裁判例>知財高判平成19年6月29日裁判所HP参照

知財高判平成19年6月29日裁判所HP参照

主文

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

 特許庁が異議2003-73487号事件について平成18年2月22日にした決定を取り消す。

第2 事案の概要

 原告は,後記特許の特許権者であるところ,特許庁がGからの特許異議申立てに基づき特許取消決定をしたので,原告がその取消しを求めた事案である。

第3 当事者の主張

 1 請求原因

 (1)特許庁における手続の経緯

 原告は,名称を「発光ダイオードモジュールおよび発光ダイオード光源」とする発明につき,平成6年8月26日(パリ条約による優先権主張1993年〔平成5年〕9月17日,米国)に特許出願(特願平6-225776号)をし,平成15年6月20日に設定登録を受けて特許第3441182号の特許権者となった(請求項1~4。以下「本件特許」という。)。

 その後,本件特許に対しGから特許異議の申立てがなされ,同申立ては特許庁に異議2003-73487号事件として係属したところ,同係属中の平成17年12月7日,原告は本件特許の訂正を請求した(甲16。以下「本件訂正」という。)ものの,特許庁は,平成18年2月22日,上記訂正は認められないとした上,「特許第3441182号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は平成18年3月13日原告に送達された。

 なお原告は,その後の平成18年10月3日,本件特許の請求項1,2につき(訂正2006-39163号),及び請求項3,4につき(訂正2006-39164号),それぞれ特許庁に対し訂正審判請求(その内容はいずれも本件訂正と異なる。)を行った。

 (2)訂正及び発明の内容

 平成17年12月7日付けでなされた本件訂正の内容は,設定登録時の特許請求の範囲を後記のとおり訂正しようとするものである(詳細は別添異議の決定記載のとおり。訂正事項aは請求項1に,訂正事項bは請求項2に,訂正事項cは請求項3に,訂正事項dは請求項4に,それぞれ関するものである。)。

 ア 設定登録時(平成15年6月20日)の特許請求の範囲(以下順に「本件発明1」~「本件発明4」という。)

 【請求項1】それぞれが少なくとも2つの接続リードを有する複数の発光ダイオードランプ,

 アノードバスバー,

 カソードバスバー,および前記の発光ダイオードランプを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に機械的噛み合わせ接続によって機械的電気的に接続する手段を有する光源を提供するための発光ダイオードモジュール。

 【請求項2】ほぼ平面状のアノードバスバー,

 前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,

 複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと噛み合わせ嵌めによって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなる照明を提供するための発光ダイオードモジュール。

 【請求項3】(A)アノードバスバー,

 前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー,および前記のバスバーの間に接続され,それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード,前記のアノードバスバーと一体のカソードリード,および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ,

 からなる第1のモジュール,

 (B)アノードバスバー,

 前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー,および前記のバスバーの間に接続され,それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード,前記のアノードバスバーと一体のカソードリード,および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ,

 からなる第2のモジュール,および

 (C)前記の第1および第2のモジュールを電気的に直列に接続する手段,

 からなる発光ダイオード光源。

 【請求項4】アノードバスバー,

 カソードバスバー,

 前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に配設され,それぞれがアノードリードとカソードリードを有する複数の発光ダイオードランプであって,前記の発光ダイオードリードと前記のバスバーはほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成された発光ダイオードランプ,

 前記の発光ダイオードランプを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに電気的機械的に接続するための無半田接続手段,およびこれらから成る発光ダイオードモジュールを同様に構成された発光ダイオードモジュールに電気的に直列に相互接続するための手段,

 からなる発光ダイオードモジュール。

 イ 本件訂正に係る特許請求の範囲(以下順に「訂正発明1」~「訂正発明4」という。下線が訂正箇所で,請求項の順に訂正事項a~dに対応する。)

 【請求項1】それぞれが少なくとも2つの接続リードを有する複数の発光ダイオードランプ,

 アノードバスバー,

 カソードバスバー,および前記の発光ダイオードランプを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に機械的噛み合わせ接続によって機械的電気的に接続する手段とを有し,前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成することを特徴とする光源を提供するための発光ダイオードモジュール。(下線部分が訂正事項a)

 【請求項2】ほぼ平面状のアノードバスバー,前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと機械的噛み合わせ接続によって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなり,前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成することを特徴とする照明を提供するための発光ダイオードモジュール。(下線部が訂正事項b)

 【請求項3】(A)アノードバスバー,前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー,および前記のバスバーの間に接続され,それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード,前記のカソードバスバーと一体のカソードリード,および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ,からなる第1のモジュール,(B)アノードバスバー,

 前記のアノードバスバーと平行なカソードバスバー,および前記のバスバーの間に接続され,それぞれが前記のアノードバスバーと一体のアノードリード,前記のカソードバスバーと一体のカソードリード,および前記のアノードリードと前記のカソードリードの間に電気的に接続された発光ダイオードからなる複数の発光ダイオードランプ,からなる第2のモジュール,および(C)前記の第1および第2のモジュールを電気的に直列に接続する手段,からなる発光ダイオード光源。(下線部が訂正事項c)

 【請求項4】アノードバスバー,カソードバスバー,前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーの間に配設され,それぞれがアノードリードとカソードリードを有する複数の発光ダイオードランプであって,前記のアノードリードと前記のカソードリードと前記のバスバーはほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成された発光ダイオードランプ,前記の発光ダイオードランプを前記のアノードリードと前記のカソードリードに電気的機械的に接続するための無半田接続手段,およびこれらから成る発光ダイオードモジュールを同様に構成された発光ダイオードモジュールに電気的に直列に相互接続するための手段,からなる発光ダイオードモジュール。(下線部が訂正事項d)

 (3)決定の内容

 本件決定の内容は,別添異議の決定記載のとおりである。

 その理由の要旨は,①本件訂正は,訂正事項b(本件発明2を訂正発明2としようとする訂正)が,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでなく,また,特許請求の範囲を実質上拡張するものであるから,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書又は2項により認められない,②訂正前の本件発明1,2はいずれも下記引用発明及び刊行物2~5記載の発明に基づいて,同じく本件発明3は下記引用発明及び刊行物2~5,7記載の発明に基づいて,同じく本件発明4は下記引用発明及び刊行物2~7記載の発明に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,等としたものである。

 記

 ①刊行物1:実願昭63-5171号(実開平1-110454号)のマイクロフィルム(以下,同記載の発明を「引用発明」という。)

 ②刊行物2:特開平5-21097号公報

 ③刊行物3:特開昭51-137865号公報

 ④刊行物4:実願昭63-53101号(実開平1-157384号)のマイクロフィルム

 ⑤刊行物5:実開平5-59705号公報

 ⑥刊行物6:特開平5-47989号公報

 ⑦刊行物7:実願平1-62922号(実開平3-1550号)のマイクロフィルム

 <判決注>

 平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1,2項の規定は,次のとおりである(3,4項は省略)。

 126条1項

 特許権者は,第123条第1項の審判が特許庁に係属している場合を除き,願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。ただし,その訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず,かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。

 一 特許請求の範囲の減縮

 二 誤記の訂正

 三 明りょうでない記載の釈明

 2項

 前項の明細書又は図面の訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない。

 (4)決定の取消事由

 しかしながら,本件決定は,以下に述べる理由により,違法として取り消されるべきである。

 ア 取消事由1(引用発明と本件発明1~4との一致点の認定の誤り)

 (ア)本件決定は,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,本件発明1の「アノードバスバー,カソードバスバー」に相当すると認定した(本件決定11頁第3段落)が,誤りである。

 (イ)1998年(平成10年)11月11日第5版第1刷株式会社岩波書店発行「広辞苑」(甲9)において,「バー」とは「棒。横木。スポーツで,高跳びなどの横木やゴール‐ポストの横木」と定義され(2103頁),この定義は,三省堂提供ウェブ版「大辞林第2版」(甲10),1999年(平成11年)11月1日第5版第15刷三省堂発行「新明解国語辞典」(甲11。1100頁),昭和56年10月小学館・尚学図書発行「国語大辞典」(甲12。1930頁)においても,ほぼ同様である。また,「広辞苑」(甲9)において,「バス」は「複数の信号源からの信号をそれぞれ複数の宛先へまとめて伝送するための信号線」と定義され(2141頁),この定義は,「大辞林」(甲10)においても,ほぼ同様である。

 以上のとおりであるから,本件発明1~4の「バスバー」は,その語義から,少なくとも「棒」ないし「横木」といえるものである。

 (ウ)これに対し,引用発明(甲1)の「1対の導電性金属板4,4」は,「アルミ箔等からなる」(明細書3頁第2段落)と説明されているし,第2図に図示されるように,湾曲している「絶縁材層3の本体部3aの各側面」に接着剤によって接着されて「可撓性」を有するものであり,「自由な曲線が簡単に組める」ものであるから,このような湾曲面に対する追従性を有する薄いものが予定されている。また,設計値としても「発光ダイオード2の針状端子2a,2a間の間隔が通常0.1インチ(2.54mm)であることから,2~2.5mmとされている」(甲1明細書3頁第2段落)ことが具体的に説明されており,計算すれば「導電性金属板4,4」の厚さの合計は,高々0.54mmに発光ダイオードの針状端子が狭持するためのマージンを付加した程度である。

 (エ)以上のとおりであるから,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,正にアルミ箔に例示されるような薄い金属板であって,「バー」ないしは「棒」であってはならないものである。そうでなければ,「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という,引用発明の作用効果を達成することができない。したがって,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,本件発明1~4の「バスバー」に相当しない。

 (オ)本件発明2~4と引用発明との一致点の認定も,実質的に同一の議論であり,同様に誤りである。

 イ 取消事由2(引用発明と本件発明1との相違点2,本件発明2との相違点3についての判断の誤り)

 (ア)本件決定は,本件発明1と引用発明との相違点2(発光ダイオードランプをアノードバスバーとカソードバスバーの間に電気的に接続する手段に関し,本件発明1は,機械的噛み合わせ接続手段を採用しているのに対して,引用発明は,各リードを各バスバーに接触させている点)について,「発光ダイオードランプをアノードバスバーとカソードバスバーの間に機械的電気的に接続する手段として,機械的噛み合わせ接続を採用して,本件発明1の相違点2に係る構成とすることは引用発明及び刊行物2,3記載の発明から当業者が容易に想到し得た」(本件決定12頁下第3段落)と判断したが,誤りである。

 (イ)そもそも引用発明は,「従来,発光ダイオードを電子回路に組み込む場合,第5図で示すように…半田付け25を施すことによって配線23に接続させていた」(甲1明細書1頁最終段落)ため,「半田付け作業に多大の労力と時間を費やし,製作コストが高くつくという問題があった」(同2頁第1段落)ことから,「発光ダイオード2の1対の針状端子2a,2aを,配線基材に対し馬乗り状態に嵌め込んで,絶縁材層本体部3aの両側の導電性金属板4,4を狭持させるようにすることによって,この1対の針状端子2a,2aが導電性金属板4,4と接触して電気的に接続される」(同3頁最終段落~4頁第1段落)という構成を採用することによって,「従来のような半田付けを行う必要がなくなって,発光ダイオードの接続作業がきわめて簡単且つ容易となる」(同6頁第1段落)という発明である。このように,引用発明は,「製作コストが高くつく」ことを問題視して,発光ダイオードの確実な固定を優先させずに,「半田付け作業」を省略して,単に発光ダイオードの端子を配線基材に対し馬乗り状態に嵌め込んだだけの極めて単純な構成を提案した発明である。したがって,仮に「発光ダイオードの確実な固定」という課題が一般的には存在したとしても,そのような課題を優先せずにあえて単純な構成を提案した引用発明において,これを達成するために「半田付け」を採用することはあり得ないものであり,ましてや「半田付け」よりも更に複雑な工程を要し,製作コストが高くつく,刊行物2(甲2)記載のような「プレス工程」による「カシメによる固定」や,刊行物3(甲3)記載のような「切り起し片」を設ける固定等の「機械的接続手段」を採用することは,引用発明の目的ないし技術的思想と正反対であるから,何らの動機付けも存在しないばかりか,明白な阻害事由が存在する。

 以上のとおりであるから,引用発明において,刊行物2又は3に記載された発明のような機械的接続手段を採用することは,当業者が決して想到し得ない事項である。

 (ウ)さらにいえば,本件決定の上記判断は,物理的にあり得ないことを前提としており,この意味でも誤っているものである。

 上述したとおり,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という目的や,具体的に挙げられた設計数値等からも明らかなとおり,アルミ箔に例示される薄い金属板である。

 これに対し,刊行物2(甲2)記載の発明は,「端子片1の係合部1a,1aは…プレス工程によりカシメられてプリント基板3に固定されている」(段落【0008】)ものである。刊行物2の【図6】を見れば明らかなとおり,カシメ部材はプリント基板3を貫通している。これは,プリント基板3が充分な厚みと強度を有することによって,初めて実現可能となるものである。これに対し,アルミ箔に例示されるような薄い金属板である引用発明の「1対の導電性金属板4,4」を代替的に使用すれば,プレス工程でカシメる際に破損してしまう。したがって,当業者であれば,引用発明において,刊行物2の【図6】のようなカシメる構造を採用することは想到しない。また,刊行物2の【図6】のようなカシメる構造を採用するためには,カシメる対象であるプリント基板が,両面ともにカシメ部材が接合可能である必要がある。しかしながら,引用発明の「導電性金属板4」は「絶縁材層3の本体部3aの各側面」に接着剤により接着されているから(甲1第1図),刊行物2の【図6】のように「導電性金属板4」を貫通してカシメる構造を採ることは物理的に不可能である。

 したがって,当業者は,刊行物2記載の機械的接続(プレス工程によりカシメる固定)を引用発明に適用しようとは想到しないものである。

 (エ)次に刊行物3(甲3)は,第3図に示されるように「長手方向に設けた1対の切り起し片5,6によりコネクタ端子挿入部7を構成し,これらを複数個構成してある」(1頁右欄下第2段落)ものである。このように「切り起し片」を作る構成は,突出片3が充分な厚みと強度を有することにより初めて実現可能となるものであり,もし突出片3が充分な厚みと強度を有しないアルミ箔のようなものであれば,突出片3は中央部分を切り起こすことにより更に強度を失うことから,「電子回路用バスバー」として機能し得なくなってしまう。他方,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という目的や,具体的に挙げられた設計数値等から明らかなとおり,アルミ箔に例示される薄い金属板であるから,「切り起し片」をその表面に設けることはできない。

 したがって,当業者は,刊行物3記載の機械的接続(「切り起し片」を設ける固定)を引用発明に適用しようとは想到しないものである。

 (オ)引用発明と本件発明2との相違点3についての本件決定の判断(14頁第3段落~第4段落)も,実質的に同一の議論であり,同様に誤りである。

 ウ 取消事由3(引用発明と本件発明3との相違点3についての判断の誤り)

 (ア)本件決定は,本件発明3と引用発明との相違点3(各バスバーと各リードの電気的接続構造に関し,本件発明3は,各バスバーと各リードが一体となっているのに対して,引用発明は,各リードを各バスバーに接触させている点)について,「各バスバーと各リードの接続構造に関し,バスバーとリードが一体である構造を採用し,本件発明3の相違点3に係る構成とすることは,引用発明及び刊行物7記載の発明から当業者が容易に想到し得た」(本件決定15頁最終段落~16頁第1段落)と判断したが,誤りである。

 (イ)本件決定は,上記判断の理由として,「刊行物7には,…リードと連結片とが一体成形されていることが記載されており,刊行物7の連結片は本願発明3の「アノードバスバーもしくはカソードバスバー」に相当するので,刊行物7にはバスバーとリードが一体となっている発明が記載されていると云える」(15頁下第2段落)と述べるにすぎない。

 刊行物7(甲7)記載の発明は,第1図のように「連結片2」と半導体エレメントの「第1リード14」及び「第2リード15」とが一体的に形成された後に,第2図のように「連結部13」を分離し,第3図のように「第1リード14」を分離することで実現される。そして,第3図において,「第2リード15」と「連結片2」とが一体成形された状態のままであること,及び,「連結片2」が「アノードバスバーもしくはカソードバスバー」に相当すること,は争わない。

 しかし,刊行物7の第3図を見れば明らかなとおり,LEDの他方のリードである「第1リード14」は「連結片2」と一体成形されていない。本件決定は,刊行物7の第3図において,「第2リード15」と同様に,「第1リード14」を「連結片2」と一体成形することは容易に想到し得ると考えたようであるが,明らかに誤りである。刊行物7記載の発明は,「本考案は,半導体エレメントのストリング構造に係わり,特にディスプレイ装置のプリント回路基板に適した発光ダイオード等の半導体デバイスのストリング構造に関する」(甲7明細書2頁第2段落)発明であり,「複数個のLEDを大きなディスプレイ装置に組立てるに際して」(同3頁最終段落),従来技術の問題点を解決した発明である。すなわち,刊行物7記載の発明は,「ディスプレイ」に関する発明であるところ,各LEDの片方のリードが「連結片」と一体成形されていて構わないものの,他方のリードまでも「連結片」と一体成形されていたとすれば,一列に配された各LEDが同一パターンでのみ発光することとなり,「ディスプレイ」として成り立たない。

 これに対し,本件発明3は,「自動車のランプ等」に関する発明であるから,一列に配された各LEDが同一パターンで発光することが望ましいものであって,両者は,全く目的が異なるものである。刊行物7においては,実施例の説明においても「全てのLEDエレメントの第1リード14は,連結片2によって連結されるので,大型のLEDディスプレイ装置を形成するに際して,接点の数量を約半分と大幅に減少させることができる」(甲7明細書7頁最終段落)と説明されており,「ディスプレイ」に関する発明であることを前提としているとともに,「接点の数量を約半分」にするものであり,LEDの片側のリードのみを「連結片2」と接続しておき,他方のリードは独立した「接点」であることを前提としている。

 エ 取消事由4(引用発明と本件発明3との相違点4,本件発明4との相違点5についての判断の誤り)

 (ア)本件決定は,本件発明3と引用発明との相違点4(発光ダイオードを用いた光源の全体構造に関し,本件発明3は,第1と第2のモジュールを有し,両者を電気的に直列に接続する手段を備えているのに対して,引用発明は,1つの発光ダイオード配線基材である点)について,「発光ダイオードを用いた光源の全体構造に関し,本件発明3の相違点4に係る構成とすることは,引用発明及び刊行物4,5記載の発明から当業者が容易に想到し得た」(本件決定16頁第4段落)と判断したが,誤りである。

 (イ)本件発明3のように,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことは,「並列に」接続する場合と対比すれば明らかなとおり,何れかのモジュールで断線等の不具合が生じた場合に,すべてのモジュールが使用不能となってしまい,LEDが点灯しないことになってしまうから,電気的接続の安定性確保という基本的な設計思想に反する構成である。それにもかかわらず,本件発明3は,「LEDモジュールを図4に示すように直列に接続」(甲8段落【0031】)する構成を採用することにより,「ランプ群に対して所望の電圧電流関係を得る」(同)という実用性の高い作用効果を実現したものである。このような,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことは,通常の設計思想に反する構成をあえて採用することにより,それ以上の代替的価値を実現した発明であるところ,刊行物4,5(甲4,5)を精査するもこのような技術的思想は開示も示唆もされていないのであるから,「当業者が容易に想到し得た」とすることはできない。

 (ウ)引用発明と本件発明4との相違点5についての判断(本件決定18頁最終段落~19頁第1段落)も,実質的に同一の議論であり,同様に誤りである。

 オ 取消事由5(引用発明と本件発明4との相違点3についての判断の誤り)

 (ア)本件決定は,本件発明4と引用発明との相違点3(各バスバーと各リードの材料に関し,本件発明4は,各バスバーと各リードはほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成されているのに対して,引用発明は,該材料が明らかでない点)について,刊行物6(甲6)の記載から当業者が容易に発明可能であると判断した(本件決定18頁第2段落~第4段落)が,誤りである。

 (イ)本件決定も認めているとおり,本件発明4は「無半田接続」である点が重要な特徴であるが,刊行物6(甲6)記載の発明は「半田接続」である。そして,刊行物6記載の発明とは,「従来の電子装置では,…中継用リードフレームはもっぱら黄銅等の電気抵抗の小さい材料で構成されており,この場合,混成厚膜基板のセラミックとの熱膨張差が大きいため,はんだ付部のはんだにかかる応力が大きく寿命が短くなるという問題」(甲6段落【0004】)があったことから,「混成厚膜基板と熱膨張係数の近似する第1の材料からなる第1の層を混成厚膜基板にはんだ付けすることにより,はんだ付部は,温度サイクルのくり返しによるダメージが低減され耐久性が向上する」(同段落【0013】)結果として,中継用リードフレームの混成厚膜基板との半田付け部の寿命を向上できるという作用効果を実現した発明である。このような効果が得られる原理は,実施例の説明において「本実施例では,上記のようにリードフレーム4の混成厚膜基板3にはんだ付される第1の層4aの材質に混成厚膜基板3の線膨張係数に近似するFe-42Ni材を使用することにより,はんだ付部8の熱ストレスを緩和することができる」と説明されているとおりである(甲6段落【0019】)。以上のとおり,刊行物6に記載された発明は,半田接続を行う場合において,従来,半田付け部の温度サイクルのくり返しによるダメージに対する耐久性が課題となっていたところ,半田付けする対象の線膨張係数をほぼ等しくすることで,耐久性を向上し,半田付け部の寿命を延長した発明である。

 (ウ)これに対し,引用発明は本件発明4と同じく「無半田接続」であるから,「はんだ付部の寿命」ないし「はんだ付部の耐久性」という概念は存在しない。したがって,刊行物6の記載から,引用発明の「1対の針状端子2a,2a」と「1対の導電性金属板4,4」の熱膨張係数をほぼ等しくするという技術的思想が導かれることはあり得ない。

 (エ)この点,本件決定は,「電気的接続手段が,本件発明4は無半田接続であるのに対して,刊行物6記載の発明は半田接続で相違するが,接続部材を,ほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成する技術的意義は,両者とも,熱応力の発生の危険性をなくし,電気的接続の信頼性を高める点で共通しているから,刊行物6に接した当業者ならば,無半田接続における接続部材を,ほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成すれば,熱応力の発生の危険性をなくし,電気的接続の信頼性を高めることができることは容易に理解できる」(本件決定18頁第3段落)としているが,趣旨不明である。引用発明においては,「1対の針状端子2a,2a」が有する狭持力によって「1対の導電性金属板4,4」に馬乗り状態に嵌め込んでいるだけであって,両者が一体形成されていることもなければ,機械的に接続又は溶接されていることもないのであるから,接続部が「熱応力」により破壊されるような事態を想定する必要がない。結局のところ,本件決定は,引用発明においては,接続部の熱応力に対する耐久性の向上という技術的課題が存在しないことを無視して,あたかも刊行物6記載の発明と同様の技術的課題が普遍的に存在するかのごとき論理を持ち出して,同技術的課題の解決手段が引用発明にも妥当するとしているにすぎず,非論理的である。

 カ 取消事由6(本件訂正についての判断の誤り)

 (ア)本件決定は,原告は訂正事項aないしdに係る訂正を請求したにもかかわらず,訂正事項bのみについて訂正要件を判断し,これが不適法であることを理由に,他の訂正事項a,c,dについて何ら判断することなく訂正を認めなかったものであり,訂正事項a,c,dに関する訂正要件の判断を遺漏した違法がある。

 (イ)特許査定前と異なり,特許異議申立てないし特許無効審判請求においては,請求項ごとに取消理由ないし無効理由を判断することが可能であるし,また,取消決定ないし無効審決に対する取消訴訟においても請求項ごとに取消理由の有無を判断するというのが実務である。それにもかかわらず,同様に特許査定後である訂正審判請求(又は訂正請求)において,請求項ごとに訂正要件を判断し得ないという合理的理由は存しないし,法律上の根拠も存在しない。かかる実務は最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁(以下「最高裁昭和55年判決」という。)等を根拠としているが(特許庁審判便覧54-05項(甲15)参照),何れも単項制が採用されていた時代のものであるから,現在の改善多項制の下において複数の請求項について訂正審判請求された場合には妥当しない。現に,東京高裁平成12年(行ケ)第170号・平成14年10月31日判決(判例時報1821号117頁)は,訂正請求の許否の判断を請求項ごとにすべき旨を判示している。

 (ウ)最高裁昭和55年判決の射程

 最高裁昭和55年判決は,原審である東京高裁昭和48年(行ケ)第147号・昭和52年10月19日判決の「単に訂正を求める一部の事項についてこれを不適法とする事由があるというだけで,直ちに審判請求全体を成立しないものとして排斥すべき法律上の根拠はない」という判断を否定することはなく,「実用新案登録を受けることができる考案は,一個のまとまつた技術的思想であ」ることを根拠に挙げて,訂正審判請求人の合理的意思解釈として,「訂正明細書等の記載がたまたま原明細書等の記載を複数箇所にわたつて訂正するものであるとしても,これを一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべく,これを形式的にみて請求人において右複数箇所の訂正を各訂正箇所ごとの独立した複数の訂正事項として訂正審判の請求をしているものであると解するのは相当でない」と判示したものである。これは要するに,単項制を前提として,一個の実用新案登録請求の範囲に記載された発明は「一個のまとまつた技術的思想」であるところ,一個の実用新案登録請求の範囲中で複数の訂正が請求された場合の請求人の合理的意思は,一部の訂正のみであっても認められることを求めるか否か不明であることから,請求人の意思は,一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判を請求しているものと理解すべきことを判示したものである。上記最高裁判決は,一部訂正審決が例外的に認められる余地を残しているところ,改善多項制下において複数の独立項を対象とする訂正審判が請求された場合は,正にこれに該当する。すなわち,前記最高裁判決には「右訂正が誤記の訂正のような形式的なものであるときは事の性質上別として」,あるいは,「請求人において訂正審判請求書の補正をしたうえ右複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは格別」というような,例外的に一部の訂正のみを認める場合があることを説示をしている。したがって,①複数の訂正事項の各々が独立一個の訂正事項をなし,請求人において各訂正事項ごとに訂正の請求をするものであることを看取しうること,②一通の訂正審判請求書をもって複数訂正事項の各々を他のそれとは別個独立の一個の訂正事項とするような訂正審判の請求をすることができること,との要件を備えたような場合には,例外的に,一部訂正許可の審決をなし得ると認める余地を残したものである。

 (エ)一部訂正審決を認めるべき必要性

 訂正審判請求の主たる存在意義は,特許査定後に新たな公知資料等が発見され,特許査定時の請求項のままでは新規性・進歩性を維持できない可能性があるとき等に,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内で訂正し,特許請求の範囲を減縮することにより,新規性・進歩性が維持される可能性を高めるというものである。他方,昭和62年法により導入された改善多項制の下では,請求項ごとに独立した発明を特許請求することが可能である。これは,旧来の単項制の下においては複数の独立した発明は,複数の出願に分けて出願する必要があったものを,一回の機会に出願することを可能としたものである。このような改善多項制の下では,少なくともいったん特許が成立すれば,請求項ごとに独立した発明が記載されているものであるから,複数の請求項が特許された場合には,複数の独立した権利が発生している。そうであるからこそ,特許査定前と異なり,特許異議申立てないし特許無効審判請求においては請求項ごとに取消理由ないし無効理由を主張ないし判断することが可能となったものであるし,取消決定ないし無効審決に対する取消訴訟においても請求項ごとに取消理由ないし無効理由の有無を判断して,決定ないし審決を取り消すことができるのである。

 (オ)訂正事項a,c,dの訂正要件適合性

 a 訂正事項aは,請求項1において「前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成する」という内容の限定事項を追加するものであるから,特許請求の範囲の減縮に該当する。したがって,特許法120条の4第2項1号に該当し,同規定を充足する。また,この限定事項は,本件明細書(甲7)の開示にかかる「【0048】以上の各実施例において,導電性のバスバーは電気的接続以外にLEDランプのための機械的支持体を形成する」に基づくものである。

 b 訂正事項cについては,被告も,誤記であることを認めている。

 c 訂正事項dは,「前記の発光ダイオードリード」がそれ以前に存在しないため不明瞭が生じているが,「前記の発光ダイオードリード」を「前記のアノードリードと前記のカソードリード」と訂正することによってその不明瞭が解消する。この本訂正事項は願書に添付した明細書または図面に明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり,また特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

 d 以上のとおりであるから,訂正事項a,c,dは訂正要件が認められる。

 (カ)最高裁昭和55年判決は,少なくとも誤記の訂正については,事の性質上,一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべき理由はないことを明示している。

 本件決定は,請求項2に係る訂正事項bのみについて訂正要件を判断して,請求項1,3,4に係る訂正事項a,c,dについて判断を行っていないが,少なくとも請求項3,4に係る訂正事項c,dは単なる形式的な誤記の訂正であり,被告も,訂正事項cについては誤記であることを認めている。すなわち,訂正事項cは,請求項3において「カソードバスバー」と記載すべきところを「アノードバスバー」とした2箇所の誤記を訂正したものであり,また,訂正事項dは,請求項4において「バスバー」と記載すべきところを「リード」とした2箇所の誤記を訂正したものである。そして,被告は,請求項3の誤記については,そのとおり誤記を訂正して本件発明3の要旨認定を行ったものである(本件決定「3.本件発明」の項(3),(4))。

 したがって,仮に最高裁昭和55年判決が本件に適用されると仮定しても,同最高裁判決は,形式的な誤記の訂正については訂正事項ごとに訂正の拒否を判断し,一部訂正が認められる旨を判示しているのであるから,本件決定は,少なくとも訂正事項c,dについて,誤記の訂正の許否判断を行う必要があったものであり,それにもかかわらず同判断を怠ったことは同最高裁判決に反し,違法である。

 2 請求原因に対する認否

 請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。

 3 被告の反論

 本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

 (1)取消事由1に対し

 バスバーとは,一般に,電線に替わって使用される細長い導電性金属板のことであり,そして,主に,銅,リン青銅等の金属板,銅,銀,ニッケル等の金属箔から形成され,その性質は,可撓性,バネ性を有する等多岐にわたっている。

 引用発明(甲1)の「1対の導電性金属板4,4」は,発光ダイオードを電子回路に組み込む場合に使用される配線基材であって,電線に替わって使用される細長い導電性金属板であるといえるから,バスバーに相当するものであり,また,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,各々アノード,カソードとして用いられている。

 したがって,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」が,本件発明1~4の「アノードバスバー,カソードバスバー」に相当することは明らかである。

 (2)取消事由2に対し

 引用発明(甲1)は,発光ダイオードの端子と配線の電気的接続のための半田付けを省略するために,配線の替わりに導電性金属板(バスバー)を採用し,発光ダイオードの端子によって導電性金属板を挟持し,すなわち,両者を機械的接続としたものである。

 一方,本件発明1,2も,発光ダイオードランプのリードとバスバーとの電気的接続のための半田付けを省略するために,両者を機械的噛み合わせ接続,噛み合わせ嵌め接続を採用,すなわち,機械的接続手段を採用したものである。したがって,本件発明1,2と引用発明は,発光ダイオードランプのリードとバスバーとの電気的接続のために,半田付けではなく,機械的接続手段を採用した点においては共通するものである。

 また,電気的接続のための機械的接続手段として,カシメ(機械的噛み合わせ接続)を用いることは刊行物2(甲2)に,切り起し片(機械的噛み合わせ接続)を用いることは刊行物3(甲3)に記載されており,機械的接続手段として「噛み合わせ嵌め」も一般的な接続手段として慣用の手段である。そして,電気的接続のための機械的接続手段として,どの手段を採用するかは,発光ダイオードランプの用いられる場所(例えば,自動車などの振動発生場所)に応じて必要な接続強度等を考慮して当業者が設計上適宜決めることである。

 したがって,本件発明1に関する相違点2,本件発明2に関する相違点3についての本件決定の判断に誤りはない。

 (3)取消事由3に対し

 本件発明3の各バスバーと各リードが一体となっている技術的意義は,バスバーとリードとの半田付けによる接続を不要とすることであるが,原告も認めているとおり,刊行物7(甲7)には,「第2リード15」と「連結片2」(「アノードバスバーもしくはカソードバスバー」に相当)とが一体となっていることが記載されており,このことから,半田付けによる接続が不要となることは当業者にとって自明である。

 そうすると,バスバーとリードとの半田付けによる接続を不要とするために,各バスバーと各リードを一体とすることは,刊行物7の記載から当業者ならば容易に想到し得たことである。

 (4)取消事由4に対し

 ランプの電気的接続には直列接続,並列接続があり,それぞれの電気接続によって,ランプに対してそれぞれ所望の電圧電流関係が得られることは一般的によく知られたことであるから,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことによって,ランプ群に対して所望の電圧電流関係が得られることは当業者にとって技術常識である。

 したがって,本件発明3に関する相違点4,本件発明4に関する相違点5についての本件決定の判断に誤りはない。

 (5)取消事由5に対し

 刊行物6(甲6)には,半田付けによる熱変動が生じる接続部においては,接続される部材の材料として熱膨張係数が近似する材料を用いれば,半田付け部の熱膨張差が少なくなり,半田付け部のはんだに係る応力が小さくなり,半田付け部の寿命を長くすることができることが記載されているといえる。

 そうすると,この記載からみて,2部材が接続されているものにおいて,接続される部材に熱が加えられる場合,接続される部材の材料として熱膨張差の少ない材料を用いれば接続される部材間の熱膨張差が少なくなり,接続部の寿命が長くなるといえるから,機械的接続のような無半田接続における接続部材に,半田付けによる熱以外の熱が加わる場合においても,接続部材を,ほぼ等しい熱膨張係数を有する導電性材料で構成すれば,接続部の熱に起因する応力が小さくなり,接続部の信頼性が向上することは当業者ならば容易に理解できることである。

 したがって,刊行物6の記載から,当業者ならば,引用発明の「1対の針状端子2a,2a」と「1対の導電性金属板4,4」の熱膨張係数をほぼ等しくするという技術的思想を容易に導くことができるといえる。

 (6)取消事由6に対し

 特許法153条3項には,「審判においては,請求人が申し立てない請求の趣旨については,審理することができない」と規定されているところ,本件訂正請求書(甲16)には,その請求の趣旨として「特許第3441182号の明細書を請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める」と記載されており,この記載によれば,本件審判請求人(原告)は,特許第3441182号の明細書を訂正明細書のとおり訂正することをその請求の趣旨として,本件訂正請求したことは明らかである。

 そうすると,本件訂正は,訂正明細書の記載が特許明細書の記載を複数箇所にわたって訂正するものであるとしても,これを一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判を請求しているものと同様の趣旨であると解されるから,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの判断をすることができるだけであり,一部の訂正を許す判断をすることはできない。

 したがって,上記の内容をその請求の趣旨とする訂正請求について,特許法153条3項の規定に従って審理した本件決定に,違法はない。

 そもそも,改善多項制といえども,1つの特許出願により特許を受けることのできる発明は,1つの発明又は対応する特別な技術的特徴を有し,単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係のある2以上の発明であり,請求項が複数ある場合は,互いに連関している場合が通常である。そして,この発明を表現する明細書は,常にその全体を一体不可分のものとして把握されるべきものであるから,当該訂正が実質的に請求項に影響を及ぼすものであるときは,明細書の部分ごとに訂正を認めたり,認めなかったりするというようなことは,技術的思想を分断して判断し,ひいては,本件訂正の請求の趣旨を逸脱することになり,許されない。

 原告は,特許異議申立て,特許無効審判請求においては,請求項ごとに取消事由ないし無効理由が判断されるが,訂正審判請求(訂正請求)において請求項ごとに訂正要件を判断し得ないという合理的理由は存しない旨主張するが,特許異議申立て,特許無効審判請求については,特許法113条1項,123条1項に,2以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる旨規定され,その請求の趣旨は,例えば「特許第…号の請求項2に係る発明についての特許を無効とする」とされるのであり,一方,訂正審判(訂正請求)においては,上述したとおり,請求の趣旨は「特許第…号の明細書を請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める」とされるものである。このように,訂正審判(訂正請求)と,特許異議申立て,特許無効審判請求は,請求の趣旨が異なるものであるから,原告の上記主張は失当である。

 なお,請求項3に係る訂正事項cは誤記の訂正を目的とするものであるが,請求項4に係る訂正事項dは明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって,誤記の訂正を目的とするものではない。

第4 当裁判所の判断

 1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(本件決定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

 2 取消事由1(引用発明と本件発明1~4との一致点の認定の誤り)について

 (1)原告は,本件発明1~4の「バスバー」は少なくとも「棒」ないし「横木」といえるものであるのに対し,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,正にアルミ箔に例示されるような薄い金属板であって,「バー」ないしは「棒」であってはならないものであり,そうでなければ「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という,引用発明の作用効果を達成することができないから,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」が本件発明1の「アノードバスバー,カソードバスバー」に相当するということはできず,本件決定のした引用発明と本件発明1~4との一致点の認定は誤りであると主張する。

 (2)ア そこで刊行物1(甲1)をみると,次の記載がある。

 ①「2.実用新案登録請求の範囲

 絶縁材層とこれの両側面に装着される導電性金属板とで,発光ダイオードの1対の針状端子が挟持して両導電性金属板と接触可能な厚みを有する可撓性の帯板状に形成されてなる発光ダイオード配線基材。」(明細書1頁第2段落)

 ②「(問題点を解決するための技術的手段)

 本考案は,…そのための技術手段は,絶縁材層3とこれの両側面に装着される導電性金属板4,4とで,発光ダイオード2の1対の針状端子2a,2aが挟持して両導電性金属板4,4と接触可能な厚みを有する可撓性の帯板状に形成されてなることを特徴としている。」(同2頁第2段落)

 ③「(実施例)

 以下本考案の実施例を図面に基づいて説明する。

 第1図及び第2図は発光ダイオード配線基材1を,発光ダイオード2を接続した状態で示している。この配線基材1は,本体部3a及び取付台部3bからなる断面倒T字状の絶縁材層3と,この絶縁材層3の本体部3aの両側面に装着された両側1対の導電性金属板4,4と,から構成され,絶縁材層3の本体部3aは,発光ダイオード2の1対の針状端子2a,2aがこの本体部3aを両側から挟持して両導電性金属板4,4と接触しうるような厚みを有する可撓性の帯板状に形成されている。…  上記配線基材1の絶縁層3は,合成樹脂ゴム(例えばブチルゴム)あるいは軟質の合成樹脂(例えばポリエチレン)からなり,また各導電性金属板4はアルミ箔等からなる。」(同2頁下第2段落~3頁第2段落)

 ④「(考案の効果)

 本考案の発光ダイオード配線基材によれば,発光ダイオードの1対の針状端子を,絶縁材層の両側の導電性金属板を挟持するように外側から嵌め込むだけで,電気的接続を行うことができるから,従来のような半田付けを行う必要がなくなって,発光ダイオードの接続作業がきわめて簡単且つ容易となる。」(明細書5頁最終段落~6頁第1段落)

 イ 上記記載によれば,引用発明において,①発光ダイオードの「一対の針状端子2a,2a」が可撓性の帯板状部材を挟持し電気的に接続していること,②この可撓性の帯板状部材は,「絶縁材層3」とこれの両側面に装着される「導電性金属板4,4」とで構成されていること,③「導電性金属板4,4」は,「発光ダイオード2の一対の針状端子2a,2a」に電流を供給するものであること,④「絶縁材層3」は,「導電性金属板4,4」に供給される電流が短絡しないようにするためのものであることが認められる。

 ウ また,実開平4-131122号公報(乙1。以下「乙1公報」という。),実願平1-8663号(実開平2-101585号)のマイクロフィルム(乙2。以下「乙2公報」という。),特開昭59-200487号公報(乙3。以下「乙3公報」という。),実願昭59-49942号(実開昭60-163790号)のマイクロフィルム(乙4。以下「乙4公報」という。),特開平3-239376号公報(乙5。以下「乙5公報」という。)及び特開平4-114438号公報(乙6。以下「乙6公報」という。)には,銅(乙2,3),リン青銅(乙3)の金属板や,銅,銀,ニッケル等の金属箔(乙5,6)から形成された細長い導電性金属板が「バスバー」として記載され,その性質として,可撓性(乙2)やバネ性(乙3)を有することが記載されている。

 これらの記載によれば,「バスバー」が電線に代わって使用される細長い導電性金属板であり,これが可撓性,バネ性を備えることは,本件優先日(1993年〔平成5年〕9月17日)当時,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)に周知のことと認められる。

 エ そして,刊行物1(甲1)の実施例に記載された「アルミ箔」のように,それのみで「一対の針状端子2a,2a」を支持することができない場合には絶縁材層が必要となるが,乙1公報ないし乙6公報に記載されているような,銅,銀,ニッケル等の薄い金属板を採用した場合には,本件発明1~4の「バスバー」と同様に,それのみで「一対の針状端子2a,2a」を支持し,「導電性金属板4,4」に供給される電流が短絡しないようにすることができるので,絶縁材層は必ずしも必要ではなくなるから,当業者は,刊行物1の「導電性金属板4,4」は,このようなものも含むものと理解すると認められる。

 (3)したがって,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」が本件発明1の「アノードバスバー,カソードバスバー」に相当するとした本件決定に,誤りはない。

 (4)原告は,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」は,正にアルミ箔に例示されるような薄い金属板であって,「バー」ないしは「棒」であってはならず,そうでなければ,「可撓性」を有することにより「自由な曲線が簡単に組める」という引用発明の作用効果を達成することができないと主張するが,刊行物1の上記(2)アの記載からすると,「アルミ箔」は,実施例において導電性金属板の材質の一例として挙げられているにすぎず,「1対の導電性金属板4,4」について必ずしも「自由な曲線が簡単に組める」ものに限定して解釈しなければならない理由はなく,また,当業者は,「導電性金属板4,4」を刊行物1の「導電性金属板4,4」は,乙1公報ないし乙6公報に記載されているような,銅,銀,ニッケル等の薄い金属板を含むものと理解することができることは上記(2)エのとおりであるから,原告の主張は採用することができない。

 (5)以上のとおりであるから,原告の取消事由1の主張は理由がない。

 3 取消事由2(引用発明と本件発明1との相違点2,本件発明2との相違点3についての判断の誤り)について

 (1)原告は,引用発明は,「製作コストが高くつく」ことを問題視して,発光ダイオードの確実な固定を優先させずに,「半田付け作業」を省略して,単に発光ダイオードの端子を配線基材に対し馬乗り状態に嵌め込んだだけの極めて単純な構成を提案した発明であるから,刊行物2(甲2)記載のような「プレス工程」による「カシメによる固定」や,刊行物3(甲3)記載のような「切り起し片」を設ける固定等の「機械的接続手段」を採用することには,何らの動機付けも存在しないばかりか,明白な阻害事由が存在するから,本件発明1と引用発明との相違点2について,引用発明及び刊行物2,3記載の発明から容易想到とした本件決定の判断(12頁下第3段落)は誤りである,と主張する。

 (2)しかし,刊行物1(甲1)には,発光ダイオードの端子と配線の電気的接続のための半田付けを省略するために,配線の代わりに導電性金属板(バスバー)を採用し,発光ダイオードの端子によって導電性金属板を挟持し,両者を機械的に接続することが記載されており,また,刊行物2(甲2)には,電気的接続のために機械的接続手段を採用し,その一手段としてカシメ(機械的噛み合わせ接続)を用いることが,刊行物3(甲3)には,同様の接続手段として切り起し片(機械的噛み合わせ接続)を用いることが,それぞれ記載されているところ,これらは,いずれも電気的接続のための機械的接続手段に関する技術として共通のものである。

 したがって,高い接続強度が必要な場合においては,刊行物2,3に記載の接続手段を引用発明に適用することは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。そして,高い接続強度が必要な場合には,それに対応した接続手段を選択する動機付けが存在することは明らかであるし,製作コスト等についても,必要に応じて適宜考慮すれば足りることであるから,引用発明に刊行物2,3に記載の接続手段を適用することに阻害事由があるとまでは認められない。

 (3)原告は,引用発明の「1対の導電性金属板4,4」はアルミ箔に例示される薄い金属板であり,しかも,導電性金属板4は絶縁材層3に接着されているから,刊行物2(甲2)のようなカシメる構造や,刊行物3(甲3)のような「切り起し片」を採用することは,いずれも不可能であると主張する。しかし,「1対の導電性金属板4,4」をアルミ箔に例示されるような薄い金属板に限定して解釈する必要がないことは上記2(4)のとおりであるから,原告の上記主張は前提において誤りというほかなく,採用することができない。

 (4)引用発明と本件発明2との相違点3についての本件決定の判断に誤りがないことも,上記(1)ないし(3)に述べたとおりである。

 (5)以上のとおりであるから,原告の取消事由2の主張は理由がない。

 4 取消事由3(引用発明と本件発明3との相違点3についての判断の誤り)について

 本件決定は,引用発明と本件発明3との相違点3について,引用発明及び刊行物7記載の発明から容易想到と判断した(本件決定15頁下第2段落~16頁第1段落)。

 これに対し,原告は,刊行物7記載の発明は,「ディスプレイ」に関するもので同一パターンのみで発光するものではないから,片方のリードは「連結片」と一体成形されていて構わないものの,他方のリードである「第1リード14」は「連結片2」と一体成形されていないが,他方,本件発明3は,「自動車のランプ等」に関する発明であるから,同一パターンで発光することが望ましく,両者は全く目的が異なると主張する。

 しかし,本件決定は,刊行物7に記載された「リードと連結片が一体成形されている」技術事項を引用したものであるところ(本件決定15頁下第2段落),この技術事項を引用発明に適用するに当たって,刊行物7の発明が同一パターンで発光させるものであるか否かは何ら問題となるものではないから,原告の上記主張は,本件決定の上記判断を左右するものではなく,採用することができない。

 また原告は,刊行物7記載の発明は,「ディスプレイ」に関する発明であることを前提とし,「接点の数量を約半分」にするものであり,LEDの片側のリードのみを「連結片2」と接続しておき,他方のリードは独立した「接点」であることを前提としていると主張する。

 しかし,本件決定が刊行物7から引用した技術事項は,上記のとおり「リードと連結片が一体成形されている」ことであり,「ディスプレイ」や「接点の数量を約半分」にすることは,上記技術事項を適用するに当たって何ら問題となるものではないから,原告の上記主張も理由がない。

 したがって,引用発明と本件発明3との相違点3についての本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。

 5 取消事由4(引用発明と本件発明3との相違点4,本件発明4との相違点5についての判断の誤り)について

 (1)本件決定は,引用発明と本件発明3との相違点4について,引用発明及び刊行物4,5記載の発明から容易想到と判断した(本件決定16頁第4段落)。

 これに対し,原告は,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことは,何れかのモジュールで断線等の不具合が生じた場合に,すべてのモジュールが使用不能になってしまい,通常の設計思想に反する構成ではあるが,本件発明3は,これをあえて採用することによりそれ以上の代替的価値を実現した発明であるところ,刊行物4,5(甲4,5)にはこのような技術的思想は開示も示唆もされていないと主張する。

 (2)刊行物4(甲4)には,「2.実用新案登録請求の範囲ピンプラグタイプの端子を有し,かつ抵抗を内蔵したLEDランプモジュールと,3枚の絶縁板を重ね,その間に各々電極板を挟んで一体化した積層体に,前記LEDランプモジュールを着脱自在に装着する挿入孔を所要の配列となるように形成する一方,対向する一対の側縁部の一方に雌型コネクタ部を,他方に雄型コネクタ部をその側縁と平行な方向にスライド可能に一体に形成した表示ボードユニットとを備え,複数の表示ボードユニットを使用し,そのコネクタ部の結合によって拡張を行うことを特徴とするLED表示装置」(甲4明細書1頁第2段落),「前記表示ボードユニットBは必要とする表示面積に応じた枚数を組合わせる。例えば2枚の場合は第3図~第5図に示すようにユニットB-1とB-2をその雄型コネクタ部Yと雌型コネクタ部Xの結合によって電気的,機械的に接続し,ユニットB-1の雌型コネクタ部Xには雄型コネクタ部Yと略同構造のコネクタ電極21を,ユニットB-2の雄型コネクタ部Yには雌型コネクタ部Xと略同構造のコネクタ電極22をそれぞれ結合させ,これらに側板23,24をねじ25により固定した後,枠形の外ケース26を取付ける」(同6頁第2段落)との記載があり,これらの記載によれば,刊行物4には,表示ボードユニットB-1とB-2を,コネクタY,Xの結合によって電気的,機械的に接続することが記載されているものと認められる。

 また,刊行物5(甲5)には,「【実用新案登録請求の範囲】【請求項1】 各列毎に直列に接続された複数個のLEDを光源として備えたモジュールタイプLEDを複数個電気的および機械的に接続して構成した車輌用灯具において,前記モジュールタイプLEDのうちのいずれか1つに逆電流防止用ダイオードを組み込み,前記LED群と共に電源に接続したことを特徴とする車輌用灯具」(2頁左上欄第1段落)と記載され,その2頁【図1】,【図3】には,「モジュールタイプLED4A,4B」をリード線20によって電気的に並列に相互接続した車輌用灯具が図示されており,そこに記載された「モジュールタイプLED4A,4B」は本件発明3の「モジュール」に相当するものであるから,刊行物5には,複数のモジュールを有し,両者を電気的に接続することが記載されているものと認められる。

 そして,ランプの電気的接続には,直列接続と並列接続があり,それぞれの電気接続によって,ランプに対してそれぞれ所望の電圧電流関係が得られることは当業者の技術常識であるから,第1と第2のモジュールを「直列に接続する」ことによって,ランプ群に対して所望の電圧電流関係が得られることは,当業者に明らかである。

 したがって,上記「第1と第2のモジュールを有し,両者を電気的に直列に接続する手段を備えている」点について,引用発明及び刊行物4,5記載の発明から容易想到とした本件決定の判断に誤りはない。

 (3)引用発明と本件発明4との相違点5についての本件決定の判断に誤りがないことも,上記(1)(2)で述べたとおりである。

 (4)以上のとおりであるから,原告の取消事由4の主張は理由がない。

 6 取消事由5(引用発明と本件発明4との相違点3についての判断の誤り)について

 (1)本件決定は,引用発明と本件発明4との相違点3について,刊行物6(甲6)の記載から容易想到と判断した(本件決定18頁第2段落~第4段落)これに対し,原告は,引用発明は,本件発明4と同じく「無半田接続」であるから,「はんだ付部の寿命」ないし「はんだ付部の耐久性」という概念は存在せず,刊行物6の記載から,引用発明の「1対の針状端子2a,2a」と「1対の導電性金属板4,4」の熱膨張係数をほぼ等しくするという技術的思想が導かれることはあり得ないと主張する。

 (2)しかし,刊行物6(甲6)の段落【0019】には,「…本実施例では,上記のようにリードフレーム4の混成厚膜基板3にはんだ付される第1の層4aの材質に混成厚膜基板3の線膨張係数に近似するFe-42Ni材を使用することにより,はんだ付部8の熱ストレスを緩和することができる。…」と記載されているから,そこには,熱ストレスを緩和するために,接続部材を,ほぼ等しい熱膨脹係数を有する導電性材料で構成する発明が開示されていると認められる。

 そして,この熱膨張係数の差異による熱ストレスは,部材の接続が「無半田接続」でも「半田接続」でも生じることであるから,引用発明においても,その「1対の針状端子2a,2a」と「1対の導電性金属板4,4」との接続において,熱膨張係数の差異により熱ストレスが発生することは,当業者にとって自明のことである。

 したがって,原告の上記主張は採用することができず,原告の取消事由5の主張は理由がない。

 7 取消事由6(本件訂正についての判断の誤り)について

 (1)本件訂正に係る訂正事項bとは,特許請求の範囲の請求項2の「ほぼ平面状のアノードバスバー,前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと噛み合わせ嵌めによって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなる照明を提供するための発光ダイオードモジュール。」(下線付加)の記載を,「ほぼ平面状のアノードバスバー,前記のアノードバスバーに平行に隣接して配置されたほぼ平面状のカソードバスバー,複数の発光ダイオード,および前記の発光ダイオードを前記のアノードバスバーと前記のカソードバスバーに機械的電気的に接続する接続手段であって,それぞれが前記のバスバーの平面から変形して対応するリードと機械的噛み合わせ接続によって係合する前記のバスバーの部分からなる接続手段からなり,前記のバスバーが電気的接続を形成するとともに前記発光ダイオードランプのための機械的支持体を形成することを特徴とする照明を提供するための発光ダイオードモジュール。」(下線が訂正部分)と訂正するものであるところ,本件決定は,「訂正前には凹部と凹部の噛み合わせ嵌めであったものを,リベット等やタブによる接続を含む機械的噛み合わせ接続に訂正しようとするものであるから,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでなく,また,特許請求の範囲を実質上拡張するものである。したがって,上記訂正事項bを含む訂正は,特許法の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる,特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書き又は第2項の規定に適合しないので,当該訂正は認められない」(本件決定6頁第4段落)としたものである。

 これに対し原告は,本件決定は,訂正事項bが不適法であることを理由に,他の訂正事項a,c,dについて何ら判断することなく訂正を認めなかったものであり,訂正事項a,c,dに関する訂正要件の判断を遺漏した違法があると主張する。

 (2)しかしながら,本件訂正は,本件決定が説示するとおり,訂正前には凹部と凹部の噛み合わせ嵌めであったものを,リベット等やタブによる接続を含む機械的噛み合わせ接続に訂正しようとするものであるから,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものではなく,また,特許請求の範囲を実質上拡張するものであり,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書又は2項の規定に適合しないものである。

 ところで,願書に添付した明細書又は図面の記載を複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判の請求又は訂正請求において,その訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものである場合(すなわち訂正が単なる誤記の訂正であるような形式的なものでない場合)には,請求人において訂正(審判)請求書の訂正事項を補正する等して複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しない限り,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決又は決定をしなければならず,たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係になく,かつ,一部の訂正を許すことが請求人にとって実益のあるときであっても,その箇所についてのみ訂正を許す審決又は決定をすることはできないと解するのが相当である(前記最高裁昭和55年判決参照)。そしてこの理は,原告のいう改善多項制の下でも同様に妥当するというべきである。

 そこでこれを平成17年12月7日付けでなされた本件訂正請求(甲16)についてみると,別添異議の決定記載のとおり,訂正事項cは誤記の訂正であって形式的なものであるが,訂正事項a,b,dは誤記の訂正ではなく,その訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものであることは明らかであり(原告も,前記第3,1,(4),カ,(オ)において,訂正事項a,b,dが誤記の訂正以外の実質的なものであることを自認している。)また本件訂正請求書(甲16)をみても,その請求の趣旨は単に「特許第3441182号の明細書を請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求める」とするものであって,複数の訂正箇所のうち一部の箇所について訂正を求める趣旨を特定して明示しておらず,かつその後も請求人たる原告から同様の趣旨の補正が行われたこともない(弁論の全趣旨によりこれを認める)のであるから,本件訂正請求は不可分一体のものであったと解さざるを得ない(ちなみに,原告が本訴提起後の平成18年10月3日になした訂正審判請求である訂正2006-39163号事件及び訂正2006-39164号事件においては,一部訂正である趣旨を明示している。甲20~23)。

 したがって,上記のとおり訂正事項bが訂正の要件に適合しない以上,訂正事項a,c,dについて判断することなく,本件訂正を認めなかった本件審決に,訂正事項a,c,dに関する訂正要件の判断を遺漏した違法があるということはできない。

 (3)以上検討したとおり,本件訂正を認めなかった本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由6の主張は理由がない。

 8 結論

 以上検討したところによれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    知的財産高等裁判所第2部