陳述)において、イ号物件が構成b、cを備え、第1発明(第5発明と共通)の構成要件B、Cを充足することを認めたが、平成15年3月3日の原審第11回口頭弁論期日(同年1月24日付け被控訴人ら準備書面(9)の陳述)において、イ号物件が構成要件B、Cを充足しないと主張した。これは自白の撤回に該当するものであり、自白の撤回には異議がある。

 オ イ号物件は、屈曲部の中心軸の伸びにより生ずる直線部分におけるずれを考慮してナイフの全長を算出する機能を有しているから、イ号物件の構成dは、第5発明の構成要件Dを充足する。

 カ イ号物件の構成eは、第5発明の構成要件Eを充足する。

 【被控訴人らの主張】

 ア 上記【控訴人の主張】ア、カは認め、その余は争う。

 イ 本件発明の「特性データ」は、機械部の特性に関するデータと刃材の材料特性に関するデータの双方からなるものであり、しかも、これらのデータが別個に備えられているものでなければならないと解される。これに対し、イ号物件に使用されている「特性データ」は、実測値を採用しており、刃材の種類、曲げ加工装置ごとに異なるから、「特性データ」には、機械部の特性と刃材の材料特性の両者が一体として混在しており、機械部の特性に関するデータと刃材の材料特性に関するデータが独立のデータとしては備えられていない。したがって、イ号物件は、第5発明の構成要件B、Cを充足しない。

 被控訴人らは、平成13年12月7日の原審第2回口頭弁論期日(同日付け被控訴人ら準備書面(1)の陳述)において、刃材の特性が含まれるデータであればいずれも本件発明の「特性データ」に該当すると理解して、イ号物件が構成要件B、Cを充足することを認めた。しかし、BBS-101(Y1が平成2年3月以前から製造販売していたナイフ加工装置)やイ号物件の実測値データは「特性データ」と異なるものであるから、この自白は事実に反するものであり、かつ「特性データ」の意味の誤解に基づくものであるから、錯誤に基づくものである。したがって、この自白を撤回する。

 ウ 本件明細書の記載に照らすと、第5発明の構成要件Dにいう「上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する」とは、材料取りのためにナイフの全長を算出するに当たって、ナイフを直線部と屈曲部とに分け、直線部の長さについてはCADデータに規定された寸法を用い、屈曲部については、本件公報の図4(b)における中心軸Yの伸びmの分だけCADデータの中心軸Yの長さから差し引いた値、すなわち同図の中立軸Xの長さを用いて、両者の合計としてナイフの全長Lを計算するものであると解釈することができる。

 これに対し、イ号物件における円弧長の調整は、まず一区切りの刃材の試し曲げを行い、その結果をテストパターン板と対比して、両者の間にずれが生じている場合には、そのテストパターン板における溝の中心線を基準に、前後端におけるコーナー部のずれを測定し、それを用いて円弧長を調整するものであり、中立軸の長さが算出されることはない。したがって、イ号物件は第5発明の構成要件Dを充足しない。

 (3)争点(3)(第5発明についての特許の明白な無効理由の存否)

 【被控訴人らの主張】

 ア 乙第25号証等

 (ア)乙第25号証(欧州特許出願公開第0118987号公報)、第26号証(英国特許出願公開第2116086号公報)は、本件発明の出願前に外国において頒布された刊行物である。

 (イ)乙第25号証には、金属帯材(metal strip)、特にシート材料を切り抜くための切断刃(cutting blade)を製造するための金属帯材の曲げ加工装置及び曲げ加工方法に関する発明が記載されている。

 乙第25号証にいう「characteristic」という語は、ナイフの曲げ加工に関する「特性」を意味し、ナイフの曲げ加工データを算出する際にこれを考慮することは、ナイフのシート加工性能を向上させるなど、ナイフの曲げ加工を正確にするという技術的意義を有する。そして「characteristic」は、マイクロコンピュータに格納されることが明記されている。

 本件明細書の記載からして、本件発明の「特性データ」は、屈曲による伸び量とスプリングバック量を共に考慮したものに限定されない。

 したがって、乙第25号証の「characteristic」は、本件発明の「特性データ」に該当するものである。

 (ウ)乙第25号証の図7のブロック48には、曲げ加工データの算出に当たって演算が介在していることが示されており、この演算は、乙第25号証が依拠する乙第26号証記載の「曲げ加工形状入力手段」から入力された「幾何学的な曲げ加工形状」と「特性データ」とに基づいて「曲げ加工データ」を算出するために、マイクロコンピュータによって行われるものである。

 (エ)したがって、第5発明のうち第1発明を引用する部分(構成要件A①、A②、B、C、E)は、特許出願前に外国において頒布された刊行物である乙第25、第26号証に記載された発明と同一である。

 イ 乙第32号証等

 (ア)乙第32号証(特開昭59-47029号公報)記載の「L=a+(θ/360)2π(R+t0/2)+b」という計算式は、仮にそれが板厚の減少を考慮して屈曲部の伸びを補正するものであるとしても、その技術的意義は、板材の全長を算出するに当たり、屈曲部の長さを中心軸の長さとして算出することにある。

 曲げによって中立軸が内側にどれだけ移動するかは、板厚の大小ではなく、曲げ半径/板厚の値によって決定されるが、このことは、曲げ加工の技術分野において周知であるから、加工対象となる板厚の相違をもって、本件発明と乙第32号証記載の発明との相違ということはできない。また、本件発明は一回の動作で曲げを達成することを排除するものでないから、曲げ回数の相違をもって、本件発明と乙第32号証記載の発明との相違ということはできない。

 (イ)乙第33号証(塑性加工研究会・プレス便覧編集委員会編「プレス便覧」)には、曲げ角度θ(度)、材料の曲げを含まない部分の長さa、b、最初の板厚t、曲げ半径ri、中立面の位置λの場合のV型製品の展開長さLは、

  L=a+b+x・・・・(40)

  ただし x=(ri/t+λ)tπ(θ/180)・・・・(41)

  という式で計算されることが記載されている。

 乙第32号証記載の前記(ア)の計算式に代えて、中立軸の長さを算出するという技術的意義を有する乙第33号証の上記式(40)、(41)を用いれば、第5発明の構成要件Dを想到するのは容易である。

 (ウ)乙第33号証のみならず乙第34号証(社団法人日本塑性加工学会編「プレス加工便覧」)にも、屈曲部では中立面が内側に移動するため中心軸が伸びることを考慮して、ブランクの長さを中立軸の長さとして算出することが記載されており、板材の曲げ加工の技術分野において、曲げによる中心軸の伸びを考慮してブランクの全長を算出することは周知である。また、乙第35ないし第39号証の公開特許公報又は特許公報に示すとおり、当該技術分野において、曲げによる伸びを考慮して加工データを補正することは単なる慣用手段にすぎない。

 (エ)したがって、第5発明は、乙第25号証に記載された発明と、乙第32号証に記載された発明若しくは第33号証に記載された内容、乙第35ないし第39号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、第5発明についての特許は、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。

 ウ 「発明の詳細な説明」の記載

 (ア)本件明細書の記載からして、第5発明の特徴の一つは、「幾何学的な曲げ加工形状」と「特性データ」とに基づいて、「演算手段」が「ナイフの曲げ加工データ」を算出する点にあり、したがって、「幾何学的な曲げ加工データ」と「特性データ」とに基づき、具体的にどのようにして「曲げ加工データ」を算出するのかを明らかにしなければ、第5発明の中核的部分を開示したことにはならない。ところが、本件明細書の「発明の詳細な説明」には、「このように決定された曲げ動作回数Nを満足するように特性データD2に含まれる各種パラメータを用いて上記曲げ動作量Mi、送り出し動作量Siが演算される。」(本件公報10欄7行ないし10行)と記載されているのみであり、「特性データD2」に含まれる「各種パラメータ」(これ自体、その範囲が不明瞭であり、互いに特性が全く異なるものである。)を用いてどのようにして「曲げ動作量Mi」及び「送り出し動作量Si」を演算するかは依然不明である。

 また、材料特性と機械部の特性という全く異なる2種類のデータをどのように関連づけて「曲げ加工データ」を算出するかという点について、当業者が容易に実施できる程度に具体的に記載されていない。

 (イ)したがって、本件明細書の「発明の詳細な説明」には、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が容易に実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないから、第5発明についての特許は、特許法36条4項(平成6年法律第116号による改正前)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法123条1項3号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかである。

 【控訴人の主張】

 ア(ア)乙第25号証について被控訴人らが「特性データ」と訳している「characteristic」という語は、単に「特性」という意味であり、「スプリングバックに関する特性」を示す趣旨で用いられており、所定の変位量で曲げ量を変位させた際に得られた実際の曲げ角(スプリングバックが生じた状態の角度)を測定した数値を採取したものであって、本件発明の「特性データ」に該当しない。被控訴人らは、これを自己に都合がいいように「特性データ」と訳しているだけである。

 「characteristic」という語を、本来の訳である「スプリングバックに関する特性」と言い換えて乙第25号証を読むと、スプリングバック量を実測してその実測値データを結んで得られる曲線を6次多項式に置き換えて必要修正量を算出することが開示されているにすぎず、そこには、屈曲による伸び量とスプリングバック量を共に考慮しつつ修正を加えるための「特性データ」に関する説明はない。さらに、実測値を集積したデータベースに基づいて曲げ加工データを導くということは、所望の曲がり角に対応したデータベース上の曲げ具合の変位量を加工データとして用いているだけであるから、曲げ加工データの算出に当たって演算は介在していない。

 (イ)したがって、第5発明のうち第1発明を引用する部分(構成要件A①、A②、B、C、E)は、乙第25号証に記載された発明と同一ではない。

 イ(ア)乙第32号証は、NCタレットパンチプレス機における板金加工作業に関する発明である。NCタレットパンチプレス機において曲げの対象となる板金は、厚さは3mm程度(最大で6.3mm程度)、大きさは900mm×1800mm程度(最大で1575mm×2050mm程度)の、十分な厚みを有する大型の板材である。また、その曲げは、所望の曲げに適合する金型に板材を載せ、プレス機で一気に力を掛け、一回で曲げを達成するものである。また、乙第33、第34号証は、プレス機に関する文献であるから、対象となる板材は、十分に厚みを有する大型の板材であり、曲げの方法もプレス機による一回曲げを前提としている。

 これに対し、本件発明が曲げの対象としているのは、肉厚寸法0.4ないし1.0mmのごく薄いナイフ(刃材)(通常、幅は23.5mm)であり、このような薄い部材を送り出しながら、ダイスを送り出しに合わせて複数回押し出すことによって曲げを実施する。このような場合、板厚の減少を基に補正式を考慮することは不可能であるから、一回の押し出しに伴い発生する「中心軸の伸びm」を考慮することによって伸びによる補正を行うこととしているのである。

 したがって、乙第32号証記載の発明が対象とする部材、曲げ方法は、本件発明が対象とする部材、曲げ方法と明らかに異なる。

 (イ)乙第32号証には、材料の必要寸法を求めるに当たり、屈曲部分の寸法について、(θ/360)2π(R+t0/2)という計算式によって求めることが記載され、板材の厚さtではなく、曲げ部分の平均板厚t0を用いるとされている。曲げ部分の平均板厚とは、特定の材質、板厚、曲げ方法の下で曲げを行うことによって、伸びを原因として薄くなった板材の厚みを実測した平均値であるから、屈曲部分の寸法を表す上記計算式は、曲げ実施後に薄くなった板材の2分の1の位置の弧の長さを求める式である。NCタレットパンチプレス機のようなプレス機による板金加工がされた場合には、板材が十分な厚みを有しているから、伸びの結果が板材の厚みの減少という形で明確に現れ、このような現象を利用して屈曲部の伸びを補正するために上記計算式が考え出されたものである。したがって、乙第32号証の発明は、材料の必要寸法Lを求めるに当たり、「板材の厚みの減少を考慮して」屈曲部の伸びを補正しているが、「中心軸の伸び」を考慮したものではない。

 (ウ)したがって、乙第32ないし第34号証によって、第5発明に進歩性がないことが明らかであるとはいえない。

 (エ)乙第35ないし第39号証の発明が前提としている折り曲げ加工機は、いずれもパンチプレス機及び同様の機能を有するプレスブレーキ機によるものであるから、乙第35ないし第39号証によっても、第5発明に進歩性がないことが明らかであるとはいえない。

 (オ)本件発明にかかる曲げ装置の特色は、塑性加工(永久的な変形)であって、曲げ加工を行う場合に切断寸前のせん断を材料に与え、それによって曲げ加工を行うと共に、このようなせん断を伴う曲げを連続的かつ重畳的に繰り返すこと(以下「マルチ複合曲げ」という。)により任意の曲げ形状を整形することである。マルチ複合曲げでは、曲げと伸びとの関係がブレーキプレス(プレス機で一気に力を掛け、一回で曲げを達成するもの)と比べて格段に複雑で、ブレーキプレスの曲げの理論(曲げを与えたときの伸びの理論)は、当てはまらない。本件発明では、マルチ複合曲げという複雑な曲げ加工分野において、屈曲部の伸びの制御、すなわち切断加工データの演算を行っている。

 これに対し、乙第25号証に記載された発明は、「複数回曲げる」ことに関するものではあるが、材料に曲げを与えたときのスプリングバックに伴う「永久的な変形」のみを問題にしており、「永久的な変形」は、曲げ加工により生じる曲げ角度として現れる変形に限定されている。そして、乙第25号証には、ナイフをマルチ複合曲げ装置にかけた時のナイフの曲げ角度を制御する方法は記載されているが、ナイフに曲げを起させたときのナイフの伸び(屈曲部の伸び)を制御する方法(切断加工データの演算)についてはまったく記載がなく、そのままではマルチ複合曲げにおける伸びの制御についての資料とはならない。

 したがって、マルチ複合曲げの領域においては、単にマルチ複合曲げにおける曲げ角度の調整の問題のみを扱っている乙第25号証に記載された発明と、マルチ複合曲げにはまったく通用しないブレーキプレスにおける曲げと伸びの問題を扱っている(すなわち、一回の曲げに対する伸びを考慮しているにすぎない)乙第32ないし第39号証とを組み合わせたとしても、本件発明に係るマルチ複合曲げにおける伸びの制御(すなわち、マルチ複合曲げにおける伸び)を考慮した演算を可能とする手法を求めることは当業者といえども非常に困難である。

 ウ 明細書の「発明の詳細な説明」は、その内容に基づいて当業者が発明を実施できる程度に記載されていれば足りる。

 被控訴人らは、本件明細書に具体的な関係式が明確に記載されていないと主張するが、「動作回数N」を求めるための関係式の説明としては、「多角形の各辺と該各辺に内接又は外接する円弧との誤差が許容範囲D1′内となるようなルール下にて曲げ動作回数Nを演算により決定する」(本件公報9欄42行ないし45行)ような関係式との説明がされており、当業者であれば、上記記載に基づき容易に実施可能である。また、上記「曲げ動作回数N」を導くことによって多角形の形状(角度及び一辺の長さ)が確定するから、当業者が「曲げ加工データD4′(曲げ動作量Mi、送り出し動作量Si)」の演算を実施することは容易である。

 したがって、本件明細書の「発明の詳細な説明」は、当業者が容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されているから、第5発明についての特許に無効理由はない。

 (4)争点(4)(損害)

 【控訴人の主張】

 被控訴人らは、平成10年9月1日から平成13年8月31日までの間に、イ号物件を単価800万円で少なくとも120台製造販売し、被控訴人らは、それによって少なくとも1億9200万円の利益を得た。

 【被控訴人らの主張】

 控訴人の主張は争う。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(3)(第5発明についての特許の明白な無効理由の存否)について

 (1)第5発明の要旨等

 ア 前記第2、2の前提となる事実(1)イ、ウによれば、第5発明の要旨は、「長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段とを具備するナイフの加工装置において、上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備し、上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出することを特徴とし、加工するナイフの全長を、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出するようにしたナイフの加工装置。」である。

 イ 本件明細書中には、本件発明について、次のとおりの説明がある(甲第2号証)。

 (ア)「【産業上の利用分野】本発明は、打ち抜きプレス加工などにより紙、プラスチック、段ボールなどのシートを所定形状に打ち抜いたり、これに折り目を付けるために用いられる長尺薄板状のシート加工用ナイフ(以下ナイフ)を素材から切断し、この所定の形状に折り曲げる加工装置に関するものである。」(本件公報3欄34行ないし39行)

 (イ)「【従来の技術】例えば、図5に示す如く、この種のナイフAは、薄肉(例えば肉厚寸法0.4~1.0mm)、帯状であって、刃先1を有し、断面が略矩形状に形成されている。そして、このナイフAは、木製、金属製、樹脂製等のナイフ保持台2に連続的に形成されたナイフ嵌入溝3に嵌入固定されて使用される。」(本件公報3欄41行ないし46行)

 (ウ)「【発明が解決しようとする課題】上記したような従来のナイフの加工装置Bによる出力データ及びCADデータD3~D5に基づいて上記ナイフA及び上記ナイフ保持台2を加工した場合、両者の加工形状が一致しないことがある。このため、植刃に際し、ナイフ保持台2のナイフ嵌入溝3にナイフAを嵌入固定できなかったり、また嵌入固定できた場合でも複数のナイフを嵌入固定したときに該ナイフ同士が干渉したり、逆に間隙が生じたりして、上記ナイフAに要求される性能であるシート加工性能を損ったり、ナイフA自体の寿命を縮めたりするおそれがあった。これは、上記ナイフAの加工上の粘弾性特性(スプリングバック等)といった非線形な特性に起因することが多く、特に上記ナイフAの屈曲部の曲げ半径が小さい場合に顕著となる。そこで、本発明は、上記事情に鑑みて創案されたものであり、ナイフの曲げ加工に関する特性を考慮することにより該ナイフの加工を正確に行いうるナイフの加工装置の提供を目的とするものである。」(本件公報5欄2行ないし19行)

 (エ)「【0006】(裁判所注:【課題を解決するための手段】・【補正内容】)また、上記請求項1・・・のようにナイフを加工する場合に、ナイフの全長を演算して材料取りを行う必要があるが、その場合に、前記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出することが望ましい。」(本件公報補2頁左欄2行ないし7行)

 (オ)「【0008】(裁判所注:【課題を解決するための手段】)また、長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状が曲げ加工形状入力手段により入力され、上記第(ママ)曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいて上記ナイフの全長が求められるに際し、上記ナイフの全長が、上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出される。このようにして算出されたナイフの全長は、該ナイフの曲げ加工特性を考慮しているため、このナイフの全長を含む切断加工データを用いることにより、曲げ加工されたナイフがナイフ保持台に形成されたナイフ嵌入溝に過不足なく正確に収まるようナイフの切断加工を行うことができる。」(本件公報7欄15行ないし26行)

 (カ)「(裁判所注:【発明の効果】)また、上記ナイフの全長を、上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して算出することにより得られるナイフの曲げ加工特性を考慮した切断加工データを用いることにより、曲げ加工されたナイフがナイフ据付台に形成されたナイフ嵌入溝に過不足なく正確に収まるようにナイフの切断加工を行うことができる。・・・(中略)・・・その結果、ナイフAの一連の加工を自動化した場合にも、出来上がったナイフAをナイフ保持台に人手により植刃する際に、ナイフ同志が干渉したり、間隙が生じたりして上記ナイフA自体の寿命を縮めたりするおそれがなくなる。」(本件公報13欄7行ないし13行・同欄29行ないし14欄2行)

 (2)第5発明と乙第25号証に記載された発明との対比

 ア 乙第25号証(欧州特許出願公開第0118987号公報。1984年9月19日公開。発明の名称「金属帯材を曲げる装置と方法」。以下「乙25公報」ということがある。)には、次のとおり記載されている(記載内容は和訳により示す。)。

 (ア)「この発明は金属帯材を曲げる装置と方法に関する。特に、原皮などのシート状のものから薄板片を打ち抜く切断刃となる金属帯材を曲げ加工する装置と方法とに関する。現在出願中の英国出願第8206356号(以下、「先行出願」という)に開示されたプレス刃製作用の曲げ加工装置の改良・改善を本発明の態様とみなすことができる。」(乙25公報1頁5行ないし14行)

 (イ)「帯材の長手方向への増分的な送り出し量と、ツールにより帯材に加えられる増分的な曲げ角度の大きさとを制御することにより、一連の小さな曲げが施され、それが集まって所定の曲げ又は形状を帯材に与えるようになっている。」(乙25公報1頁25行ないし30行)

 (ウ)「この検査の必要性は、金属帯材が曲げの後にスプリングバックする傾向があることに主に起因している。その場合、スプリングバックの程度は帯材ごとに異なり、また、加えられる曲げ角度にもよるので一概には決められない。」(乙25公報2頁6行ないし10行)

 (エ)「本発明の第1の目的は、帯材に加えられた永久的な曲げ角度を検査する方法に関し、第2の目的は、帯材のスプリングバックに対する補正を目的としている。」(乙25公報2頁12行ないし15行)

 (オ)「ヘッド16の回転角度と、ピン18の進退と、帯材の長手方向の移動とは、制御された状態で行われ、それにより一連の増分的な曲げ加工を加え、その累積効果として所定の形状が帯材に形成される。帯材は、ピン18による帯材の曲げ加工中長手方向に移動しないように固定される。」(乙25公報9頁23行ないし30行)

 (カ)「図5の特性(characteristic。乙第25号証添付の訳文では「特性データ」。以下、同じ。)は装置が最初にセットされたときの最初の目盛定めの段階で求められる。既知の曲がり角A2をもった金属帯材が装置にかけられ、ヘッド16をツール18が帯材に電気的接触するまで回転させる。既に述べたように、接触は、ピン18の電位がゼロになることで感知される。マイクロコンピータは既知の角度A2に対応する角度A1のデータを保存し、各点を通るように6次多項式を適合させると図5の特性(characteristic)が得られる。」(乙25公報10頁23行ないし32行)

 (キ)「金属帯板のスプリングバックを補正するために、ヘッド16は、スプリングバック後に目的の角度となる角度を回転する。この補正は図6の特性データに基づいて行われる。図6の特性(characteristic)は、ヘッド16の実際の回転角A4と、その結果生じる帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示している。図6の特性(characteristic)は、帯材の各処理単位が曲げ加工される前の準備段階で求められる。この特性(characteristic)は、各処理単位の帯材の特性(characteristics)の指標とみなすことができる。ヘッド16は複数の角度A4で回転され、その結果生じた永久的な曲がり角は、ピン18を帯材に向けて移動させ、ピンと帯材が接触するピン18の角度を記録し、図5の特性(characteristic)から、対応する永久的な曲がり角A5を求めることにより測定される。」(乙25公報10頁34行ないし11頁15行)

 (ク)「各点を通るように6次多項式を適合させると図6の特性(characteristic)が得られ、この特性(characteristic)はマイクロコンピュータ内に格納される。この種の特性(characteristics)を多数格納しておき、実測の段階でなんらかの乖離が判明すれば、それを考慮して修正されるようにしてもよい。」(乙25公報11頁17行ないし22行)

 (ケ)「図7は、帯材のスプリングバックの補正とオフセット補正の実行を図示する論理図である。マイクロコンピータにより生成されたデータは、長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる一連の指令の形になっている。このデータ46は、スプリングバックの補正段階48において修正され、同補正段階48は、指令された曲げ角度を図6に従い修正する。」(乙25公報12頁8行ないし15行)

 (コ)「帯材42を一対のガイド部材(案内手段)12で保持し、上記ガイド部材12に対して離間して移動するピン18で上記帯材42の側面を押すことで、上記帯材の屈曲による曲げ処理を行うこと」(乙25公報の図1ないし4)

 イ 乙第26号証(上記ア(ア)の先行出願である英国特許出願公開第2116086号公報。1983年9月21日公開。発明の名称「切断具製造装置」。以下「乙26公報」という。)には、「発明の属する技術分野」として、「本発明は、切断具の切断刃として使用される刃の形成装置に関し、特に生産の予備工程にある革等のシート状部材からの切り抜き部のためのカッターに使用される刃の形成装置に関する。本発明は、特に、ブーツや短靴製造用に革を切り抜くためのいわゆるプレスナイフ用のものであるが、この目的に限られるものではない。」と記載(記載内容は和訳により示す。)されている(乙26公報1頁左欄5行ないし15行)。

 ウ 前記アの乙25公報の記載によれば、同公報記載の発明において、マイクロコンピュータが「入力手段」及び「演算手段」を備え、「演算手段」への入力や出力は「データ」によって行われ、図6で示される「特性(characteristic)」もマイクロコンピュータ内ではデータとして取り扱われることが認められる。

 そして、乙25公報における「・・・一連の小さな曲げが施され、それが集まって所定の曲げ又は形状を帯材に与えるようになっている。」(上記ア(イ)参照)及び「マイクロコンピータにより生成されたデータは、長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる一連の指令の形になっている。」(上記ア(ケ)参照)という記載からみて、一連の長手方向の送り出し指示(l)と曲げ角度(θ)からなる入力データ(46)を生成するための「所定の曲げ又は形状」を表す入力データ及び入力データの入力手段が備えられることは、マイクロコンピュータを扱う当業者にとってその記載から自明な事項であると推認される。また、移動するピン18で金属帯材42の側面を押すことで、上記金属帯材に塑性変形が生じることは技術常識であると認められる。

 エ したがって、前記ア(ア)ないし(オ)、(キ)、(ケ)、(コ)の記載及び上記ウの認定からして、乙25公報には、「金属帯材42を一対のガイド部材(案内手段)12で保持し、上記ガイド部材12に対して離間して移動するピン18で上記金属帯材42の側面を押すことで上記金属帯材42に塑性変形を生じさせて、上記金属帯材の屈曲による曲げ処理を繰り返して、上記金属帯材42を所望の曲げ形状に加工する切断刃となる金属帯刃の加工装置において、所定の曲げ又は形状を表す入力データを入力する入力手段と、上記入力手段により入力された上記入力データに基づいてヘッド16の回転角度と帯材の長手方向の移動とを制御する出力データを算出する演算手段(48)とを具備し、上記演算手段(48)が上記入力手段により入力された入力データと、各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じる帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)とに基づいて、出力データを算出する切断刃となる金属帯刃を曲げ加工する装置。」との発明(以下「乙25発明」という。)が記載されているものと認められる。

 オ 第5発明と上記エの乙25発明とを対比すると、乙25発明の「切断刃となる金属帯材」及び「曲げ加工する装置」は、第5発明の「長尺薄板状のナイフ」及び「加工装置」にそれぞれ相当し、乙25発明の「所定の曲げ又は形状を表す入力データ」、「入力手段」、「演算手段」及び「出力データ」は、その技術的意義からみて、「幾何学的な曲げ加工形状」、「曲げ加工形状入力手段」、「演算手段」及び「ナイフの曲げ加工データ」にそれぞれ相当する。

 そして、乙25発明の「各処理単位の帯材におけるヘッド16の実際の回転角A4とその結果生じた帯材の永久的な曲がり角A5との関係を示すデータ(図6)」は、ナイフの曲げ加工に関する金属帯材の特性を表しているから、第5発明の「特性データ」に相当する。

 さらに、乙25公報に「図6の特性(characteristic)は、・・ピンと帯材が接触するピン18の角度を記録し、図5の特性(characteristic)から、対応する永久的な曲がり角A5を求めることにより測定される。」(前記ア(キ)参照)及び「各点を通るように6次多項式を適合させると図6の特性(characteristic)が得られ、この特性(characteristic)はマイクロコンピュータ内に格納される。この種の特性(characteristic)を多数格納しておき、・・・修正されるようにしてもよい。」(前記ア(ク)参照)と記載され、上記「特性データ」を測定し、記憶し、修正していることからすると、マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして、乙25発明が「特性データ」の記憶手段、及び「特性データ」を記憶手段に入力する手段を有することが推認される。そして、「演算手段」が「特性データ」を扱っていることからすると、マイクロコンピュータを用いて制御を行う分野における技術常識に照らして、乙25発明が、「特性データ」の記憶手段から「演算手段」に入力する手段、すなわち「特性データ入力手段」を有することも、推認される。

 カ この点について、控訴人は、乙25公報の「図6の特性」とは、実測値のデータベースを集積したものにすぎず、これに基づいて曲げ加工データを導くということは、所望の曲がり角に対応したデータベース上の曲げ具の変位量を曲げ加工データとして用いているだけであるから、曲げ加工データの算出に当たって演算は介在しておらず、乙25発明は、曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状とこの特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段を具備しているとはいえない旨主張する。

 しかし、前記ア(キ)ないし(ケ)の乙25公報の記載内容は、実測値のデータベースに基づいて各点を通るように6次多項式を適合させて、この関係式をコンピュータに格納してデータとして使用するということであるから、この格納されたデータは実測値ではなく関係式で表される特性データであるといえる。したがって、乙25発明において、曲げ加工データは関係式(6次多項式)で表された特性データに基づいて求められるものであるから、控訴人主張のように、「曲がり角に対応したデータベース上の曲げ具の変位量を曲げ加工データとして用いている」ものとしても、その対応した値を特性データとしての6次多項式を用いて演算して求めているものであり、乙25発明では、曲げ加工データの算出に当たって演算が介在していないとする控訴人の主張は採用することができない。

 キ 以上によれば、第5発明と乙25発明とは、「長尺薄板状のナイフを所望曲げ形状に加工するナイフの加工装置において、ナイフの幾何学的な曲げ加工形状を入力する曲げ加工形状入力手段と、上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記幾何学的な曲げ加工形状に基づいてナイフの曲げ加工データを算出する演算手段と、上記ナイフの曲げ加工に関する特性データを入力する特性データ入力手段を具備し、上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された幾何学的な曲げ加工形状と上記特性データ入力手段により入力された上記特性データとに基づいてナイフの曲げ加工データを算出する、ナイフの加工装置」(第5発明の構成要件A①、A②、B、C、E)という点で一致するが、第5発明は、上記演算手段が、ナイフの曲げ加工データを算出するに際して、「ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する」(第5発明の構成要件D)のに対し、乙25発明は、ナイフの曲げ加工データを算出するに際して、「ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮して」算出するものではない点において相違している。

 (3)第5発明の進歩性

 ア 甲第20号証の参考資料11

 (ア)甲第20号証の参考資料11(特開平2-20619号公報。平成2年1月24日公開。発明の名称「板材などの曲げ加工方法およびパイプ材の曲げ加工方法」)には、「発明の詳細な説明」中の「実施例」の項に、次の記載がある

  Ⅰ 「第1a~1e図はこの発明の曲げ加工を行う手順を示している。同図において、10、10は相対設された一対の型材で、それぞれの型材10の出口側端部11は鋭角状に尖らせて先細形状に構成してある。これらの型材10、10はその相互間隔Lを増減調節できるようになっている。12は押し具で、上記出口側端部11に対し第1b図に例示した円弧経路A-Aに沿って接近離反可能に構成されている。13は被加工部材1に送りをかける送りローラである。

  以上において、被加工部材1が板材1’である場合には、第1a図および第1b図のように送りローラ13を所定角度だけ回転させて型材10、10の出口14から被加工部材1を送り出すことと、一対の型材10、10の相互間隔Lを調節して被加工部材1の厚み寸法tに合わせることとを行う。そし(ママ)、被加工部材1の所定個所イが上記出口側端部11に対向したところで被加工部材1の送りを停止し、続いて押し具12を第1c図のように右方向へ移動させることにより被加工部材1を上記出口側端部11に押し付けて上記個所イを一定角度だけ折り曲げる。この後、第1d図のように押し具12を元の位置まで後退させると共に、送りローラ13を所定角度だけ回転させて被加工部材1を送り出し、既に折り曲げられている個所イから所定幅だけ離れた個所ロを上記出口側端部11に対向させて送りを停止する。そして、再び押し具12を右方向へ移動させることにより第1e図のように被加工部材1を上記出口側端部11に押し付けて一定角度だけ折り曲げる。以上の操作を繰り返すと、被加工部材1が所定間隔おきの複数個所で折り曲げられる。そして、折曲個所イ、ロ・・・の間隔が比較的狭い場合には全体として湾曲形状に曲げ加工され、その間隔に広狭がある場合には間隔を隔てた数個所がそれぞれ湾曲状に曲げ加工される。」(2頁右下欄12行ないし3頁右上欄7行)

  Ⅱ 「上述の方法において、押し具12の移動幅Hを一定にしておけば、被加工部材1の各折曲個所イ、ロ・・・の一回の折曲げ角度は同一になる。また、送りローラ13による被加工部材1の間欠送り幅Dを一定にしておけば、各折曲個所イ、ロ・・・の相互間隔は同一になる。このことより、円弧状の湾曲部分を曲げ加工する場合には、被加工部材1の曲げ加工を施す全域部分を等分割した個所が上記出口側端部21(ママ)に次々と対向されるように上記間欠送り幅Dを決めると共に、押し具12の一回の押し付けにより折り曲げられる被加工部材1の折曲げ角度と曲げ加工により形成したい湾曲部分の曲率半径とから折曲げ回数を算出しておけば、これら両方の要素を因子として正確な湾曲形状の曲げ加工を行うことが可能になる。」(3頁右上欄8行ないし左下欄2行)

 (イ)また、上記公報の第2図からは、「折曲個所イ、ロ・・・は、全体として円弧形状であり、各折曲個所イ、ロ・・・の相互間隔の合計、すなわち、間欠送り幅Dに当該円弧形状部分の折曲げ回数を乗じたものは円弧形状部分の長さとなること」が見て取れる。

 (ウ)しかるところ、前記(ア)Ⅰの「押し具12を・・・右方向へ移動させることにより被加工部材1を上記出口側端部11に押し付け」ることで、被加工部材1に塑性変形が生じていることは技術常識であると認められる。そうすると、前記(ア)Ⅰ、Ⅱの記載事項及び第1a~e図、第2図の記載内容によれば、上記公報には、「長尺の板材1’を一対の型材10、10で保持し、上記型材10、10に対して離間して移動する押し具12で板材1’の側面を押すことで上記板材1’に塑性変形を生じさせて上記板材1’に曲げを与える都度、上記板材1’を小さい間欠送り幅Dで送り出した後上記押し具12で上記板材1’の側面を押して上記板材1’に塑性変形を生じさせるという板材1’の折り曲げ加工を繰り返して、上記複数の折り曲げ加工によって1つの円弧形状を成形することにより、上記板材1’を所望の曲げ形状に加工すること、間欠送り幅Dに当該円弧形状部分の折曲げ回数を乗じたものは概略円弧形状部分の長さとなること、及び、所望の折り曲げ加工を正確に行うために、間欠送り幅Dを決めると共に、折曲げ回数を算出しておくこと。」という発明(以下「甲20参考資料11発明」という。)が記載されていると認められる。

 イ 乙第35ないし第39号証

 (ア)乙第35号証(特開平2-20620号公報。平成2年1月24日公開。発明の名称「曲げ加工機のNC装置」)には、「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に、「曲げ加工は、位置決めされた板材をパンチ及びダイにて曲げ加工するものであるため、板材の材質、厚み、曲げ金型の種別(特にダイのV溝幅)、曲げ角度など曲げ条件によって伸びによる誤差が生ずる。」(同公報1頁右欄2行ないし6行)と記載され、「課題を解決するための手段」の項に、「本発明の曲げ加工機のNC装置は、第1図にその概要を示すように、板材の伸びに関する補正量を前記板材の材質、厚み、曲げ金型の種別、曲げ角度など各種曲げ条件毎に区分して記載する補正量データテーブル1と、・・・データ入力部5より入力された加工データに対し前記補正量データテーブル1を検索し当該加工データに所定の補正量を与える演算部7と・・・を備えたことを特徴とする。」(同公報2頁左上欄7行ないし18行)と記載されている。

 したがって、乙第35号証には、曲げ加工において、板材の材質、厚み、曲げ金型の種別、曲げ角度などの曲げ条件によって伸びによる誤差が生ずることから、各種加工データに板材の伸びに関する補正量を与えることが記載されているものと認められる。

 (イ)乙第36号証(特開平4-279219号公報。平成4年10月5日公開。発明の名称「折曲げ加工機の工程データ編集装置」)には、「発明の詳細な説明」中の「従来の技術」の項に、「折曲げ加工機はパンチ及びダイから成る金型間に被加工板材(ワーク)を介在させ、両金型を相対的に接近動作させることにより、ワークを任意の角度に折曲げ加工する機械であり、両金型の制御方式には、金型位置制御方式と、角度フィードバック方式とがある。」(同公報1欄29行ないし34行)、「これら金型位置制御方式の折曲げ加工機は、金型位置を制御することにより、ワークが所定角度に折曲げ加工されるであろうことを推定して曲げ加工を行うため、金型位置を設定するためには、多くの試し曲げを行う必要があった。・・・フランジ長さはワークの伸びを考慮して定めなければならないので、これがための試し曲げも必要となる。」(同公報2欄3行ないし12行)、「これら試し曲げの回数を極力少なくするために、材質、板厚、金型形状に応じ、金型制御位置を自動的に演算すると共に伸びに応じてフランジ長さ設定装置(バックゲージ装置)の制御位置を自動的に演算することも行われている。」(同公報2欄13行ないし17行)、「ところが、この制御位置自動演算方式にあっても、確実な金型制御位置を割り出すのは難しく、どうしても、ある程度の補正を与えてやる必要がある。」(同公報2欄18行ないし20行)と記載されている。また、「発明が解決しようとする課題」の項に、「本発明は、補正データテーブルを簡易に作成でき、補正データの入力操作が容易で、かつ工程編集操作を簡明に行うことができる折曲げ加工機の工程データ編集装置を提供することを目的とする。」(同公報2欄40行ないし43行)と記載され、「作用」の項に、「本発明の折曲げ加工機の工程データ編集装置によれば、作成された制御データを直接または間接に補正する補正値データとして曲げ角度と伸びの補正値データを定めるので、特に曲げ角度の補正に関しては金型移動量を補正するのではなく角度で認識させるので、直観的で判り易い。」(同公報3欄20行ないし25行)と記載されている。

 したがって、乙第36号証には、曲げ工程におけるフランジ長さはワーク(被加工板材)の伸びを考慮して定めなければならないこと、伸びに応じたフランジ長さを設定する金型の制御位置を割り出すための補正データとして、曲げ角度と伸びの補正データを定めることが記載されているものと認められる。

 (ウ)乙第37号証(特開昭62-72434号公報。昭和62年4月3日公開。発明の名称「板材折り曲げ加工方法」)には、「特許請求の範囲」に、「板材の所定位置を折り曲げ加工するに際し、基準位置から折り曲げ予定線までの距離を、折り曲げ条件に対応する板材の延び代を含んで補正算出し、前記補正済距離に相当する折り曲げ予定位置にマーキングを行ない・・・」と記載されている。

 したがって、乙第37号証には、板材の所定位置を折り曲げ加工するに際し、折り曲げ条件に対応する板材の延び代を含んで、基準位置から折り曲げ予定線までの距離を補正算出することが記載されているものと認められる。

 (エ)乙第38号証(特公平1-12568号公報。平成元年3月1日公告。発明の名称「プレスブレーキによる板材の折曲げ加工方法」)には、「特許請求の範囲」に、「プレスブレーキを用いて板材の複数箇所をそれぞれ所望の角度に折曲げ加工する方法にして、板材の各折曲げ箇所間の仕上外形寸法H1~Hnおよび各折曲げ箇所の折曲げ角度に対応した伸びα1~αnに基いて展開長DPを演算して板材を予め展開長DPに剪断し・・・」と記載されている。

 したがって、乙第38号証には、板材の各折曲げ箇所間の仕上外形寸法及び各折曲げ箇所の折曲げ角度に対応した伸びに基づいて展開長を演算して板材を予め展開長に剪断することが記載されているものと認められる。

 (オ)乙第39号証(特開平1-309728号公報。平成元年12月14日公開。発明の名称「折曲げ加工用金型・曲げ順設定方法」)には、「発明の詳細な説明」中に「ステップS110で第7図の(B)に示したごとき板厚、材質、金型V型および曲げ角度を参照して、演算処理手段27で折曲げの特異性である伸び量、内曲げR、スプリングバック量の演算処理を行なう。」(同公報4頁左上欄1行ないし5行)と記載されている。

 したがって、乙第39号証には、板厚、材質、金型V型及び曲げ角度を参照して、演算処理手段で、特定の折曲げに伴う伸び量、内曲げR、スプリングバック量の演算処理を行うことが記載されているものと認められる。

 (カ)上記(ア)ないし(オ)の認定によれば、本件発明の出願時には、板材の曲げ加工において、曲げによる伸び(延び)を考慮して加工データを補正することは、慣用手段であったことが認められる。

 ウ 乙第32号証

 (ア)乙第32号証(特開昭59-47029号。昭和59年3月16日公開。発明の名称「折り曲げ加工に用いる展開図表示装置」)には、「発明の詳細な説明」中に次のとおり記載されている。

 「キーボード3からの入力によって、材料データとしての材質、板厚(t)および曲げ方法の種別が指定されると、CPU部1は前記した予め記憶装置2に格納されている材料特性データ群から、該当する材質、板厚、曲げ方法に対応する曲げ部分の平均板厚(t0)を選択し読出す。

 又、キーボード3から入力された図面情報としての寸法データから材料の曲げを含まない部分の長さ(a、b)をCPU部1で演算して求めておく。

 このようにして①曲げ部分の平均板厚(t0)②曲げ半径(R)③材料曲げを含まない部分の長さ(a、b)④曲げ角度(θ)をパラメータとして、CPU部1は次式の演算を行ない、曲げ代を含めた材料の必要寸法Lを求める。(第5図参照)

  L=a+(θ/360)2π(R+t0/2)+b」(乙第32号証3頁左上欄15行ないし右上欄11行)

 (イ)上記(ア)の「L=a+(θ/360)2π(R+t0/2)+b」のうち、a、bは材料曲げを含まない部分の長さであるから、曲げ部分の長さは(θ/360)2π(R+t0/2)の計算式で表されている。

 ところで、甲第17、20号証の参考資料10(阿部邦雄著「塑性加工 機械工学基礎講座11」株式会社朝倉書店昭和47年11月25日初版第1刷)、乙第34号証(社団法人日本塑性加工学会編「プレス加工便覧」丸善株式会社昭和50年10月25日発行)及び弁論の全趣旨によれば、曲げ部の板厚が当初の板厚より減少することは、本件発明の出願時の技術常識であったものと認められ、上記計算式のt0は、平均板厚すなわち曲げにより減少した後の板厚を示している。そうであるとすると、上記計算式は、曲げにより板厚が減少することを前提として、曲げにより減少した後の板厚を基に材料の必要寸法の長さを計算しているものである。

 しかし、上記計算式により算出されているのは、曲げにより板厚が減少した後の板厚の中央部、すなわち中心軸の長さであり、それは、曲げによって伸びた後の板材の中心軸の長さである。そして、前記イ(カ)認定のとおり、本件発明の出願時には、板材の曲げ加工において、曲げによる伸び(延び)を考慮して加工データを補正することは慣用手段であったから、上記計算式により中心軸の長さを求めるに当たっては、曲げによって中心軸が伸びたことも考慮されているものと認められる。

 エ 小括

 (ア)ところで、乙25発明と甲20参考資料11発明とは、「板材の曲げ加工」という同一の技術分野に属するものであるから、本件発明の出願時において、乙25発明に甲20参考資料11発明を組み合わせることは、当業者が容易になし得るものと認められる。

 また、乙25公報の前記(2)ア(ア)の記載及び乙26公報の前記(2)イの記載によれば、乙25発明のナイフは、第5発明のナイフと同じく、原皮などのシート状のものから薄板片を打ち抜く切断刃であり、本件公報の前記(1)イ(イ)の記載によれば、「【従来の技術】例えば、図5に示す如く、この種のナイフAは、薄肉(例えば肉厚寸法0.4~1.0mm)、帯状であって、刃先1を有し、断面が略矩形状に形成されている。そして、このナイフAは、木製、金属製、樹脂製等のナイフ保持台2に連続的に形成されたナイフ嵌入溝3に嵌入固定されて使用される」ものであるから、乙25発明のナイフも、嵌入溝に嵌入固定されることがあり得るものと認められる。

 そうすると、乙25発明に甲20参考資料11発明を組み合わせた場合に、曲げ加工されたナイフがナイフ据付台に形成されたナイフ嵌入溝に過不足なく正確に収まるようにナイフの切断加工を行うことができるようにするため、少なくとも複数の曲げ処理によってナイフを1つの円弧形状に成型する際の計算上の長さを、ナイフの嵌入溝の円弧長と概略一致するようにナイフの曲げ加工データを調整することは、当業者が当然になし得るものと認められる。

 (イ)また、前記イ、ウによれば、本件発明の出願時において、当業者は、乙第32号証に記載された発明に、板材の曲げ加工において曲げによる伸び(延び)を考慮して加工データを補正するという慣用手段を組み合わせることにより、構成要件D(上記演算手段が上記曲げ加工形状入力手段により入力された上記ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する)につき容易に想到することができたものと認められる。

 (ウ)乙第32号証の発明は、「NCタレットパンチプレス・・・による板金加工作業におけるNC用プログラム作成の前処理としての展開図作成に関する」(乙第32号証1頁右欄4行ないし7行)が、板材の曲げ加工に関する技術分野に属する点では第5発明及び乙25発明と同様であるから、乙25発明に乙第32号証の発明及び上記慣用手段を組み合わせて、前記(2)キの第5発明と乙25発明との相違点(演算手段がナイフの曲げ加工データを算出するに際して、「ナイフの曲げ加工形状における屈曲部の中心軸の伸びを考慮してナイフの全長を算出する」か否か。)に係る構成を第5発明のそれ(構成要件D)とすることは、当業者が容易に想到することができたものと認められる。

 (エ)この点について、控訴人は、第5発明の進歩性の有無に関する判断において考慮されるべき刊行物記載の発明及び慣用手段は、第5発明と同一の技術分野に属するもの(対象とする部材、曲げ方法が同じもの)でなければならない旨主張する。

 しかし、上記考慮をするに際し検討するのは、刊行物記載の発明である乙25発明と他の刊行物記載の発明である甲20参考資料11発明、乙第32号証の発明及び上記慣用手段とを組み合わせることの容易想到性であるから、少なくとも乙25発明と甲20参考資料11発明、乙第32号証の発明及び上記慣用手段の属する技術分野とが関連性を有すれば足りる。したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

 (4)まとめ

 以上によれば、第5発明は、特許出願前に当業者が、特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である乙第25号証、甲第20号証の参考資料11、乙第32号証に記載された発明及び上記慣用手段に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項に違反して特許されたものであり、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前)の無効理由が存在することが明らかであるから、特許無効審判により無効とされるべきものと認められる。

 よって、控訴人の被控訴人らに対する第5発明についての特許権に基づく差止め、廃棄及び損害賠償の請求は、いずれも許されない(特許法104条の3第1項)。

 2 結論

 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面等に記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、前記認定判断を覆すほどのものはない。

 以上の次第で、その余の点(争点(1)、(2)及び(4))につき判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がなく、棄却を免れない。

 よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴(ただし、第5発明についての特許権に基づく請求に対する控訴)はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(当審口頭弁論終結日平成18年1月20日)

    大阪高等裁判所第8民事部

(別紙)

イ号物件説明書

1 図面の説明

  第1図の1 イ号物件の一機種であるABS303全体図

  第1図の2 イ号物件の一機種であるABS302FA全体図

  第2図イ号物件の曲げ加工中の状態を示す説明図

2 イ号物件の構造

 イ号物件には「ABS303」と「ABS302FA」があるが、いずれもナイフの加工装置であって、いずれも

 ① 長尺薄板状のナイフを一対の固定ダイスで挟んだ片持ち状態で保持し、上記固定ダイスに対してわずかに離間して往復動する移動ダイスで上記ナイフの側面を押すことで上記ナイフに塑性変形を生じさせて上記ナイフに曲げを与える都度、上記ナイフを小さい送り出し量で送り出した後上記移動ダイスで上記ナイフの側面を押して上記ナイフに塑性変形を生じさせるというナイフの屈曲による上記曲げ処理を繰り返して、上記ナイフを上記屈曲部と該屈曲部間を連結する直線部とからなる円弧形状に成型することにより上記ナイフを所望の曲げ形状に加工するものである。

 ② コンピュータ部1と加工部2とからなり、コントローラ(図示しない)及びケーブル(図示しない)を介して接続されたものである。

 ③ 上記コンピュータ部1に、CAD等で作成された長尺薄板状のナイフの幾何学的な曲げ加工形状のデータD1を記憶したFD(フロッピーディスク)等を収納するFDD(フロッピーディスクドライブ)11を備えている。

 ④ 上記コンピュータ部1は、ナイフ素材の曲げ加工特性に関するデータD2を入力するマウス12又はキーボード13を備えている。

 ⑤ 上記コンピュータ部1は、上記ナイフの幾何学的な曲げ加工形状のデータD1とナイフ素材の曲げ加工特性に関するデータD2に基づき、最終的にはナイフ素材Aの送出量Si及び加工部2の移動ダイス20bに対する曲げ動作量Miの曲げ加工データD4を算出する演算部15(図示しない)を有している。

 ⑥ 上記演算部15は、上記⑤のナイフの曲げ加工データを算出するに際して、ナイフの計算上の長さが曲げ加工形状入力手段により入力されたナイフ嵌入溝の円弧長と概略一致するように上記ナイフの曲げ加工データを調整する。

 ⑦ 上記演算部15は、上記ナイフの幾何学的な曲げ加工形状データD1における屈曲部におけるナイフ素材Aの中心軸の伸びを考慮して、ナイフAの全長に関する切断加工データD3を算出する。

(別紙)

第1図の1 →控訴状の別紙イ号物件説明書添付のものをコピーする。

第1図の2 →同上

第2図   →同上