裁判例>東京地判平成23年7月28日判時2175号68頁

東京地判平成23年7月28日判時2175号68頁

主文

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 3 本件につき原告のために控訴の付加期間を30日と定める。

理由

第1 請求

 1 被告は、別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウムを輸入してはならない。

 2 被告は、別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウムを株式会社陽進堂に販売してはならない。

 3 被告は、別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウムの在庫品を廃棄せよ。

第2 事案の概要

 本件は、不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウムの特許権を有する原告が、被告による別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウム(以下「被告製品」という。)の輸入及び販売行為は、上記特許権を侵害するものであると主張して、被告に対し、特許法100条1項に基づく被告製品の輸入、販売の差止め及び同条二項に基づく被告製品の廃棄を求める事案である。

 1 争いのない事実等(末尾に証拠を掲げていない事実は、当事者間に争いがない事実である。)

 (1) 当事者

 原告は、医療用薬品の製造、販売等を業とする会社である。

 被告は、工業用薬品、医薬品、試薬、医薬部外品及びそれらの原料等の売買及び輸出入を業とする会社である。

 (2) 本件特許

 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲請求項一の発明を「本件発明」という。また、本件発明に係る特許を「本件特許」といい、本件特許に係る明細書(別紙特許公報参照)を「本件明細書」という。)を有している。

 特許番号 第3737801号

 発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム、並びにそれを含む組成物

 出願日 平成13年10月5日

 優先日 平成12年10月5日

 登録日 平成17年11月4日

 特許請求の範囲請求項1

 「次の段階:

  a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、

  b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、

  c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、

  d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして

  e)プラバスタチンナトリウム単離すること、

を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

 (3) 本件訂正請求

 ア 協和発酵キリン株式会社は、平成20年に、本件特許につき特許無効審判請求(無効2008-800055)をした(甲36)。

 イ 原告は、上記審判事件において、平成20年7月22日付け訂正請求書により、特許庁に対し、次のとおり、請求項1について訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした(甲8。以下、本件訂正後の請求項1の発明を「本件訂正発明」という。)。

 【請求項1について】(訂正請求に係る訂正部分を下線で示す。)

 「次の段階:

  a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、

  b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、

  c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、

  d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして

  e)プラバスタチンナトリウム単離すること、

を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

 (4) 被告は、業として、被告製品を国外から輸入し、これを販売している。

 (5) 被告製品は、本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に属する。

 2 争点

 本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものか(特許法104条の3の抗弁の成否)

 (1) 本件発明は、新規性を欠くか(争点1)

 (2) 本件発明は、進歩性を欠くか(争点2)

 (3) 本件特許の無効理由は、本件訂正により解消されるか(争点3)

 ア 本件訂正発明は、新規性を欠くか(争点3-1)

 イ 本件訂正発明は、進歩性を欠くか(争点3-2)

 3 争点に関する当事者の主張

 (1) 争点1(本件発明は、新規性を欠くか)について

 [被告の主張]

 ア 新規性欠如の無効理由1(三共株式会社による公然実施ないし乙1資料による開示)

 (ア) 本件特許権の優先日(平成12年10月5日)より前に三共株式会社(以下「三共」という。)が販売していた、プラバスタチンナトリウムを主要成分とする「メバロチン」のインタビューフォーム(乙1。以下「乙1資料」という。)には、使用されているプラバスタチンナトリウムの不純物として、「RMS-414」(プラバスタチンラクトン)が0.02~0.06%であり、「RMS-418」(エピプラバ)が0.19~0.65%であることが記載されている(乙1・10頁)。

 (イ) 乙1資料には、プラバスタチンナトリウムの製法に関する記載は存在しない。しかしながら、引用例となっている刊行物に製法の記載がなくても、特許出願当時の技術水準を基準として、当業者が刊行物を見るならば特別の思考を要することなく容易にその技術的思想を実施し得る場合は、必ずしも、製法の記載は必要ない。

 クロマトグラフィー等の公知の方法による精製等を繰り返せば、純度が100%近いプラバスタチンナトリウム(本件発明の対象物であるプラバスタチンナトリウム)を得ることが可能であることは、次のとおり、本件特許権の優先日より前に、当業者の常識であった。

 a 本件特許権の優先日の前である平成12年3月30日に頒布された刊行物であるWO 00/17182国際公開公報(乙5の1、2。以下「乙5公報」という。)には、後記ウのとおり、純度99.8%のプラバスタチンナトリウム及びその製法が開示されており、プラバスタチンラクトンであれエピプラバであれ、不純物が0.2重量%以下のプラバスタチンナトリウムを得ることが可能であったことが示されている。

 b 本件特許権の優先日の前である平成4年10月1日に頒布された刊行物であるWO 92/16276国際公開公報(乙7の1、2。以下「乙7公報」という。)には、次の記載が存在する。

 「本発明は、純度99.5%以上の製品を得るための高性能液体クロマトグラフィーによるHMG-CoAレダクターゼ阻害物質の精製方法に関する。本発明のHMG-CoAレダクターゼ阻害物質はロバスタチン、シンバスタチン、プラバスタチン、フルバスタチン及びメバスタチンを包含するがこれらの物質に限定はされない。本発明のHPLC法は、99.5%以上の純度を得るための再結晶化が不要であり、通常は結晶化だけを用いるという有意な利点を与える。更に、本発明のHPLC法は、唯一種類の有機溶媒によって行うことができるので、溶媒循環の必要性も極めて少ない。」(3頁)

 「実施例8

 粗ロバスタチンの代わりに粗プラバスタチンを使用し、実施例5(判決注:粗ロバスタチンを用いて純度99.8%のロバスタチンを得たもの)に記載の手順と同様の手順を用いてプラバスタチンを純度99.5%以上の結晶質形に精製し得る。」(6頁)

 上記記載から、再結晶化なしで99.5%以上の純度のプラバスタチンナトリウムを得られること、したがって、再結晶化すれば更に高純度のものが得られることが明らかとなっている。

 c 本件特許権の優先日の前である平成11年8月26日に頒布された刊行物であるWO 99/42601国際公開公報(乙8の1、2。以下「乙8公報」という。)には、次の記載が存在する。

 「過去の各特許出願に開示された、抗高コレステロール血症剤の各単離精製方法は、抽出、クロマトグラフィー、ラクトン化、および結晶化方法を互いに異なる組み合わせによって行うものとなっている。これらの処理で得られる最終生成物の純度は99.6%より低いものとなっている。これらの方法を用いて、より高純度の生成物を得ることは可能ではあるが、これらの方法を大規模工業的に利用した場合、所望の生成物の収量は許容できないほど低いものとなる。」(段落【0002】)

 「本発明は、99.6%を超える、好ましくは99.7%を超える純度を有するHMG-CoAレダクターゼ阻害剤の、培養後の培養液からの単離および精製のための新規の工業的な処理方法に関するものである。」(段落【0005】)

 「ロバスタチンの含有量は99%(w/w)であった。HPLC純度は99.8%であった。」(段落【0051】)

 ロバスタチンとプラバスタチンナトリウムが類似物質であり、ラクトン化等でも共通の特徴を有することは、本件明細書の段落【0005】に記載されているところである。したがって、乙8公報に基づいて、ロバスタチンと同等又はそれ以上の純度のプラバスタチンナトリウムを得ることが可能である。また、「これらの方法を用いて、より高純度の生成物を得ることは可能ではある」(乙8公報・段落【0002】)と記載されていることから、従来の技術を用いることにより、高純度のプラバスタチンナトリウムを得られることが示されている。

 d 特許庁は、本件特許に対する拒絶査定(起案日平成17年4月22日。乙11)において、次のとおり述べている。

 「引用例2(判決注:乙5公報)には、99.7%~99.8%のHPLC純度を有するプラバスタチンのナトリウム塩が記載されている(実施例1~3)。

 引用例2には、プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量についての記載はないが、医薬として使用される化合物はより純度の高い方が好ましいことは技術常識であるところ、プラバスタチンのナトリウム塩の精製を繰り返すことにより、より純度の高い、プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量の少ない本発明のプラバスタチンナトリウム等を得ることは当業者が容易になし得ることである。」

 e 三共は、本件特許とほぼ同じ内容の特許出願に対し、特許庁から拒絶理由通知(乙12の1)を受け、WO 00/46175国際公開公報(乙13の1、2。以下「乙13公報」という。)を引用文献三として、

 「引用文献3に記載されているように、プラバスタチンナトリウムの純度を出来る限り100%に近づけようとするために、抽出、クロマトグラフィー、ラクトン化、結晶化といった操作を組み合わせて、精製方法を検討することは、当業者の通常の創作能力の発揮であるから、上記文献に記載された組成物を、さらに精製し、純度を高めようとすることは、当業者が適宜行うことである。」

と指摘された。これに対し、三共は、請求項に「工業的に生産された」という限定を加える補正を行い(乙12の2)、それと同時に提出した意見書(乙12の3)において、次のとおり述べた。

 「プラバスタチンナトリウムの精製工程についても、審査官殿が指摘されるように引用文献三には、プラバスタチンナトリウムの純度をできる限り100%に近づけようとするため、精製手段として、抽出、クロマトグラフィー、ラクトン化、結晶化といった操作を組み合わせた精製方法が記載されています。・・(中略)・・また、所謂クロマトグラフィーを用いる工程は、本願明細書の【0036】段落乃至【0038】段落において記載致しましたように、少量生産においては、不純物を除去する工程として極めて有用なものであると考えられますが、カラムを使用せざるを得ず、操作が煩雑で、更に、大量生産にはおのずから限界があり、工業的生産には適さない工程であることは明らかであります。このように、引用文献1(判決注:乙5公報)乃至引用文献三には、プラバスタチンナトリウムの純度をできる限り100%に近づけるため、少量生産において不純物を除去する工程として極めて有用なものと考えられますが工業的生産には適さない工程である、所謂クロマトグラフィーを用いる工程を必須の精製工程として組み合わせることしか記載されていないと考えます。」

 このように、プラバスタチンナトリウムの開発者である三共自身も、上記の各方法によってプラバスタチンナトリウムの純度を100%に近づけることが可能であることを認めていた。

 (ウ) したがって、本件発明は、本件特許権の優先日前に公然実施をされた発明(特許法29条一項二号)ないし日本国内において頒布された刊行物に記載された発明(同項三号)であるから、新規性を有しない。

 イ 新規性欠如の無効理由二(原告による公然実施)

 原告の製造したプラバスタチンナトリウムは、本件特許権の優先日の前である平成12年3月に、秘密保持義務を負うことなく、日医工株式会社(以下「日医工」という。)に頒布された。

 上記頒布の際、原告の作成した分析結果証明書(乙6・添付資料2。以下「乙6資料」という。)が交付されており、そこには、上記プラバスタチンナトリウムに含まれているプラバスタチンラクトンは0.03重量%以下であり、エピプラバは0.08重量%以下であることが記載されている。また、日医工が上記プラバスタチンナトリウムを受け入れるに際して分析した結果、その純度は99.9重量%であった(乙6・添付資料4)。

 したがって、本件発明は、本件特許権の優先日前に公然実施をされた発明であり、新規性を有しない。

 ウ 新規性欠如の無効理由3(乙5公報による開示)

 (ア) 乙5公報には、以下の記載があり、不純物の合計が0.2重量%以下であり、凍結乾燥工程によって単離される、医薬品としてのプラバスタチンナトリウムが開示されている(判決注:下線は、裁判所が被告の主張に基づき付加した。)。

 「【要約】 活性成分の純度は、特に薬学的生成物を高血漿コレステロールの治療または予防において長期間服用しなければならない場合に、安全で効果的な薬剤を製造するための重要な因子である。より低い純度の薬剤からの不純物の蓄積は、治療中の多くの副作用を引き起こし得る。本発明は、いわゆる置換クロマトグラフィーを使用するHMG-CoAレダクターゼインヒビターの単離のための新規の工業プロセスに関する。本発明を使用することにより、高収率、より低い製造コストおよび適切な生態バランスで高純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得ることができる。」

 「【請求項26】 置換クロマトグラフィーを含む精製プロセスで粗HMG-CoAレダクターゼインヒビターを精製することによって得られた99.7%を超えるHPLC純度を有するHMG-CoAレダクターゼインヒビター。

 「【請求項27】 HMG-CoAレダクターゼインヒビターが、ロバスタチン、シンバスタチン、プラバスタチン、アトルバスタチン、メバスタチンおよびフルバスタチンからなる群から選択されることを特徴とする請求項26記載の物質。」

 「【0014】 そして、ここで記述される様式で得られたHMG-CoAレダクターゼインヒビターは、従来技術の状態からすでに知られている方法によって、例えば凍結乾燥、もしくは、好ましくはラクトン形態、酸形態またはそれらの塩形態(好ましくは、アルカリまたはアルカリ土類金属塩)を得るための結晶化によって、移動相から単離される。

 「【0025】 (実施例1)プラバスタチンの粗ナトリウム塩(1.0g、HPLC純度88%、アッセイ85%)を、10mlの移動相A(蒸留水)に溶解し、0.2MNaOH水溶液で、pHを7に調整し、濾過した。カラムを移動相Aで平衡化した。上記の様式で得られたサンプルを、Grom-Sil 120-ODS HEカラム(Grom Analytic+HPLCGmbH、Germany)、粒径11μm、カラムサイズ250×10mmに供給した。カラムを、移動相Aに7%のジエチレングリコールモノブチルエーテルを含む移動相Bで、4.5ml/分の流速で洗浄した。吸光度は、260nmで測定し、そして0.5mlのフラクションを上記吸光度における最初の増加で収集した。シグナルが減少したとき、カラムを25mlの70%メタノールで洗浄した。得られたフラクションを、ここでの上記HPLC分析法により分析した。99.5%以上の純度を有するフラクションを貯蔵した。貯蔵されたフラクション(7ml)におけるHPLC純度は、99.8%であった。

 「【0027】 (実施例3)0.6gのプラバスタチンの粗ナトリウム塩を、5mlの蒸留水に溶解した。使用される移動相(30%メタノール水溶液)を除いて、実施例1に記載のプロトコールを使用し、99.8%のHPLC純度を有する貯蔵したフラクションを得た。

 「【0028】 (実施例4)実施例三に記載の方法を、繰り返した。ここでは移動相におけるディスプレーサの濃度を14%にした。実施例1に記載された基準によれば、貯蔵されたフラクションにおけるHPLC純度は99.8%であった。

 (イ) 乙5公報には、プラバスタチンラクトンとエピプラバの量までは記載されていない。

 しかしながら、乙5公報に開示されているプラバスタチンナトリウムの不純物は、全体として0.2重量%以下であり、プラバスタチンラクトンとエピプラバ以外にも多数の不純物が存在すること(乙1資料)からすると、上記プラバスタチンナトリウムが、本件特許の対象である、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」に当たることは明らかである。

 (ウ) また、乙5公報記載の方法により99.8%の純度を超えるプラバスタチンナトリウムを実際に精製することができることは、同公報記載の方法の追試の結果(上海テックウェル生物製薬有限会社による実験報告(乙14、20、24)、株式会社UBE科学分析センターによる分析結果報告(乙27))によっても確認されている。

 (エ) 以上のとおり、本件発明は、本件特許権の優先日前に頒布された刊行物に記載された発明であるから、新規性を有しない。

 [原告の主張]

 ア 新規性欠如の無効理由1(三共による公然実施ないし乙1資料による開示)について

 (ア) 発明の存在を証する証拠においては、当該物の構成はもちろんのこと、物の獲得方法である製法についての説明も開示されていることが必要である。しかしながら、乙1資料は、プラバスタチンナトリウムという物を開示するのみであり、その製法(本件では、プラバスタチンラクトン及びエピプラバという不純物の低減方法)について開示するものではない。

 なお、物の構成を開示する当該引用文献に製法の開示がなかったとしても、当時の技術常識を考慮して引用文献から物の製法を読み取ることができる場合は、引用文献に記載の発明を引用発明とし得る余地はある。

 しかしながら、本件では、次のとおり、従来技術をもってしては、本件発明の開示に係る、プラバスタチンラクトンとエピプラバの含有量を著しく低減させた高純度のプラバスタチンナトリウムを製造することは不可能であったものである。したがって、当時の技術常識を考慮しても、当業者は、乙1資料から高純度のプラバスタチンナトリウムの製法を読み取ることはできない。

 a そもそも、プラバスタチンラクトン及びエピプラバは、下図のとおり、その構造が、非常にプラバスタチンナトリウムに類似しており、その理化学的性質が近似している。このため、従来技術においては、その分離、除去が極めて困難であった。

 【 図 】

 b もっとも、このうちエピプラバは、いったんこれを減少させれば、事後は増加しない。

 これに対し、プラバスタチンラクトンは、プラバスタチンの分子内反応により生成され、この反応は、精製工程においても発生する。したがって、プラバスタチンラクトンについては、いったん減少した後になおも増加する可能性を排斥することができない。

 c 従来のプラバスタチンの精製法によってプラバスタチンラクトンの生成・増加が生じる理由については、次のように解される。

 (a) プラバスタチンの分子内反応によるプラバスタチンラクトンの生成は、少なくとも、①酸性条件下、又は、②プラバスタチンナトリウム溶液の濃縮・乾燥時に生じる。

 ① 酸性条件下

 プラバスタチンが「酸性条件下」に置かれると、「プラバスタチンの分子内反応によるプラバスタチンラクトンの生成」が起こると解される(乙3の2(36頁右上欄7~12行)等参照)。

 ② プラバスタチンナトリウム溶液の濃縮・乾燥時

 プラバスタチンが「酸性条件下」になくとも、「弱アルカリ性」又は「中性」の条件下にあるプラバスタチンナトリウム溶液を「濃縮」又は「乾燥」した場合、やはり「プラバスタチンの分子内反応によるプラバスタチンラクトンの生成」が起こると解される。

 プラバスタチンナトリウムはアルカリ塩であるため、プラバスタチンナトリウムの水溶液はpH7.4以上(アルカリ性)となる。このような溶液をpH7前後(すなわち、「弱アルカリ性」、「中性」又は「弱酸性」の状態)に調整した場合、プラバスタチンアニオン(プラバスタチン陰イオン)とナトリウムカチオン(ナトリウム陽イオン)との比率が崩れ、プラバスタチン陰イオンが過剰な状態となる。

 そこで、このようにプラバスタチン陰イオンが過剰な溶液を乾燥した場合、ナトリウム陽イオンと結合し得なかった過剰のプラバスタチン陰イオンが環形成し、プラバスタチンラクトンを生じる。

 (b) 従来のプラバスタチンナトリウムの精製法である、高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」ということがある。)法や、「液-液抽出法」には、次のとおり、「酸性条件下の工程」、又は、「プラバスタチンナトリウム溶液の濃縮・乾燥時の工程」が、少なくとも一度は存在する。これが、プラバスタチンラクトンの生成、増加を招く原因となっている。

 ① 液-液抽出法

 従来の精製法である「液-液抽出法」でプラバスタチンを精製する場合、少なくとも一度は、酸性溶液による抽出を伴う(甲10.段落【0027】)。この工程で、プラバスタチンが酸性条件下に置かれ、プラバスタチンラクトンが生成・増加する。

 ② HPLC法

 プラバスタチンナトリウムをHPLCで分離する場合、緩衝液(pHの変動を抑制し、pHを一定に維持する作用を有する液。通常は、緩衝成分として、弱酸及びその共役塩基等を含有する。)を用いてプラバスタチンナトリウム溶液をpH7前後(すなわち、「弱アルカリ性」、「中性」又は「弱酸性」の状態)に調節する操作を伴う。この操作によって溶液が「弱酸性」となると、プラバスタチンラクトンを生じる。また、得られた溶液が「弱アルカリ性」又は「中性」であっても、その後に「濃縮」や「乾燥」を行った場合、緩衝液の組成変化等によって溶液が「弱酸性」に変化し易く、この場合も、やはりプラバスタチンラクトンが生じる。また、「弱アルカリ性」又は「中性」の溶液は、プラバスタチン陰イオンが過剰な状態であり、このような溶液を「濃縮」又は「乾燥」すると、やはりプラバスタチンラクトンが生じる。

 d 乙5公報の目的は、「置換クロマトグラフィー」により、高純度HMG-CoAレダクターゼインヒビター(例:プラバスタチンナトリウム、ロバスタチン、シンバスタチン、メバスタチン、アトルバスタチン等)を得ること(段落【0002】)である。

 しかしながら、置換クロマトグラフィーは、ごく一般的な公知の手法であるにすぎない(段落【0006】)。

 プラバスタチンナトリウムから不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバを除去し、高純度のプラバスタチンナトリウムを取得するに際しては、上記aないしcの課題が存在するものであり、この課題を克服するには、本件発明が規定する「塩析結晶化法」や、三共が平成12年10月16日に特許出願した、「酸又は塩基による分解処理」(甲10)という、極めて特殊な精製手法を開発することが必要であった。HPLCなどという、エピプラバとプラバスタチンラクトンの低減に付随する特有の問題を考慮しない、公知の単純な技術によって、エピプラバとプラバスタチンラクトンの極限までの低減が図れるものではない。本件特許権の優先日当時に、置換クロマトグラフィーによって上記の高純度のプラバスタチンナトリウムを取得することができた(ないし取得することができたはずだ)というのは、いわゆる後知恵にすぎない。

 また、乙5公報は、純度99.8%のプラバスタチンナトリウムが得られたことを開示するものではない。乙5公報に開示されているプラバスタチンは、後記ウのとおり、プラバスタチンナトリウムではなく、プラバスタチンの各種形態(遊離酸、陰イオン、他の塩)の混合物である。

 e 乙7公報及び乙8公報は、主にロバスタチンについての実施例を開示するものであり、高純度のプラバスタチンナトリウムを得た実施例はおろか、プラバスタチンナトリウムを取得した実施例の開示すらない。乙8公報の実施例3は、プラバスタチンを得た旨を開示するものの、プラバスタチンナトリウムを得たとの開示は一切なく、得られたプラバスタチンの最終的な純度も70.3%にすぎない。また、乙7公報の実施例8は、「プラバスタチンを純度99.5%以上の結晶質形に精製し得る」と記載するが、これは、実際の実験に基づくものではなく、単なる予測に基づく記載にすぎない。したがって、これをもって、発明の新規性、進歩性判断に供することはできない。

 ロバスタチンとプラバスタチンナトリウムは、いずれもスタチン系に属するものの、その構造や性質には大きな違いがある。本件発明は、プラバスタチンのラクトン形(プラバスタチンラクトン)を除去して開環形(プラバスタチンナトリウム)を精製するものであるのに対し、乙7公報及び乙8公報は、ロバスタチンのラクトン形を精製するものであり、両者は精製及び除去の対象が異なっている。したがって、乙7公報及び乙8公報に記載の(ラクトン形である)ロバスタチンの精製法を、そのまま(開環形である)プラバスタチンナトリウムの精製に適用しても、同様の精製効率を達成することはできず、高純度(例えば99.8%)のプラバスタチンナトリウムを得ることは不可能である。

 (イ) 本件発明のプラバスタチンナトリウムは、本件明細書の例一で使用されている工程一ないし9を含む新規な精製方法により、初めて得られたものである。すなわち、プラバスタチンアンモニウムの使用を中核とする「塩析結晶化」では、「種々の形態のプラバスタチン」を「プラバスタチンアンモニウム」に転換した後、これを溶解し、(プラバスタチンアンモニウム以外の)アンモニウム塩(例えば、塩化アンモニウム:NH4Cl)を加えて再度プラバスタチンアンモニウムに結晶化させることで、これを精製する。この「プラバスタチンアンモニウム」の再結晶化工程を採用することで、プラバスタチンラクトンの含量を減少させるとともに、精製時におけるプラバスタチンラクトンの増加という現象が回避される。他方で、当該塩析結晶化を反復することで、エピプラバの量をゼロ%に近づけることができる。したがって、最終的に、プラバスタチンラクトンとエピプラバの量を極限まで減らした、高純度のプラバスタチンナトリウムの取得が可能となる。

 (ウ) 以上のとおり、乙1資料は、本件発明が公然実施されていたことを裏付けるものではない。

 イ 新規性欠如の無効理由二(原告による公然実施)について

 (ア) プラバスタチンナトリウムの製法の不開示

 乙6資料は、プラバスタチンナトリウムという物を開示するのみであり、その製法については、一切開示していない。したがって、前記アと同様の理由により、公然実施の事実を認めることはできない。

 (イ) 秘密保持契約の存在

 日医工は、原告の製造したプラバスタチンナトリウムの頒布を受けるに当たり、秘密保持契約に基づき、乙6資料を秘密事項とするべき秘密保持義務を課されていたと認められる。したがって、乙6資料は、公然実施発明を証するものではない。

 ウ 新規性欠如の無効理由3(乙5公報による開示)について

 乙5公報は、次のとおり、プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム(高純度プラバスタチンナトリウム)を開示するものではない。

 (ア) 乙5公報は、プラバスタチンラクトンとエピプラバを不純物として認識していないこと

 a 乙5公報の実施例は、単に、プラバスタチンの純度が99.8%であるなどと開示するだけで、プラバスタチンラクトン及びエピプラバの含有量を規定していない。乙5公報の記載からは、プラバスタチンラクトンとエピプラバを不純物として認識しているのか否かが不明である。

 b 乙5公報の実施例1等の「99.8%」という純度の値は、プラバスタチンラクトンを含めた値である可能性が高い。

 乙5公報に係る発明の主題は、スタチン系化合物の総称である「HMG-CoAレダクターゼインヒビター」であり、プラバスタチンはその一例として挙げられているにすぎない(請求項2等)。スタチン系化合物には、プラバスタチンのようにラクトン形が不純物として問題になる化合物と、ロバスタチンのようにラクトン形が活性形態として精製の対象となり得る化合物とが存在する。そして、乙5公報では、スタチン系化合物の一形態として、ラクトン形が、遊離酸や塩と併記されており(請求項5、段落【0012】等)、ラクトン形を不純物として認識していることを示す記載もない。

 したがって、乙5公報の実施例では、プラバスタチンラクトンを、不純物としてプラバスタチンの遊離酸や塩(プラバスタチンナトリウム等)から峻別することなく、これらの合計量をプラバスタチンの純度として測定している可能性が極めて高い。

 (イ) 乙5公報の実施例には、高純度のプラバスタチンナトリウムが得られる旨の記載がないこと

 a プラバスタチンの各種形態

 プラバスタチンは、下図のとおり、カルボキシル基部分の状態に応じて、陰イオン(アニオン)の形態(プラバスタチン陰イオン)、遊離酸の形態(プラバスタチン遊離酸)、塩の形態(プラバスタチン塩)で存在し、プラバスタチン塩は、その陽イオン(カチオン)の種類に応じて、プラバスタチンナトリウム、プラバスタチンアンモニウム等の形態をとる。そして、プラバスタチンのこのような各種の存在形態は、相互に転換可能性を有する。

 【 図 】

 b 高純度のプラバスタチンナトリウムであるためには、他形態のプラバスタチンへの転換可能性が排除された安定した状態にあることが必要なこと

 プラバスタチンナトリウムは、水溶液中では、容易にプラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとに電離するとともに、水中に多量に存在する水素カチオンと結合して、容易にプラバスタチン遊離酸に転換し得る。また、水溶液中に共存する他のカチオン(陽イオン)と結合することにより、容易に他のプラバスタチン塩にも転換し得る。

 したがって、プラバスタチンナトリウムにおいて、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比が崩れていると、他形態のプラバスタチンやプラバスタチンラクトンへの転換が容易に生じてしまい、プラバスタチンナトリウムの割合が大きく低下する。特に、ナトリウム以外の不純物イオンが大量に共存すると、プラバスタチンナトリウム以外のプラバスタチン塩への転換が顕著に進行する。

 よって、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持され、かつ、ナトリウム以外の不純物イオンが実質的に除去された状態でなければ、「高純度プラバスタチンナトリウム」と呼ぶことはできない。

 c 乙5公報に記載されているプラバスタチンは、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比でないこと

 (a) 乙5公報の実施例1では、粗プラバスタチンナトリウムの水溶液をpH調整剤(塩酸等)でpH7に調整し、その溶液をカラムに導入して、プラバスタチン(各種形態が混在したもの)をカラム吸着材に吸着させた後、移動相B(7%のジエチレングリコールモノブチルエーテル(以下「DEGBE」という。)水溶液)を用いて、カラムからプラバスタチンを溶出し、フラクションを分取している。

 上記溶液内では、プラバスタチンナトリウムの一部が、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとに電離する。また、分取HPLCに使用される逆相HPLCカラムは、低極性の物質を吸着する傾向があるため、比較的極性の低い各種形態のプラバスタチン(プラバスタチンナトリウム、プラバスタチン陰イオン、プラバスタチン遊離酸、他のプラバスタチン塩)はカラムに吸着されるが、高極性であるナトリウム陽イオンや(プラバスタチンナトリウムを除く)ナトリウム塩は、カラムに吸着されず、即座に溶出されてしまう。

 (b) その結果、従前は等量であったプラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンは、移動相Bによるカラム溶出液を分取して得られるフラクションでは、プラバスタチン陰イオンがナトリウム陽イオンに対して過剰な状態にあることとなる。

 また、フラクション中には、pH調整剤、カラム吸着剤の分解物、移動相に由来するDEGBE等の不純物や、これらに由来する不純物イオン(プラバスタチン陰イオン、ナトリウム陽イオン、水素カチオン、ヒドロキシルアニオン以外のイオン)が、相当量混在する。

 (c) このように、乙5公報の実施例1のカラムからの溶液では、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比が崩れ、他のイオン等の不純物も共存しており、プラバスタチンの多くは、プラバスタチンナトリウムではなく、その他の各種形態(プラバスタチン陰イオン、プラバスタチン遊離酸、他のプラバスタチン塩)で存在することになる。そして、上記実施例では、プラバスタチンの相互転換可能性を排除してプラバスタチンナトリウムのみを獲得する操作は、何らされていない。

 (d) 被告は、乙5公報の実施例1では、粗プラバスタチンナトリウムをHPLC(分取HPLC)で分離・精製し、精製されたプラバスタチンの純度をHPLC(分析HPLC)で測定することにより、「純度99.8%のプラバスタチンナトリウム」が得られた旨主張している。

 しかしながら、プラバスタチンの種々の形態(プラバスタチン陰イオン、プラバスタチン遊離酸、各種のプラバスタチン塩)は、いずれも同一の溶出時間で溶出するため、分析HPLCによって、これらの各種形態のプラバスタチンの割合を相互に区別して検出することはできない。

 したがって、分析HPLCで検出されるプラバスタチンの割合とは、各種形態のプラバスタチンを合計した割合であるにすぎず、プラバスタチンナトリウム単独の割合に一致するとは限らない。

 (e) もっとも、測定対象が確定的にプラバスタチンナトリウムであれば、分析HPLCを用いたとしても、プラバスタチンナトリウムの割合を正確に特定することが可能である。

 本件発明では、プラバスタチンナトリウムをプラバスタチンアンモニウムに変換し、無機塩(塩化アンモニウム)を用いた塩析結晶化によりプラバスタチンラクトン及びエピプラバを同時に低減した後、①得られた水溶液中のプラバスタチンアンモニウムから、酸性化した大過剰量の酢酸i-ブチルでプラバスタチン遊離酸を抽出し、②これをさらに水で洗浄することにより、無機塩(塩化アンモニウム)や無機イオン(アンモニウムイオン、塩素イオン)を除去し、③得られたプラバスタチン遊離酸を、過剰量の水酸化ナトリウムを用いてプラバスタチンナトリウムに再変換し、④イオン交換法で過剰なナトリウムカチオンを捕捉することにより、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比となるよう調節している(本件明細書・段落【0023】、【0024】、【0043】、【0044】等)。

 したがって、本件発明において分析HPLCを用いて得られた測定値は、プラバスタチンナトリウムそのものである。

 (f) 被告は、後記のとおり、上記主張は時機に後れたものであると主張する。しかしながら、本件訴訟では、本件特許について乙5公報に基づく無効理由が存在するとの被告の主張に対し、原告は、本件発明と乙5公報記載の発明との間には相違点があり、本件発明は新規性・進歩性を有する旨主張していたものであるから、原告の主張は、時機に後れたものではなく、訴訟を遅延させるものでもない。

 d 以上のとおり、乙5公報の実施例1で得られるフラクション中のプラバスタチンは、他形態のプラバスタチンへの転換可能性が排除されていないため、高純度のプラバスタチンナトリウムではない。

 (ウ) 乙5公報に開示された方法では、同公報に記載された高純度のプラバスタチンナトリウムを取得することができないこと

 乙5公報の実施例1に開示された方法では、以下のとおり、そこに開示された純度のプラバスタチンナトリウムを取得することはできない。したがって、仮に、乙5公報に99.7%ないし99.8%の純度のプラバスタチンナトリウムを取得したことが記載されているとしても、同記載は、サポートを欠くため(特許法36条4項、6項参照)、本件発明の新規性を否定する引用例とはなり得ない。

 a 原告等による追試の結果

 (a) 三共は、乙5公報の実施例1に記載された方法を追試して、プラバスタチンナトリウムを調製した(以下「三共実験」という。)。これによって得られたプラバスタチンナトリウムの純度は98.7%ないし98.9%にすぎず、かつ、0.17%ないし0.25%のエピプラバが含まれていた。

 (b) 原告は、乙5公報の実施例1と同一の条件で、HPLCによってプラバスタチンナトリウムを分離するステップを実施した後、同公報に記載の分析ステップ(得られた画分を各々HPLCで分析し、プラバスタチンナトリウムの純度を測定するステップ)ではなく、当業者に広く受け入れられた手法である欧州薬局方6・4版(甲31)に記載の分析条件を用いて分析ステップを実施した。その結果得られたHPLC画分におけるプラバスタチンナトリウムの最高純度は、98.4%にすぎなかった(甲29、30)。

 b 被告による追試は、乙5公報の実施例1の再現試験とは認められないこと

 被告は、乙5公報の実施例1を再現試験した結果、純度99.8%以上のプラバスタチンナトリウムを得ることができたと主張し、上海テックウェル生物製薬有限会社等による実験報告書(乙14、20、24、27)を提出する。

 しかしながら、これらの実験(以下「乙14実験」などという。また、これらの実験を総称して「被告実験」ということがある。)は、次のとおり様々な問題を有するものであり、いずれも、乙5公報の実施例1の適正な再現実験とは認められない。

 (a) 出発物質の問題

 乙5公報の実施例1は、出発物質として、純度88%の粗プラバスタチンナトリウム(精製の前段階のプラバスタチンナトリウム)を使用している。

 これに対し、乙14実験では、出発物質として純度約97.5%の高純度プラバスタチンナトリウムを使用しており、純度88%の粗プラバスタチンナトリウムを使用していない。

 一方、乙20実験、乙24実験及び乙27実験の実験報告書には、純度88%のプラバスタチンナトリウムを使用したと記載されている。しかしながら、粗プラバスタチンナトリウムを出発物質としたのであれば、同物質にはプラバスタチンラクトンやエピプラバ以外にも多くの不純物が含まれているため、分析HPLCで分析した場合のチャートは多数のピークを有するはずであるにもかかわらず、乙27実験のチャートにおけるピークはごくわずかにとどまっている。したがって、乙27実験等に用いられた出発物質は、粗プラバスタチンナトリウムではなく、あらかじめ準備された純度約97%の高純度プラバスタチンナトリウムに、分離容易な不純物を混入して、見かけ上の純度を下げただけの物質にすぎない。

 (b) カラムの問題

 乙5公報の実施例1で使用されているカラムは、「Grom-Sil120-ODS HE」であるのに対し、乙14実験及び乙20実験で使用されているカラムは、(Prep Nova-Pak HR C18」である。これら二つのカラムは、カラムの長さ・直径、吸着材の粒径・孔径、親水性を異にするものであり、乙14実験等に用いられたカラムの方が、分離能に優れている。

 (c) 分取HPLCの溶出曲線の問題

 被告は、被告実験における実験条件は乙5公報の実施例1とほぼ同じであると主張するものであるから、被告実験において得られた分取HPLCの溶出曲線は、本来、すべて同一となるはずである。しかしながら、被告実験における分取HPLCの溶出曲線は、それぞれ大きく異なっている。

 例えば、試料内の一つの成分を、単一の均一なカラム及び単一の溶離剤を使用してHPLCで分離した場合、通常は、複数のピークを形成する理由がなく、単一のピークを形成するのが技術常識である。したがって、分取HPLCにおけるプラバスタチンの通常のHPLC溶出曲線は、単一のピークを形成するはずである。しかしながら、乙20実験の溶出曲線は、フラクション4ないし21付近の第1のピークと、フラクション29ないし46付近の第2のピークという、2つのピークを有する異様な形態となっている。

 また、乙24実験の溶出曲線は、頂部が平坦、扁平で、非常に幅広な曲線となっているが、これは、HPLCの溶出曲線としては極めて奇妙である。試料内の一つの成分を、単一の均一なカラム及び単一の溶離剤を使用してHPLCで分離した場合、通常は、徐々に増加し、その後は徐々に減少するという、単一の幅狭のピークを形成するのが技術常識である。

 さらに、乙27実験の溶出曲線は、ピークの後半部分が大きく変動しているが、置換クロマトグラフィーのピークがこのように大きく変動することは、あり得ない。

 (d) 凍結乾燥の問題

 被告実験では、HPLCの溶出液を分取したもの(フラクション)を個別に凍結乾燥して、固定生成物を得ている。しかしながら、乙5公報の実施例1には、このような凍結乾燥の工程は存在しない。

 (e) 置換剤選択の問題

 乙5公報の実施例1の分取HPLCで使用する置換クロマトグラフィーの操作においては、置換剤(置換クロマトグラフィーに用いられる溶離剤中の物質)よりも前に、全物質がカラムから溶出されることが大前提である。

 しかしながら、乙27実験では、プラバスタチンの不純物の一部(プラバスタチンラクトン等)が、置換剤であるDEGBEよりも後にカラムから溶出しており、置換クロマトグラフィーが正しく機能していない。

 また、このように置換剤として問題のあるDEGBEを用いて置換クロマトグラフィーを行った場合、置換剤であるDEGBEがカラム内で拡散してしまい、ディスプレイサーフロント(ディスプレイサー(置換剤)の急激な上昇)以前のフラクションにも相当量のDEGBEが混入してしまうという問題も生じる。DEGBEは、有害な不純物であり、このような不純物を含有するプラバスタチンナトリウムは、医薬として実用し得ない。

 [原告の主張に対する被告の反論]

 ア 新規性欠如の無効理由1(三共による公然実施ないし乙1資料による開示)について

 (ア) エピプラバとプラバスタチンラクトンをプラバスタチンナトリウムから分離することは、困難でないこと

 a エピプラバは、プラバスタチンナトリウムの立体異性体であり、両物質は、化学構造が異なる。そのため、エピプラバとプラバスタチンナトリウムとでは、HPLCの保持時間に明確な差があり、HPLCによる分離は容易である。

 b プラバスタチンラクトンには、プラバスタチンナトリウムが有しているカルボン酸基(酸性の官能基)と水酸基(親水性の官能基)がなく、エステル基(疎水性の官能基)があることから、両者は、官能基の点で大きな差があり、当然、物理化学的な性質も大きく異なる。そのため、HPLCによる分離操作(官能基の種類などで決まる化学物質の物理化学的性質の違いに基づいて分離する)において、プラバスタチンラクトンとプラバスタチンのピークの位置は明らかに違い、両者の分離自体が困難でないことは自明である。

 c したがって、エピプラバを所望の量まで減らした後で、プラバスタチンラクトンの発生を押さえ、又は発生したプラバスタチンラクトンを除去することは可能である。

 (イ) HPLC法を用いても、プラバスタチンラクトンはほとんど増加しないこと

 a プラバスタチンがプラバスタチンラクトンに変質しやすいことは、pHを高くすれば解決することが知られていた。すなわち、プラバスタチンはδ-ヒドロキシ酸に該当する部分構造を有していて、酸性になると六員環になってプラバスタチンラクトンになるのに対し、アルカリ性では開環してδ-ヒドロキシ酸であるプラバスタチンとして存在することになる。

 b このように、ラクトンの発生は、pHを酸性領域ではなく中性ないし弱アルカリ性に保つことによって押さえることができる。また、HPLCによって分離する過程自体ではラクトンは生成せず、濃縮又は乾燥の段階でラクトンがわずかに生じる可能性が否定できないというにすぎない。すなわち、カルボン酸に対して塩基として働いている水が乾燥工程で減少することによって、ごく微量のプラバスタチンのエステル化が想定できるにすぎない。

 乙5公報の実施例1を追試した実験(乙20実験)によっても、プラバスタチンラクトンの生成量は0.02%程度であることが確認されている。

 c このように、HPLC法は、ラクトンとの関係でも、プラバスタチンの高純度化技術として十分機能する。同技術によって、本件発明に係る高純度のプラバスタチンナトリウムを得ることは可能である。

 イ 新規性欠如の無効理由2(原告による公然実施)について

 (ア) 製法が記載されていないとの点について

 プラバスタチンナトリウムという物質は、本件特許権の優先日当時、その製法を含めて知られていたものである。乙6資料に記載されている物は、何ら新規の物質ではなく、単に、純度が高く不純物が少ないというだけのものであるから、同物質を得る方法まで乙6資料に記載されている必要はない。

 (イ) 秘密保持契約の不存在について

 日医工が秘密保持義務を負っていたとの主張については、否認する。

 ウ 新規性欠如の無効理由3(乙5公報による開示)について

 (ア) 乙5公報では、プラバスタチンラクトンとエピプラバが不純物として認識されていること

 乙5公報の【要約】欄には、不純物の蓄積は副作用を起こし得るところ、同公報記載の発明により、高純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得ることができると記載されている。また、プラバスタチンについて、プラバスタチンラクトン及びエピプラバが不純物として除去の対象とされていたことは明らかである(乙1、3)。

 したがって、乙5公報に記載の特許発明が高純度のプラバスタチンナトリウムであるという時、同物質にプラバスタチンラクトン及びエピプラバが含まれていないことは、明らかである。

 (イ) 乙5公報には、高純度のプラバスタチンナトリウムが得られる旨が記載されていること

 a 原告の主張は時機に後れたものであること

 原告は、平成22年8月16日に提出した原告第12準備書面において、高純度のプラバスタチンナトリウムであるというためには、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持され、他形態のプラバスタチンへの転換可能性が排除された安定な状態である必要があり、乙5公報の実施例に記載された結果物及び被告実験における結果物は、このような高純度のプラバスタチンナトリウムには当たらないと主張した。

 しかしながら、原告は、平成20年6月に本件訴えを提起し、その後約2年2か月の間期日を重ねて争点が整理された後、上記準備書面において初めて上記主張を行ったものであり、それ以前は、乙5公報の実施例に記載された結果物がプラバスタチンナトリウムであることを認めていたものである。

 したがって、上記主張は、時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)として却下されるべきである。

 b 本件特許の特許請求の範囲に記載されていない工程に基づく「等量比」の主張をすることはできないこと原告は、本件発明では、プラバスタチンナトリウムをプラバスタチンアンモニウムに変換し、無機塩(塩化アンモニウム)を用いた塩析結晶化によりプラバスタチンラクトン及びエピプラバを同時に低減した後、得られた水溶液中のプラバスタチンアンモニウムから、酸性化した大過剰量の酢酸i-ブチルでプラバスタチン遊離酸を抽出するなどの工程(前記[原告の主張]ウ(イ)c(e)①~④参照)を行うことにより、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比となるよう調節しているとして、本件発明において得られる物は、「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持されたプラバスタチンナトリウム」であると主張する。

 しかしながら、発明の要旨の認定は、特許権の効力範囲としての技術的範囲の認定において明細書の記載や図面が参酌される(特許法70条2項)のとは異なり、原則として特許請求の範囲のみに基づいて行われるものである。本件特許においては、「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持された」との点については、特許請求の範囲に記載されておらず、原告の主張する上記工程も特許請求の範囲には記載されていない。また、本件発明は、プラバスタチンナトリウムという物の発明であり、その物としての定義は明確であって、明細書の記載を見なければ発明の要旨を認定することができないという事情もない。

 原告の主張は、本件特許の特許請求の範囲に記載のない工程を根拠に、本件発明の対象となる物が「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持されたプラバスタチンナトリウム」であると主張するものであり、失当である。

 c 乙5公報の実施例で得られるプラバスタチンナトリウムの等量比は、維持されていること

 原告は、乙5公報の実施例1及び被告実験によって得られた物は等量比が崩れており、等量比が崩れていると、他形態のプラバスタチンやプラバスタチンラクトンへの転換が容易に生じ、プラバスタチンナトリウムの割合が大きく低下してしまうと主張する。

 しかしながら、乙5公報の実施例の結果物が、プラバスタチンの他形態のものではなく、プラバスタチンナトリウムに他ならないことについては、乙5公報の技術論文である乙第26号証に、「純度99.8%のプラバスタチンナトリウム」が得られたと明記されていることから明らかである。三共実験の実験報告書(甲12)にも、プラバスタチンナトリウムが得られた旨が記載されている。

 また、被告実験では、2度目の凍結乾燥前に溶液の状態のものを室温放置する時間を1時間以内とした場合には、プラバスタチンラクトンは検出されず(乙24実験、乙27実験)、5時間放置した場合でも、プラバスタチンラクトンはわずか0.02%しか検出されなかったものであり(乙20実験)、プラバスタチンラクトンへの転換が容易に生じるといった現象は認められなかったから、乙5公報の実施例の結果物の等量比は、相当程度維持されていたといえる。そもそも、プラバスタチンラクトンへの転換は水溶液中で生じるものであるから、水溶液を凍結乾燥によって固定化すれば、もはやプラバスタチンラクトンへの転換は発生しない。

 (ウ) 乙5公報の実施例1に開示された方法により、そこに開示された純度のプラバスタチンナトリウムを取得することができること

 a 原告等の行った再現実験には問題があること

 原告は、実験報告書(甲15等)を提出し、従来の方法では本件発明のように高純度なプラバスタチンナトリウムを得ることは困難であったと主張する。しかしながら、これらの報告書は、フラクション採取の条件等が記載されていないなど、およそ第三者が追試可能な報告書の体をなしていない。

 b 被告実験には、原告の主張するような問題点はないこと

 (a) 出発物質について

 乙5公報の実施例1の出発物質である粗プラバスタチンナトリウムは、純度だけで規定されているものであり、プラバスタチン類縁物の含有量については記載されていない。

 したがって、これと同純度の出発物質を用いた乙20実験、乙24実験及び乙27実験は、実施例1を忠実に再現したものといえる。

 また、本件発明の新規性・進歩性は、本件特許権の優先日当時の技術常識を用いて判断されるものであり、乙5公報記載の発明の特許出願時や公開時の技術常識による必要はない。したがって、乙5公報の実施例1によって本件発明の高純度プラバスタチンナトリウムを得ることができるか否かの確認に際しては、本件特許権の優先日当時に存在していた出発物質を使用すれば足りる。本件特許権の優先日の前に、三共は、99%の高純度プラバスタチンナトリウムを主要成分とする「メバロチン」を販売していたものであるから(乙1資料)、乙14実験において純度約97.5%のプラバスタチンナトリウムを出発物質としたことに問題はない。

 (b) カラムについて

 本件において問題となっているのは、本件特許権の優先日当時において高純度のプラバスタチンを得ることができたか否かであって、乙5公報の実施例1自体の実施可能性ではない。したがって、当該実施例を追試する際に本件特許権の優先日当時の技術水準を参酌することができることは、当然であり、HPLCという確立された分離分析方法において、カラムを適宜選択することは、実験者には常識である。

 一般に、カラムの長さが長く、直径が小さくなるほど、分離能が上昇すること、同様に、吸着剤の粒径と孔径がそれぞれ小さくなるほど、出発物質重量のカラム体積に対する比が小さくなるほど、又は、出発物質の重量が小さくなるほど、分離能が上昇することは、本件特許権の優先日当時、当業者の技術常識であった。

 (c) 分取HPLCの溶出曲線について

 乙20実験において2つのピークを有する溶出曲線となった理由は定かでないが、同実験では、乙24実験で使用したカラムより比較的分離効率の悪いカラムを使用していることが原因であると考えられる。

 乙24実験では、頂部が平坦・扁平で幅広な溶出曲線となっているが、幅広な曲線となるかどうかは、試料に含まれる当該ピークに対応する物質の量と溶出速度によって決まるものであり、当該物質の量が多く、溶出速度が遅いほど、幅の広い溶出曲線になる。また、頂部が平坦であることは、カラム担体重量に対して大量の試料を分離する分取HPLCでは異常なことではなく、乙5公報の発明者らによる論文(乙26)にも、同様の形状の溶出曲線が示されている。

 乙27実験でも、乙24実験と同じカラムを使用したところ、台形状の溶出曲線が得られており、その再現性が確認されている。

 (d) 凍結乾燥について

 乙5公報の実施例1に凍結乾燥工程の記載はないものの、同公報には、次のとおり、凍結乾燥についての明確な記載がある。

 「そして、ここで記述される様式で得られたHMG-CoAレダクターゼインヒビターは、従来技術の状態からすでに知られている方法によって、例えば凍結乾燥、もしくは、好ましくはラクトン形態、酸形態またはそれらの塩形態(好ましくは、アルカリまたはアルカリ土類金属塩)を得るための結晶化によって、移動相から単離される。」(段落【0014】)

 また、この記載の直前には、HPLC工程によってHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得る工程が記載されており、HPLCによって得られた溶液状態のプラバスタチンナトリウムに対して凍結乾燥工程を加えて単離する方法が開示されている。

 (e) 置換剤の選択について

 乙5公報記載の発明の発明者らは、乙5公報の特許出願の後に、同研究に関して論文(乙26。以下「乙26論文」という。)を発表し、更に詳細な実験データを開示している。

 乙26論文においては、ガスクロマトグラフィーによる測定が行われており、フラクション中にDEGBEが混入していないことが分析化学的にも完全に証明されている。また、乙14実験等の要約報告書(乙28)においても、追試実験においてDEGBEが混入してないことが確認されている。

 (2) 争点2(本件発明は、進歩性を欠くか)について

 [被告の主張]

 ア 乙5公報を主引例とする容易想到性

 乙5公報には、前記(1)[被告の主張]ウのとおり、不純物の合計が0.2重量%以下であり、凍結乾燥工程によって単離される、医薬品としてのプラバスタチンナトリウムが開示されており、この物質は、本件特許の対象である「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」に該当する。

 また、上記物質は、前記(1)[原告の主張に対する被告の反論]ウ(イ)cのとおり、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持され、ナトリウム以外の不純物イオンが実質的に除去された状態にある。仮に、上記物質において上記等量比が維持されているとはいえず、この点において本件発明と相違するとしても、後記(4)[被告の主張]イのとおり、本件特許権の優先日当時の技術常識を適用すれば、上記相違点を克服することは容易であった。

 したがって、本件発明は、進歩性を欠く。

 イ 本件発明の数値限定に意味はないこと

 (ア) 本件発明は、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」であるが、本件特許権の優先日当時に公知であったプラバスタチンナトリウム(乙1資料、乙6資料、乙5公報)と、本件発明のプラバスタチンナトリウムとの間には、物質(化学構造)としての差異は存在せず、本件発明は、単に、プラバスタチンナトリウムの純度を高くするという意味を持つにすぎない。

 また、プラバスタチンラクトン及びエピプラバは、プラバスタチンナトリウムの類縁物質(不純物)として、本件特許権の優先日当時、既に公知であったものであり、これらの不純物が実質的に存在しない、又は極めて少量しか含まれていないプラバスタチンナトリウムも、公知であった(乙1資料)。

 そして、本件発明は、不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバについて、特定の値に数値限定をしているが、それは、単に不純物が少ない方が良いという一般論を超えるものではなく、上記数値限定によって特段の効果が生じることはない(仮に、何らかの効果があっても、当業者に予測可能な範囲にすぎない。)。本件明細書にも、そのことを示す記載は存在しない。

 したがって、このような数値限定による顕著な効果を示すことのできない本件発明には、進歩性が認められない。

 (イ) 仮に、本件発明が、「実験的に数値範囲を最適化又は好適化」するものであったとしても、医薬の製造に際して不純物が残り得ること、その純度を高くして不純物を減らすのが望ましいこと、精製工程を繰り返す等の適宜の方法でそれが可能になること(前記(1)[被告の主張]ア(イ)参照)は、いずれも、当業者に自明のことである。

 したがって、本件発明のようにプラバスタチンラクトン及びエピプラバの数値を限定することは、医薬の製造に関わる者にとって通常の創作能力の発揮にすぎず、進歩性は認められない。

 [原告の主張]

 ア 乙5公報を主引例とする容易想到性について

 乙5公報は、本件特許の対象である、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を開示するものではない。その理由については、前記(1)[原告の主張]ウのとおりである。

 また、乙5公報記載の発明と本件発明との相違点について、本件特許権の優先日当時の技術常識等を適用しても容易に想到することができないことについては、後記(4)[原告の主張]イのとおりである。

 したがって、乙5公報に基づいて本件発明の進歩性を否定することはできない。

 イ 本件発明の数値限定に意味はないことについて

 医薬品の不純物の含有量を低減する発明については、それまで技術的に達成困難であった高純度を初めて達成した場合には、それ自体で特段の優れた作用効果が認められるというべきである。

 プラバスタチンナトリウムについては、前記(1)[原告の主張]アのとおり、従来技術をもってしては、本件発明に係る、プラバスタチンラクトンとエピプラバの含有量を著しく低減させた高純度のプラバスタチンナトリウムを製造することは不可能であったものであり、このような高純度のプラバスタチンナトリウムは、本件明細書に記載されている新規の精製方法によって、初めて得られるものである。

 したがって、本件発明が進歩性を有することは明らかである。

 (3) 争点3-1(本件訂正発明は、新規性を欠くか)について

 [被告の主張]

 ア 無効理由1(原告による公然実施)

 原告の製造したプラバスタチンナトリウムは、前記(1)[被告の主張]イのとおり、本件特許権の優先日の前に、秘密保持義務を負うことなく日医工に頒布され、同頒布の際に交付された乙6資料には、上記プラバスタチンナトリウムに含まれているプラバスタチンラクトンが0.03重量%以下であり、エピプラバが0.08重量%以下であることが記載されている。

 したがって、本件訂正発明(プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム)は、本件特許権の優先日前に公然実施されており、新規性を有しない。

 イ 無効理由2(乙5公報による開示)

 乙5公報に、不純物の合計が0.2重量%以下であり、凍結乾燥工程によって単離される、医薬品としてのプラバスタチンナトリウムが開示されていることは、前記(1)[被告の主張]ウのとおりである。

 また、乙5公報には、プラバスタチンラクトンとエピプラバの量までは記載されていないが、① 乙5公報に開示されているプラバスタチンナトリウムの不純物は、全体として0.2重量%以下であること、② プラバスタチンナトリウムの不純物は、プラバスタチンラクトンとエピプラバに限られるものではなく、上記プラバスタチンナトリウムにプラバスタチンラクトン以外の不純物が一切存在しない状態は、化学的にあり得ないこと、③ 原告は、本件特許を出願した際、特許庁に対する平成16年9月24日付け意見書(乙4)において、「プラバスタチンの場合、最後に残るのはプラバスタチンの構造が非常に近いプラバスタチンラクトンとエピプラバであり、この二者が主たる不純物です。そして、本願発明の研究を通じて、プラバスタチンラクトンとエピプラバとの比率はおよそ2:1であることが知られています。」と主張しており、プラバスタチンラクトンとエピプラバの比率は、およそ二対一であることが知られていたこと、などからすると、純度99.8%のプラバスタチンナトリウムにおいて、プラバスタチンラクトンが0.2重量%未満であり、エピプラバが0.1重量%未満であることは明らかである。

 したがって、本件訂正発明は、本件特許権の優先日前に頒布された刊行物に記載された発明であり、新規性を有しない。

 [原告の主張]

 ア 無効理由1(原告による公然実施)について

 被告の主張を否認ないし争う。

 乙6資料は、前記(1)[原告の主張]イのとおり、公然実施発明又は公然知られた発明を証するものではない。

 イ 無効理由二(乙5公報による開示)について

 被告の主張を否認ないし争う。

 乙5公報は、前記(1)[原告の主張]ウのとおり、プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム(高純度プラバスタチンナトリウム)を開示するものではない。

 (4) 争点3-2(本件訂正発明は、進歩性を欠くか)について

 [被告の主張]

 ア 無効理由1(乙1資料を主引例とする容易想到性)

 (ア) 乙1資料には、プラバスタチンラクトンが0.02ないし0.06%であり、エピプラバが0.19ないし0.65%であるプラバスタチンナトリウムが開示されている。

 したがって、乙1資料に開示されているプラバスタチンナトリウムと本件訂正発明との唯一の相違点は、本件訂正発明ではエピプラバの混入量が0.1重量%未満とされている点である。

 (イ) しかしながら、医薬品において不純物を減らすことが望ましいことは、当業者の誰もが理解しているところであり、乙1資料自身、プラバスタチンラクトンとエピプラバを不純物として示していることから、この両物質を減少させることは、当業者であれば誰もが想起することである。

 また、前記(1)[被告の主張]アのとおり、本件特許権の優先日の前に、化学物質を効率的かつ高純度に分取精製する技術としてHPLCが一般に知られており、HPLCを繰り返せば高純度の化学物質を得ることができることも、当業者の技術常識であった。さらに、プラバスタチンナトリウムについて、HPLCを適用し分離精製する具体的手法も公知となっていた(乙5公報)。

 したがって、乙1資料に対して技術常識であったHPLC法を用いれば、本件訂正発明を容易に想到することができたものであり、本件訂正発明は、進歩性を欠く。

 イ 無効理由2(乙5公報を主引例とする容易想到性)

 (ア) 乙5公報記載の発明

 乙5公報に、不純物の合計が0.2重量%以下であり、凍結乾燥工程で単離される、医薬品としてのプラバスタチンナトリウムが開示されていることについては、前記(1)[被告の主張]ウのとおりである。

 (イ) 乙5公報記載の発明と本件訂正発明との一致点

 乙5公報に開示されているプラバスタチンナトリウムの不純物は、合計で0.2重量%である。また、前記(3)[被告の主張]イのとおり、不純物がすべてプラバスタチンラクトンであることは化学的にあり得ないことであるから、上記プラバスタチンナトリウムにおけるプラバスタチンラクトンの量は、0.2重量%未満であるといえる。

 したがって、乙5公報記載の発明と本件訂正発明とは、①プラバスタチンナトリウムである点、②プラバスタチンラクトンの量が0.2重量%未満である点、③単離された製剤である点、において一致する。

 (ウ) 乙5公報記載の発明と本件訂正発明との相違点

 一方、乙5公報には、①エピプラバの量が0.1%未満である点(以下「相違点①」という。)、②プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量で他形態がない点(以下「相違点②」という。)について、直接的な記載はなく、この点において、本件訂正発明と相違する。なお、相違点②は、原告の主張を前提とした場合のものである。相違点②に関する原告の主張は、時機に後れたものである上、本件発明の要旨認定を誤るものであることについては、前記(1)[原告の主張に対する被告の反論]ウのとおりである。

 (エ) 相違点の容易想到性

 a 相違点①(エピプラバの量)について

 (a) 乙5公報にはプラバスタチンラクトンとエピプラバの量までは記載されていないが、乙5公報に記載された純度99.8%のプラバスタチンナトリウムにおいて、プラバスタチンラクトンが0.2重量%未満であり、エピプラバが0.1重量%未満であることが明らかであることについては、前記(3)[被告の主張]イのとおりである。また、乙20実験、乙24実験及び乙27実験によっても、エピプラバの量が0.1%重量未満であることは、確認されている。

 したがって、相違点①は、実質的な相違点ではない。

 (b) 仮に、乙5公報記載の発明のプラバスタチンナトリウムにおけるエピプラバの量が0.1%未満であるとはいえないとしても、医薬品において不純物を減らすことが望ましいことは、当業者の誰もが理解しているところであり、また、本件特許権の優先日の前において、プラバスタチンラクトンとエピプラバが不純物として知られていたことについては、乙1資料に記載されているとおりである。さらに、HPLCによってエピプラバを分離することができることは、前記(1)[被告の主張]ア及びウのとおり、本件特許権の優先日当時において技術常識であったものであり、本件特許権の優先日の前に公開されている欧州薬局方(甲41)にも、エピプラバの相対保持時間が0.6であり、HPLCによって分離できることが示されている。

 したがって、不純物として知られているエピブラバを減らそうという課題を持つ当業者であれば、相違点①は、容易に克服することができる。

 b 相違点②(プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比)について

 (a) 原告は、乙5公報の実施例1によって得られる物が、ナトリウム陽イオンに対してプラバスタチン陰イオンが過剰な状態であり、高純度のプラバスタチンナトリウムではないと主張する。しかしながら、これを裏付ける証拠はない。

 仮に、原告が主張するように、ナトリウム陽イオンに対してプラバスタチン陰イオンが過剰な状態であるとすれば、原告も主張するとおり、プラバスタチンラクトンが容易に生成するはずであるが、実際は、乙20実験、乙24実験及び乙27実験の追試結果が示すとおり(乙28)、2度目の凍結乾燥前に溶液状態のものを室温放置する時間を1時間以内とすると、プラバスタチンラクトンは検出されず、5時間放置したとしても、わずか0.02%しか検出されていない。

 したがって、乙5公報の実施例1によって得られる物は、ナトリウム陽イオンに対してプラバスタチン陰イオンが過剰に存在するような状態にはなっておらず、実質的に他形態のものを含まない高純度のプラバスタチンナトリウムであるといえる。よって、相違点②は、実質的な相違点ではない。

 (b) 仮に、乙5公報の実施例1によって得られたものが、ナトリウム陽イオンに対してプラバスタチン陰イオンが過剰な状態であり、他形態の可能性がある点において、本件訂正発明との間に実質的な相違が認められるとしても、乙5公報記載の発明は、「より低い純度の薬剤からの不純物の蓄積は、治療中の多くの副作用を引き起こし得る。」(【要約】、段落【0001】)と記載されていることから明らかなように、実際に患者に投与する医薬品として、他形態ではない高純度のプラバスタチンナトリウムそのものを得ることを目的とする点で、本件訂正発明と課題を共通にする。

 実際、本件特許権の優先日当時に市販されていたプラバスタチンナトリウムは、高純度のものであって他形態のものではない(乙1資料)から、仮に、本件特許権の優先日において、乙5公報によって得られたものに他形態の可能性があったとすれば、当業者は、他形態の可能性を排除する方法をとったはずである。そして、例えば、次のような当時の技術常識のいずれかの方法を適用すれば、当該相違点は、当業者であれば容易に克服することができた。

 ① 陰イオン交換樹脂を用いて等量とする方法

 本件特許権の優先日の前である平成12年8月10日に頒布された刊行物である乙13公報には、Diaion HP-20カラム(非イオン吸着樹脂用カラム)を用いたクロマトグラフィーによって不純物を除去したプラバスタチンナトリウムが記載されている。そして、乙13公報として公開された特許出願の分割出願に係る特許公報第4197312号(乙29。以下「乙29公報」という。)には、陰イオン交換樹脂カラムを適用してプラバスタチン陰イオン(酸性形態)を吸着・除去する方法が、次のとおり記載されている。

 「ブロスからの産物の回収に関しては、生物変換時にはプラバスタチンが酸性形態で形成されるため陰イオン交換樹脂カラム吸着法を使用すればブロスろ液からそれを単離できるという点を考慮するのが有利である。」(段落【0039】)

 なお、イオン交換樹脂は、陰イオン交換樹脂と陽イオン交換樹脂とに大別され、それぞれのイオン物質を交換・分離する機能を有するものであり、1935年に初めて合成が報告されて以来、水の脱塩精製や食品・医薬品の分離精製など、広い分野で利用されている技術常識である(乙30)。本件明細書にも、「プラバスタチンナトリウム塩及び過剰なナトリウムカチオンを含む溶液は、当業者にとって知られている任意な方法、例えばカラム又は樹脂のベッドを介する溶液の通過によって、又は溶液を含むフラスコ中で充分な量の樹脂を攪拌することによって、イオン交換樹脂と接触され得る。」(段落【0027】)と記載されている。

 したがって、プラバスタチン陰イオンが過剰な状態のプラバスタチンナトリウムに技術常識である陰イオン交換樹脂を適用すれば、プラバスタチン陰イオンのみがカラムに吸着するので、残りのプラバスタチンナトリウム(ナトリウム塩の状態なのでプラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンは等量といえる)だけを容易に取り出すことができる(以下「被告方法①」という。)。

 ② 水酸化ナトリウムを加えプラバスタチンナトリウムへ転換した後、カラムクロマトグラフィーを用いて等量とする方法

 乙29公報には、次の記載がある(判決注:下線は、被告の主張に基づき裁判所が引いた。)。

 「再結晶とクロマトグラフィー精製で得られたプラバスタチンラクトンから、室温下、アセトン中での等量の水酸化ナトリウムによる加水分解によりプラバスタチンナトリウム塩を製造する。プラバスタチンナトリウム塩の形成が完了したら、反応混合物を水で希釈し中和してからアセトン分を減圧蒸留でとばす。得られた水性残留物からプラバスタチンナトリウム塩をDiaion HP-20樹脂充填カラムに吸着させ、脱イオン水で洗浄しアセトン-脱イオン水混合液でカラムから溶出する。次に、プラバスタチンナトリウム塩含有画分を混ぜ合わせ、アセトン分を蒸発させ、水性残留物を凍結乾燥させると、高純度のプラバスタチンナトリウム塩が得られるので、それを酢酸エチル-エタノール混合液から再結晶させることができる。」(段落【0040】)

 「プラバスタチンの有機第二級アミン塩は、水酸化ナトリウムまたはナトリウムアルコキシド好ましくはナトリウムエトキシドによりプラバスタチンナトリウム塩へと変換することができる。」(段落【0049】)

 上記のとおり、段落【0040】の前半では、プラバスタチンラクトンに水酸化ナトリウムを加え、プラバスタチンナトリウム塩を形成する方法が示されている。ここで、プラバスタチンラクトンは、塩基性下でプラバスタチン遊離酸、プラバスタチン陰イオンへの転換を経て、プラバスタチンナトリウムへ転換することは常識である。したがって、プラバスタチン遊離酸やプラバスタチン陰イオンが混在する溶液に対して、水酸化ナトリウムを加えるという【0040】前半の記載は、プラバスタチンナトリウム塩に転換することも示している。

 また、段落【0049】では、仮に、他形態がナトリウム以外の塩(ここではアミン塩)であっても、水酸化ナトリウムを加えれば、プラバスタチンナトリウム塩へと転換できることも示されている。そして、段落【0040】の後半では、プラバスタチンナトリウム塩に転換した溶液にカラムクロマトグラフィー(ここでは、Diaion HP-20カラムを使用)を適用して、カラムにプラバスタチンナトリウム塩のみを吸着させ、他の不純物を除去する工程が示されている。ここで使用されているDiaion HP-20カラムは、非極性の物質(ここではプラバスタチンナトリウム塩)を吸着する機能を有する代表的な吸着樹脂であり、本件特許権の優先日以前から市販され、広く利用されていたものである(乙30~32)。

 したがって、プラバスタチン陰イオンが過剰な状態のプラバスタチンナトリウムに、技術常識である上記ナトリウム塩への転換手法とDiaion HP-20カラムを用いれば、等量比のプラバスタチンナトリウムを容易に得ることができる(以下「被告方法②」という。)。

  ③ 水酸化ナトリウムを加えプラバスタチンナトリウムへ転換した後、陰イオン交換樹脂を用いて等量とする方法

 他形態のプラバスタチン水溶液に水酸化ナトリウムを加えればプラバスタチンナトリウムに容易に転換できることは、上記のとおり、本件特許権の優先日以前からの技術常識である。また、陰イオン交換樹脂を用いることが技術常識であったことは上記①のとおりである。

 したがって、プラバスタチン陰イオンが過剰な状態のプラバスタチンナトリウムに、技術常識である上記ナトリウム塩への転換手法と陰イオン交換樹脂を用いれば、等量比のプラバスタチンナトリウムを容易に得ることができる(以下「被告方法③」という。)。

 ウ 本件訂正発明の数値限定に意味はないことに関する被告の主張は、前記(2)[被告の主張]イと同じである。

 [原告の主張]

 ア 無効理由1(乙1資料を主引例とする容易想到性)について

 被告の主張を否認ないし争う。

 医薬品であるプラバスタチンナトリウム、しかも、99%を超える程度にまで純化された化学物質において、そこにおける不純物の含有量を、乙1資料に記載されている「0.19%」から、本件訂正発明に係る「0.1%」に減少させることは、極めて困難であり、本件特許権の優先日当時の当業者は、本件訂正発明の構成に容易に想到することができなかった。その理由については、前記(1)[原告の主張]アのとおりである。

 イ 無効理由2(乙5公報を主引例とする容易想到性)について

 (ア) 被告の主張する相違点の認定に誤りがあること

 乙5公報の実施例1は、単に、プラバスタチンの純度が99.8%であるなどと開示するだけであり、プラバスタチンラクトン及びエピプラバの含有量については規定していない。したがって、乙5公報の記載からは、プラバスタチンラクトンとエピプラバを不純物として認識しているのか否かが不明である。

 また、乙5公報の実施例1等の「99.8%」という純度の値は、プラバスタチンラクトンを含めた値である可能性が高い。

 よって、相違点として、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であるか否かが不明なこと」も挙げるべきである。

 (イ) 相違点①(エピプラバの量)について

 a 乙5公報の実施例1の記載からは、プラバスタチンラクトンとエピプラバを不純物として認識しているのか否かが不明であることについては、上記(ア)のとおりである。また、乙5公報の実施例1に開示された方法を再現してもエピプラバの含有量が0.1重量%未満のプラバスタチンナトリウムを得ることができないことについては、前記(1)[原告の主張]ウ(ウ)のとおりである。

 したがって、被告の主張する相違点①は、実質的な相違点である。

 b 欧州薬局方記載のHPLC法(甲41)は、プラバスタチンナトリウムの不純物含量を分析するための手法(分析法)であって、プラバスタチンナトリウムから不純物(エピプラバ等)を分離・除去するための手法ではない。また、このような分析法をプラバスタチンナトリウムの不純物除去・精製に転用することの示唆は、従来文献には何ら存在しない。

 したがって、HPLC法によって相違点①を克服することはできず、被告の主張は理由がない。

 (ウ) 相違点②(プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比)について

 a 相違点②を本件発明と乙5公報記載の発明との相違点として挙げることは、発明の要旨認定を誤るものではないこと

 発明の技術的範囲の確定、要旨認定に当たっては、請求項の記載だけでなく、明細書や図面の記載全体を斟酌するべきことは当然である。

 本件訂正発明の特許請求の範囲には、本件訂正発明の主題がプラバスタチンナトリウムであることが明記されており、さらに、本件明細書には、本件訂正発明の「プラバスタチンナトリウム」が、医薬用途(高純度品)であることが明記されている(段落【0003】、【0033】、【0034】等)。したがって、請求項の記載、明細書の記載から、本件訂正発明が、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとがほぼ等量比で存在し、他形態のプラバスタチンへの転換可能性が実質的に排除された、安定した状態の高純度プラバスタチンナトリウムであることが記載されているといえる。

 b 相違点②は、実質的な相違点であること

 乙5公報には、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比調節及び他の不純物・イオンの除去を達成し得るような、本件訂正発明の工程(前記(1)[原告の主張]ウ(イ)c(e)①~④参照)に代わる手法が一切開示も示唆もされていない。このこと自体で、乙5公報の結果物であるHPLC分取液は、各種形態のプラバスタチン(遊離酸、陰イオン、各種の塩)が混在するとともに、他の各種不純物・イオンが混入した混合物にすぎず、高純度プラバスタチンナトリウムとはいえないことが裏付けられている。

 したがって、相違点②は、実質的な相違点である。

 c 被告方法①ないし③によって相違点②を克服することはできないこと

 (a) プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンを等量比調整して安定したプラバスタチンナトリウムを取得するために、乙5公報に他の引用例や技術常識を組みわせるためには、そうした組合せをすることの記載や示唆が、乙5公報又は他の従来技術文献に存在しなければならない。

 しかしながら、そのような記載や示唆は、乙5公報等に見当たらない。乙5公報の実施例1は、そこに開示された工程のみで高純度のプラバスタチンを取得することができたと記載するものであり、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンを等量比調整して安定したプラバスタチンナトリウムを取得するために、乙5公報の方法に別途他の引用例や技術常識を組み合わせることなど、およそ想定していない。

 (b) 被告方法①は、培養液中のプラバスタチン陰イオン(酸形態)を、いったん陰イオン交換樹脂カラムに吸着させ、他の不純物をカラムから溶出させて除去した後、カラムに吸着されたプラバスタチン陰イオン(酸形態)を酢酸やアセトン水等によりカラムから溶出させて単離・獲得するという手法であり、カラムに吸着される「プラバスタチン陰イオン」は、単離・獲得すべき目的成分である。したがって、乙29公報記載の方法が「プラバスタチン陰イオン(酸形態)を吸着・除去する方法」であるとの被告の主張は、誤りである。

 被告は、プラバスタチン陰イオンが過剰の状態にある乙5公報の実施例1の組成物から、プラバスタチン陰イオンのみをカラムに吸着させて除去し、カラムから溶出するプラバスタチンナトリウムを単離することを意図している。しかしながら、カラムに吸着される「プラバスタチン陰イオン」は除去すべき成分であって、単離・獲得すべき目的成分ではない。

 また、乙29公報の段落【0039】の被告が指摘する部分に続く部分には、「産物の単離には・・・強塩基性陰イオン交換樹脂を使用するのが好適である」との記載がある。しかしながら、プラバスタチン陰イオンが過剰の状態にある乙5公報の実施例1の結果物から、プラバスタチン陰イオンを除去するために乙29公報記載の「強塩基性陰イオン交換樹脂」を用いた場合、除去対象である余剰のプラバスタチン陰イオンだけではなく、ナトリウム陽イオンと等量で存在するプラバスタチン陰イオンまでもが吸着されてしまうため、かえって等量比を崩すことになり、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとを等量比に調整することはできない。

 さらに、乙5公報の実施例1に開示されたHPLC分取液は、前記(1)[原告の主張]ウのとおり、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比が崩壊しているだけではなく、その他の各種の不純物やイオン(酢酸や水酸化ナトリウム等のpH調整剤、DEGBE、カラム吸着材分解物、カラム等に起因する塩化ナトリウム等)が多量に混在した状態にある。このような溶液に陰イオン交換樹脂を適用した場合、溶液中の陰イオン性の不純物は陰イオン交換樹脂に吸着させて除去することができるものの、陽イオン性の不純物や非イオン性の不純物は陰イオン交換樹脂に吸着せず、除去することができない(イオン的性質の観点から見ると、不純物は陰イオン性、陽イオン性、非イオン性に分けられるが、陰イオン交換樹脂は、陰イオン性の不純物は吸着・除去できるものの、陽イオン性や非イオン性の不純物は吸着・除去できない。)。

 (c) 被告方法②は、プラバスタチン陰イオンが過剰の状態にある溶液をDiaion HP-20カラムに通し、プラバスタチンナトリウムのみをDiaion HP-20カラムに吸着させ、余剰のプラバスタチン陰イオンを分離して、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比調節を行うというものである。

 しかしながら、Diaion HP-20カラムは、非極性のカラムであり(甲30)、非極性又は低極性の物質を吸着する性質を有するものである。そのため、Diaion HP-20カラムは、無機塩や無機イオン等の高い極性を有する物質についてはカラムから溶出させて分離・除去することができるものの、プラバスタチン陰イオンやプラバスタチン遊離酸(プラバスタチンの各種形態)等は、プラバスタチンナトリウムと同様に低極性の物質であるため、プラバスタチンナトリウムとともにDiaion HP-20カラムに吸着されてしまい、分離・除去することはできない。

 したがって、Diaion HP-20カラムによって余剰のプラバスタチン陰イオンを除去し、これにより等量比調整を行うことは、実現不可能である。

 (d) 被告方法③のように、乙5公報の実施例1のHPLC分取液に水酸化ナトリウムを添加し、その後に陰イオン交換樹脂を適用したとしても、本件訂正発明の高純度プラバスタチンナトリウムを取得することはできない。

 上記(c)のとおり、水酸化ナトリウムを添加したとしても、すべてがプラバスタチン塩の形態になるものではなく、溶液中のプラバスタチンは依然として各種形態の混合形態である上、各種の不純物・イオンが混入している。このような溶液を陰イオン交換樹脂カラムで分離しても、一部の陰イオンがカラムに吸着されるだけであり、溶液中に存在する各種形態のプラバスタチンやその他の陽イオン等の不純物はカラムに吸着されず、プラバスタチンナトリウムから分離・除去することはできない。

第3 当裁判所の判断

 1 被告は、前記第2の3(1)及び(2)の[被告の主張]のとおり、本件発明は新規性ないし進歩性を欠く(争点1、2)と主張して、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであると主張する。

 しかしながら、本件特許については、その無効審判事件において本件訂正の請求がされており、同訂正はいまだ確定していない状況にある。このような場合において、特許法104条の3第1項所定の「当該特許が無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」とは、当該特許についての訂正審判請求又は訂正請求に係る訂正が将来認められ、訂正の効力が確定したときにおいても、当該特許が無効審判により無効とされるべきものと認められるか否かによって判断すべきものと解するのが相当である。

 したがって、原告は、被告が、訂正前の特許請求の範囲の請求項について無効理由があると主張するのに対し、①当該請求項について訂正審判請求又は訂正請求をしたこと、②当該訂正が特許法126条又は134条の二所定の訂正要件を充たすこと、③当該訂正により、当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること、④被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属すること、を主張立証することができ、被告は、これに対し、⑤訂正後の請求項に係る特許につき無効事由があることを主張立証することができるというべきである。

 本件においても、原告及び被告は本件訂正に関し、同趣旨の主張をしており、前記第2の1のとおり、原告が本件訂正請求をしていること(上記①)及び被告製品が本件訂正後の請求項一の技術的範囲に属すること(上記④)については、これを認めることができる。

 そこで、以下において、上記②、③及び⑤の点について判断する。

 2 本件訂正は、特許法134条の2の訂正要件を満たすか

 (1) 本件訂正(なお、以下の説示中においては、本件訂正請求に係る訂正部分を下線で示すものとする。)は、本件訂正前の特許請求の範囲請求項1の「e)プラバスタチンナトリウム単離すること」を「e)プラバスタチンナトリウムを単離すること」に変更し(以下「本件訂正1」という。)、本件訂正前の「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.2重量%未満である」を「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満である」と変更する(以下「本件訂正2」という。)ものである。

 (2) 本件訂正1は、脱字(「を」)を補うものであるから、誤記の訂正を目的とするものであると認められる。また、同訂正は、明細書に記載した事項の範囲内において行われたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない(特許法134条の2第5項、同法126条3項、4項)と認められる。

 したがって、本件訂正1は、適法な訂正であると認められる。

 (3) 本件訂正2は、訂正前の「0.5重量%未満」及び「0.2重量%未満」を、それぞれ、「0.2重量%未満」及び「0.1重量%未満」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認められる。

 また、上記訂正の内容は本件明細書の段落【0031】に記載されているから(甲2)、同訂正は、明細書に記載した事項の範囲内において行われたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないと認められる。

 したがって、本件訂正2は、適法な訂正であると認められる。

 3 争点3-2(本件訂正発明は、進歩性を欠くか)について

 本件では、事案に鑑み、無効理由2(乙5公報を主引例とする容易想到性)の成否から判断することとする。

 (1) 被告は、本件訂正発明は、乙5公報記載の発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。

 (2) 本件訂正発明の要旨

 ア 本件訂正発明は、訂正請求項1の記載により特定されるとおりの、

 「次の段階:

 a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し、

 b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し、

 c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し、

 d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え、そして

 e)プラバスタチンナトリウムを単離すること、

を含んで成る方法によって製造される、プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

というものである。これは、製造方法により、「プラバスタチンラクトン及びエピプラバの含有量を限定したプラバスタチンナトリウムという物質」を特定する記載がされた、いわゆる「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」であり、訂正請求項一の記載が意味する物の発明は、最終的に得られた生産物である、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」そのものと同じ発明であると認められる(この点については、当事者間に争いがない。)。

 イ また、本件訂正発明に係る「プラバスタチンナトリウム」は、下図の構造式を有する、化学名(IUPAC名)「(+)-(3R、5R)-3、5-ジヒドロキシ-7-[(1S、2S、6S、8S、8aR)-6-ヒドロキシ-2-メチル-8-[(S)-2-メチルブチリルオキシ]-1、2、6、7、8、8a-ヘキサヒドロ-1-ナフチル]ヘプタン酸ナトリウム」(乙1・3頁)が意味する化合物である。

 【 図 】

 したがって、当然、「(+)-(3R、5R)-3、5-ジヒドロキシ-7-[(1S、2S、6S、8S、8aR)-6-ヒドロキシ-2-メチル-8-[(S)-2-メチルブチリルオキシ]-1、2、6、7、8、8a-ヘキサヒドロ-1-ナフチル]ヘプタン酸イオン(プラバスタチン陰イオン)」(下図参照)と「ナトリウム陽イオン」(「Na+」)とは、等量であると認められる。

 【 図 】

 よって、本件訂正発明の「プラバスタチンナトリウム」とは、「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量のもの」と解するのが相当であり、このように解することは、本件明細書の発明の詳細な説明の記載(段落【0024】、【0044】)とも整合する。

 ウ これに対し、被告は、発明の要旨の認定は原則として特許請求の範囲のみに基づいて行われるものであるから、特許請求の範囲に記載のない「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが等量比で維持された」との点を発明の要旨とすることはできないと主張する。

 しかしながら、本件訂正発明の対象となる物である「プラバスタチンナトリウム」が、その物としての性質上当然に、「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量のもの」であると解されることについては、上記説示のとおりである。したがって、上記イの認定は、特許請求の範囲に記載のない事項に基づいて発明の要旨を認定するものではない。

 また、被告は、上記等量比の点に関する原告の主張は時機に後れたものであるから、民事訴訟法157条1項により却下されるべきであるとも主張する。

 しかしながら、等量比に関する原告の主張は、平成22年9月1日の本件第13回弁論準備手続期日において陳述された同年8月16日付け原告第12準備書面において、初めて主張されたものであるが、本件訴訟は、その後も、他の争点の整理を含めて、同年10月19日に第14回弁論準備手続期日が、同年11月29日に第15回弁論準備手続期日が、平成23年2月1日に第16回弁論準備手続期日が、同年4月14日に第17回弁論準備手続期日がそれぞれ実施され、同期日に、当事者双方において「追加の主張立証はない」ことが確認され、同日の第2回口頭弁論期日において弁論を終結していることからすると、前記原告の主張により訴訟の完結を遅延させることになると認めることはできず、同主張が時機に後れた攻撃防御方法に該当すると認めることはできないというべきである。

 (3) 乙5公報記載の発明

 ア 乙5公報の記載

 乙5公報には、以下の記載が存在する(乙5の1、2)。

 「【請求項1】 HMG-CoAレダクターゼインヒビターを得るためのプロセスであって、粗HMG-CoAレダクターゼインヒビターの精製のプロセスにおける工程の一つが、置換クロマトグラフィーを含むことを特徴とするプロセス。」(2頁2行~5行)

 「【請求項2】 HMG-CoAレダクターゼインヒビターが、メバスタチン、プラバスタチン、ロバスタチン、シンバスタチン、フルバスタチンおよびアトルバスタチンからなる群から選択されることを特徴とする請求項一記載のプロセス。」(2頁6行~9行)

 「【請求項3】 HMG-CoAレダクターゼインヒビターが、ラクトン形態、もしくは酸の形態またはそれらの塩の形態であることを特徴とする請求項1または2記載のプロセス。」(2頁10行~13行)

 「【請求項4】 置換クロマトグラフィーが以下の工程:

 a)移動相でクロマトグラフィーカラムを調整する工程

 b)移動相に溶解したHMG-CoAレダクターゼインヒビターを供給する工程

 c)カラムからHMG-CoAレダクターゼインヒビターを置換するためにディスプレーサを導入する工程、および

 d)精製されたHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得る工程、

を含むことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のプロセス。」(2頁14行~21行)

 「【請求項26】 置換クロマトグラフィーを含む精製プロセスで粗HMG-CoAレダクターゼインヒビターを精製することによって得られた99.7%を越えるHPLC純度を有するHMG-CoAレダクターゼインヒビター。」(5頁10行~13行)

 「【請求項27】 HMG-CoAレダクターゼインヒビターが、ロバスタチン、シンバスタチン、プラバスタチン、アトルバスタチン、メバスタチンおよびフルバスタチンからなる群から選択されることを特徴とする請求項26記載の物質。」(5頁14行~17行)

 「【発明の詳細な説明】

 (技術分野) ロバスタチン、プラバスタチン、メバスタチン、アトルバスタチン、ならびにそれらの誘導体およびアナログはHMG-CoAレダクターゼインヒビターとして知られており、抗高コレステロール血症薬(antihypercholesterolemic agent)として使用されている。それらの大部分は、Aspergillus,Monascus,Nocardia,Amycolatopsis,MucorまたはPenicillium属に属する種として同定された異なる種の微生物を使用する発酵によって製造され、そのいくつかは、化学合成法を使用する発酵生成物を処理することによって得られるか、またはそれらは全化学合成の生成物である。」(6頁1行~10行)

 「【0001】 活性成分の純度は、特に薬学的生成物を高血漿コレステロール(high plasma cholesterol)の治療または予防において長期間服用しなければならない場合に、安全で効果的な薬剤を製造するための重要な因子である。より低い純度の薬剤からの不純物の蓄積は、治療中の多くの副作用を引き起こし得る。」(6頁11行~15行)

 「【0002】 本発明は、いわゆる置換クロマトグラフィーを使用するHMG-CoAレダクターゼインヒビターの単離のための新規の工業プロセスに関する。本発明の使用により、高収率、より低い製造コストおよび適切な生態バランスで高純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得ることができる。」(6頁16行~20行)

 「【0003】

 (先行技術) 以前の特許に開示される抗高コレステロール血症薬の単離および精製のためのプロセスは、抽出、クロマロ(ママ)グラフィー法、ラクトニセーション(分子内エステル化)法および結晶化法の種々の組合せを含む。これらの手順によって得られる最終生成物の純度はUSP標準に従うが、所望の生成物の収率は比較的低い。さらに、それらは、大量の有機溶媒とこれらの量に適合した大きな装置との両方を必要とする。」(6頁21行~28行)

 「【0004】 WO 92/16276号に開示される単離プロセスは、工業的HPLC(高速液体クロマロ(ママ)グラフィー)装置の使用により99.5%より大きい純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得るための解決法を提供する。WO 92/16276号によれば、85%以上の純度を有する粗HMG-CoAレダクターゼインヒビターを、有機溶媒、または有機溶媒および水の溶液に溶解する。次いで、この混合物を二と9の間のpHに緩衝化し、HPLCカラムに入れる。重要なHMG-CoAレダクターゼインヒビターのピークを収集した後、溶媒の一部を除去し水を加えるか、または溶媒混合物の2/3を除去して、HMG-CoAレダクターゼインヒビターを結晶化する。最終的には、このプロセスによって得られた生成物の純度は、約90%の収率を有して、少なくとも99.5%である。」(6頁29行~7頁11行)

 「【0005】 WO 92/16276号に開示される方法は、比較的高い収率を有して、高い純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得ることができ、従来のクロマトグラフィーカラムに関する上記方法の不利益は、HPLCカラム当たりに充填される物質の量が相対的に少ないことである。カラムに供給される少量のサンプルはまた、十分な量の所望の物質を得るために単離操作の繰り返しの回数が増加することに関連して、結果的に大量の溶媒が使用されてより高い製造コストとなる。」(7頁12行~19行)

 「【0006】 本発明の基本である置換クロマトグラフィー法は、以前に使用されたクロマトグラフィー法と実質的には異ならない。」(7頁20行~22行)

 「【0007】 置換クロマトグラフィーは、固定相の活性部位に対するカラムに供給されたサンプルの成分の競争に基づく。サンプルの個々の成分は互いに列車(train)のように置換しており、固定相に対する非常に高い親和性を有し、カラムに沿って供給されたサンプルから遅れて移動するディスプレーサ(displacer)は、ディスプレーサと同じ速度で移動する一成分の領域へのサンプル成分の分離を行う。個々の成分の濃縮は、精製と同時に行われる。」(7頁23行~29行)

 「【0011】

 (技術的解決) 研究室スケールに適用することができる多くの技術が、それらの使用を正しいとする大規模製造操作において実質的には経済的でないか、または環境基準を満たさないので、大規模で高純度の活性物質を得ることは、時には困難である。上記の事実は、高品質の生成物と経済的および生態的に適合した製造の両方を提供する新しい技術を産業に探らせる。本発明は、純粋なHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得ることが可能なより古い特許および他の文献に公知のプロセスの欠点を解消し、さらに精製プロセスそれ自体は、時間がかかることなく、高収率を提供し、少量の溶媒を使用する。上記プロセスは、自然に優しく;さらに、空間およびエネルギーに関して必要とせず、それゆえ経済的に大規模製造を可能にする。」(9頁3行~14行)

 「【0012】

 (発明の説明) 本発明は、置換クロマトグラフィーを使用するHMGCoAレダクターゼインヒビターの精製のためのプロセスを提供する。すなわち、粗HMG-CoAレダクターゼインヒビターの精製のプロセスにおいて少なくとも一つの工程が、置換クロマトグラフィーを含む。精製されるHMG-CoAレダクターゼインヒビターは、例えば、メバスタチン、プラバスタチン、ロバスタチン、シンバスタチン、フルバスタチンおよびアトルバスタチンからなる群から選択される。選択されたインヒビターは、置換クロマトグラフィーによって精製するためにラクトン(分子内エステル)形態、または酸の形態あるいはそれらの塩の形態であり得る。本発明のプロセスを特徴とする置換クロマトグラフィーは、好ましくは、以下の工程を含む:

 a)適切な移動相でクロマトグラフィーカラムを調整する工程、

 b)移動相に溶解した粗HMG-CoAレダクターゼインヒビターを供給する工程、

 c)カラムからHMG-CoAレダクターゼインヒビターを置換するためにディスプレーサを導入する工程、および

 d)精製されたHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得る工程。」(9頁15行~10頁3行)

 「【0013】 精製されたHMG-CoAレダクターゼインヒビターは、好ましくは、

 d1)フラクションを収集する工程、および

 d2)分析用HPLCでフラクションを分析し、そして純度の質に依存してフラクションを貯蔵する工程、

によって得られる。精製されたHMG-CoAレダクターゼインヒビターが得られた後、アルコール/水の混合物でカラムを洗浄してディスプレーサを溶出することによって、クロマトグラフィーカラムを、再生することができる。」(10頁4行~11行)

 「【0014】 そして、ここで記述される様式で得られたHMG-CoAレダクターゼインヒビターは、従来技術の状態からすでに知られている方法によって、例えば凍結乾燥、もしくは、好ましくはラクトン形態、酸形態またはそれらの塩形態(好ましくは、アルカリまたはアルカリ土類金属塩)を得るための結晶化によって、移動相から単離される。」(10頁12行~17行)

 「【0015】 不純物に加えてかなりの割合のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを含むフラクションは、再びプロセスに供することができ、95%を越える総収率になる。」(10頁18行~21行)

 「【0016】 使用される固定相は、逆相であり、天然(異なる長さのアルキル鎖を有するシリカゲル)または合成(C-18またはC-8の有機物)固定相が、適切である。好ましくは、スチレンおよびジビニルベンゼンの合成架橋ポリマーマトリクスが使用される。固定相の粒径は、3μmから20μmが適切であり、7μmと15μmの間が好ましい。」(10頁22行~27行)

 「【0017】 使用される移動相は、好ましくは、水、アセトニトリル/水の溶液および低級(好ましくはC1~C4)アルコールの水溶液、アルカリ金属カチオン、アンモニアあるいはアミンを含む有機酸、ハロゲン化した有機酸または無機酸(例えば蟻酸、酢酸、プロピオン酸、塩酸、ほう酸、リン酸、炭酸または硫酸(suphuric acid))の緩衝化された希釈溶液から選択される。水ならびにアセトニトリルおよびとりわけメタノールまたはエタノールの水溶液は、特に好ましく、水溶液中の有機溶媒の量は、好ましくは80%以下であり、より好ましくは45%以下であり、とりわけ30%以下である。移動相において有毒なメタノールは、より毒性の少ないエタノールで取り換えてもよく、または良好な結果を有する水で少なくとも部分的に取り換えてもよいので、処分する溶媒の除去がより容易であり、したがって、本発明は生態学的面から判断して先行技術の状態と比較して著しく向上している。」(10頁28行~11頁11行)

 「【0018】 使用される移動相のpHは、好ましくは4.5と10.5との間であり、より好ましくは6.5と8との間であり、とりわけ約7である。カラムを通過する移動相の流速は、1.5ml/(分・㎠)と30ml/(分・㎠)との間、好ましくは3ml/(分・㎠)と15ml/(分・㎠)との間であるように適切に調整される。ディスプレーサが移動相と混合されることによってクロマトグラフィーカラムに導入されるのと同時に、流速は、好ましくは1.5ml/(分・㎠)と15ml/(分・㎠)との間、そしてとりわけ3ml/(分・㎠)と10ml/(分・㎠)の間にあるように調整される。なぜなら、より高い流速は、収集されるサンプルの希釈を引き起こし、そしてまた分離がより悪くなるからである。」(11頁12行~22行)

 「【0019】 ディスプレーサは、適切には、界面活性剤、洗浄剤等のような両親媒性構造を有する化合物である。ディスプレーサの例は、長鎖アルコール、長鎖カルボン酸、長鎖アルキルアンモニウム塩、芳香族ジカルボン酸エステル、オキソ-およびジオキソ-アルコール、ジエチレングリコールモノ-(またはジ-)アルキルエーテルのようなポリアルキレンポリグリコールエーテル、ポリアリールまたはTriton(登録商標)X-100のようなポリアルキレンポリアリールエーテルなどである。前述の「長鎖」は少なくともC4-鎖、好ましくは少なくともC10-鎖およびより好ましくは少なくともC14-鎖以上を有するアルキル鎖を意味する。」(11頁23行~12頁3行)

 「【0020】 移動相におけるディスプレーサの濃度は、適切には、1から35%、好ましくは2から20%、そしてとりわけ7から14%になるように調整される。」(12頁4行~6行)

 「【0021】 クロマトグラフィーカラムから溶出される個々のフラクションにおける純度の質を調整する好ましい実施形態において、分析されるHMG-CoAレダクターゼインヒビターに関する分析用HPLC法を、以下に記載されるように行うことができる。」(12頁7行~11行)

 「【0022】 分析されるサンプルを、アセトニトリルを有する20mMNH4HCO3水溶液を含む移動相を用いて100回希釈する(アセトニトリルの割合を、分析物の保持因子が5と10の間であるように調整する)。このサンプルの10μmを、高速液体クロマトグラフィーのためのHypersil ODSカラム(Hypersil、the United Kingdom、粒径3μm、カラムサイズ50×4.6mm)に入れる。吸光度を235nmで測定する。サンプルのHPLC純度を、クロマトグラムにおける個々のピークの面積の間の比から計算する。」(12頁12行~20行)

 「【0025】(実施例)

 (実施例1) プラバスタチンの粗ナトリウム塩(1.0g、HPLC純度88%、アッセイ85%)を、10mlの移動相A(蒸留水)に溶解し、0.2MNaOH水溶液でpHを7に調整し、濾過した。カラムを移動相Aで平衡化した。上記の様式で得られたサンプルを、Grom-Sil120-ODS HEカラム(Grom Analytic + HPLC GmbH、Germany)、粒径11μm、カラムサイズ250×10mmに供給した。カラムを、移動相Aに7%のジエチレングリコールモノブチルエーテルを含む移動相Bで、4.5ml/分の流速で洗浄した。吸光度は、260nmで測定し、そして0.5mlのフラクションを上記吸光度における最初の増加で収集した。シグナルが減少したとき、カラムを25mlの70%メタノールで洗浄した。得られたフラクションを、ここでの上記HPLC分析法により分析した。99.5%以上の純度を有するフラクションを貯蔵した。貯蔵されたフラクション(7ml)におけるHPLC純度は、99.8%であった。」(12頁27行~13頁13行)

 「【0027】

 (実施例3) 0.6gのプラバスタチンの粗ナトリウム塩を、5mlの蒸留水に溶解した。使用される移動相(30%メタノール水溶液)を除いて、実施例1に記載のプロトコールを使用し、99.8%のHPLC純度を有する貯蔵したフラクションを得た。」(13頁27行~14頁3行)

 「【0028】

 (実施例4) 実施例3に記載の方法を、繰り返した。ここでは移動相におけるディスプレーサの濃度を14%にした。実施例1に記載された基準によれば、貯蔵されたフラクションにおけるHPLC純度は99.8%であった。」(14頁4行~8行)

 イ 乙5公報記載の発明

 (ア) 以上のとおり、乙5公報には、置換クロマトグラフィーを含む精製プロセス(【請求項1】、【請求項4】、【請求項26】、段落【0012】、【0013】)である、その実施例に記載の方法でプラバスタチンの粗ナトリウム塩から得られたフラクションのHPLC純度が、99.8%であること(段落【0021】、【0022】、【0025】、【0027】、【0028】等)、上記のとおり収集したフラクションから、凍結乾燥によってHMG-CoAレダクターゼインヒビターが単離されること(段落【0014】)、が記載されている。

 したがって、乙5公報には、「置換クロマトグラフィーを含む精製プロセスでプラバスタチンの粗ナトリウム塩から得られた、プラバスタチンのHPLC純度が99.8%のフラクションの、凍結乾燥物。」の発明(以下「乙5発明」という。)が開示されているものと認められる。なお、HPLCによる分析では、各種形態のプラバスタチン(プラバスタチン陰イオン、プラバスタチン遊離酸、各種のプラバスタチン塩)の割合を相互に区別して検出することはできないため、乙5公報には、上記「フラクション」の純度99.8%が、「プラバスタチンナトリウム」単独の割合であることが明記されているとはいえない。

 (イ) これに対し、原告は、乙5公報の実施例では、プラバスタチンラクトンを、不純物としてプラバスタチンの遊離酸や塩(プラバスタチンナトリウム等)から峻別することなく、これらの合計量をフラクションのプラバスタチンの純度として測定している可能性が極めて高いものであり、乙5公報の実施例1等の「99.8%」という純度の値はプラバスタチンラクトンを含めた値である可能性が高い、と主張する。

 しかしながら、乙5公報には、上記「フラクション」に「プラバスタチンラクトン」が含まれている旨の記載は存在しない上、① 乙5公報は、抗コレステロール血症薬の活性成分として使用されているHMG-CoAレダクターゼインヒビターについて、これらの「活性成分の純度は、特に薬学的生成物を高血漿コレステロール(high plasma cholesterol)の治療または予防において長期間服用しなければならない場合に、安全で効果的な薬剤を製造するための重要な因子である。より低い純度の薬剤からの不純物の蓄積は、治療中の多くの副作用を引き起こし得る」(段落【0001】)として、高純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得る方法(置換クロマトグラフィーを含む精製プロセス)を開示するものであること(段落【0002】)、② 乙5公報は、上記HMG-CoAレダクターゼインヒビターはプラバスタチン等からなる群から選択されるとしていること(段落【0012】、また、プラバスタチンの各種形態の一種であるプラバスタチンナトリウムは、三共の製造する「メバロチン」という名称の製剤が日本国内外で広く販売されるなどしていて、本件特許権の優先日当時、HMG-CoA還元酵素阻害剤の活性成分として当業者に広く知られていたこと(乙1)、③ プラバスタチンラクトンが、プラバスタチンナトリウムとの関係では夾雑物(不純物)であるとされていることは、本件特許権の優先日当時、当業者にとって技術常識であったこと(乙1・10頁。また、プラバスタチンラクトンがプラバスタチンの類縁物質であり、プラバスタチンとの関係では不純物に当たることは、当事者間に争いがない。)、④ プラバスタチンラクトンとプラバスタチンナトリウム(ないしプラバスタチン)とでは、後記エのとおり、クロマトグラフィーにおける保持時間(溶出時間)に顕著な差があるため、乙5公報の実施例の方法(置換クロマトグラフィー)によって両者を分離することは容易であること、などを考慮すると、乙5公報の実施例1のように、プラバスタチンの粗ナトリウム塩を置換クロマトグラフィー法により精製するという場合、同公報の記載に接した当業者は、実施例1に記載の方法は、「プラバスタチンラクトン」を含まない、精製した活性成分である「プラバスタチンナトリウム」を得ることを目的とするものである、と理解するといえる。

 したがって、乙5公報記載の「HPLC純度が99.8%のフラクション」の「99.8%」という純度の値が、「プラバスタチンラクトン」を含めた値であると認めることはできず、原告の主張は理由がない。

 ウ 本件訂正発明と乙5発明との対比

 (ア) 上記認定によれば、乙5発明と本件訂正発明とは、「単離された高純度のプラバスタチン」という点において、一致する。

 (イ) 他方、本件訂正発明と乙5発明とは、本件訂正発明では、「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であるプラバスタチンナトリウム」であるのに対し、乙5発明では、「凍結乾燥物」が「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であるプラバスタチンナトリウム」であるか否かが不明である点(以下「相違点1」という。)、本件訂正発明は、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満である」のに対し、乙5発明は、プラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量が不明である点(以下「相違点2」という。)、において、相違する。

 (ウ) これに対し、被告は、乙5公報には、実質的に、「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり、エピプラバの混入量が0.1重量%未満であって、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であるプラバスタチンナトリウム」が開示されており、この点は被告実験によっても確認されていると主張し、相違点1及び2は実質的な相違点ではないとする。

 しかしながら、乙5発明は、上記のとおり、「置換クロマトグラフィーを含む精製プロセスでプラバスタチンの粗ナトリウム塩から得られた、プラバスタチンのHPLC純度が99.8%のフラクションの、凍結乾燥物。」の発明であるところ、乙5公報には、当該凍結乾燥物が「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であるプラバスタチンナトリウム」であることや、その物における不純物(プラバスタチンラクトン及びエピプラバ)の割合についての記載は、特段存在しない。また、フラクションのHPLC純度から、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であると当業者が理解すると認めるに足りる証拠もない。したがって、乙5公報に上記相違点1及び2が開示されているとは認められない。

 また、被告実験は、被告の主張によれば、乙5公報の実施例1の方法を再現し、プラバスタチンの粗ナトリウム塩から置換クロマトグラフィー(HPLC)によって分取されたフラクションを凍結乾燥することによって、高純度のプラバスタチンナトリウムを得たというものであるが、被告実験においては、実施例1のように、99.5%以上の純度を有するフラクション(7ml)のHPLC純度が99.8%であるものではないことなどから、被告実験で採られた条件と乙5公報の実施例1の条件とが全く同じであったと認めることはできない。

 したがって、被告実験は、乙5公報の実施例1の方法を再現したものとは認められない。そうである以上、仮に、被告実験において、当該フラクションの凍結乾燥物に0.2重量%以上のプラバスタチンラクトン及びエピプラバが含まれておらず、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であるプラバスタチンナトリウムが得られたものだとしても、この事実は、乙5発明の凍結乾燥物に0.2重量%以上のプラバスタチンラクトン及び0.1重量%以上のエピプラバが含まれていないことや、同乾燥物がプラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンが実質等量であるプラバスタチンナトリウムであることを証明するものではない。

 エ 本件訂正発明の容易想到性の有無

 (ア) 相違点1について

 a 乙5発明の凍結乾燥物が「プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとが実質等量であるプラバスタチンナトリウム」であるかについては、前記イのとおり、乙5公報には明確に記載されていない。

 b しかしながら、前記イのとおり、乙5公報は、抗コレステロール血症薬の活性成分として使用されているHMG-CoAレダクターゼインヒビターについて、高純度のHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得る方法を開示するものであり、このHMG-CoAレダクターゼインヒビターはプラバスタチン等からなる群から選択されるものとされ、プラバスタチンの各種形態の一種であるプラバスタチンナトリウムは、本件特許権の優先日当時、HMG-CoA還元酵素阻害剤の活性成分として当業者に広く知られていたことから、乙5公報の記載に接した当業者は、実施例1記載の方法は、精製した活性成分である「プラバスタチンナトリウム」を得ることを目的とするものであると理解するというべきである。

 そうすると、当業者において、乙5発明のプラバスタチンの凍結乾燥物をプラバスタチンナトリウムに変換する必要があると考えることは、ごく自然なことであるといえる。

 c また、証拠(甲38の1、2、乙13の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許権の優先日の前に頒布された刊行物である乙13公報及び昭58-8919一公開特許公報(甲38の2。以下「甲38公報」という。)には、以下の記載が存在したことが認められる。

 (乙13公報)

 「【0042】 生物変換終了後、プラバスタチンはブロスまたは糸状カビ細胞分離後に得られたろ液のいずれかから抽出することができる。糸状カビ細胞はろ過または遠心分離のいずれかによって除去することができるが、特に工業規模では全ブロス抽出を行うのが有利である。抽出前に、ブロスまたはブロスろ液のpHを無機酸好ましくは希硫酸で3.5~3.7に調整する。抽出は酢酸エステルおよび炭素原子数24の脂肪族アルコール、好ましくは酢酸エチルまたは酢酸イソブチルで行う。抽出ステップは、酸性pHでプラバスタチンからラクトン誘導体が形成されるのを防ぐ意味できわめて迅速に行うのがよい。」(21頁22行~22頁1行)

 「【0043】 有機溶媒抽出物からは酸形態のプラバスタチンをナトリウム塩として水性相に移すことができる。たとえば、酢酸エチル抽出物からは容量比1/10および1/20の5%炭酸水素ナトリウムまたは弱アルカリ水(pH7.5~8.0)でプラバスタチンを抽出することができる。プラバスタチンは、前述の要領で得られたアルカリ性水性抽出物から非イオン吸着樹脂使用のカラムクロマトグラフィーにより高純度で回収することができると判明した。方法としては、まずアルカリ性抽出物から水性相に溶解した溶媒を減圧蒸留で除去し、次いで水性抽出物をDiaion HP-20カラムに負荷するのが有利である。」(同22頁2行~10行)

 「【0044】 カラムに吸着したプラバスタチンナトリウム塩は溶出により、水溶液のアセトン濃度を徐々に高めながら精製し、次いでプラバスタチン含有主画分を混ぜ合わせ減圧濃縮する。この水性濃縮物は別のDiaion HP-20カラムによるクロマトグラフィーでさらに精製し、純粋のプラバスタチンを含む溶出液を得る。溶出液からは、活性炭による清澄化と凍結乾燥を経て製薬上許容しうる品質のプラバスタチンを得ることができる。」(同22頁11行~17行)

 「【0045】 この単離法はプラバスタチンのラクトン形成とその加水分解が介在しないため在来法よりもステップ数が少ない。単離に際して、プラバスタチンが、中性またはアルカリ性条件の場合ほど安定的でなくなる酸性状態にさらされる時間はごく短くてすむ。そのためこの単離法では人工物がほとんど形成されない。」(同22頁18行~22行)

 (甲38公報)

 「(実施例3) ノカルディアsp.SANK62981菌株を用いて実施例1と同様に操作して変換反応液1.8lを得た。次いで、変換反応液をトリフルオロ酢酸でpH3に調整し、1lの酢酸エチルで三回抽出するとM-4カルボン酸とM-4’カルボン酸を含む区分が得られた。ただちに、5%炭酸水素ナトリウム水に転溶し、次に2N-HClでpH7.0に調整し、ダイヤイオンHP20カラム(三菱化成工業(株)社製)に吸着させ、水洗後、50%アセトンでM-4カルボン酸ナトリウム塩を含有する区分を溶出し、凍結乾燥品200mgのM-4カルボン酸ナトリウム塩が得られた。」(甲38の2・10頁左下欄15行~右下欄8行)

 上記事実によれば、プラバスタチンを酸形態として有機溶媒で抽出し、酸形態のプラバスタチンをアルカリ性水性相に移し、Diaion HP-20カラムなどの非イオン吸着樹脂を使用するクロマトグラフィーを行い、凍結乾燥してプラバスタチンナトリウムを単離する方法は、本件特許権の優先日当時、当業者の技術常識に属する方法であったと認められる。

 d そうすると、乙5発明の凍結乾燥物を水に溶解し、上記方法で処理してプラバスタチンナトリウムとすることは、本件特許権の優先日当時、当業者には特段困難なことではなく、乙5公報の記載に接した当業者において、容易に思い付くことができたというべきである。

 e これに対し、原告は、Diaion HP-20カラムは、無機塩や無機イオン等の高い極性を有する物質についてはカラムから溶出させて分離・除去することができるが、プラバスタチン陰イオンやプラバスタチン遊離酸(プラバスタチンの各種形態)等については、プラバスタチンナトリウムと同様に低極性の物質であるため、プラバスタチンナトリウムとともにDiaion HP-20カラムに吸着されてしまい、分離・除去することはできないから、同カラムによってプラバスタチンナトリウムの等量比調整を行うことはできないと主張する。

 しかしながら、上記cの方法は、プラバスタチンを酸形態として有機溶媒で抽出し、酸形態のプラバスタチンをアルカリ性水性相に移すものであるから、その水性相には、プラバスタチンナトリウム以外のプラバスタチンは含まれていない。そして、Diaion HP-20カラムで無機塩や無機イオン等の高い極性を有する物質を分離、除去することができることは、前記c記載の証拠から当業者に自明であるといえる。

 したがって、Diaion HP-20カラムを用いる上記方法によって、プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンを実質等量とすることが可能であるというべきであるから、原告の主張は理由がない。

 (イ) 相違点2について

 a 乙5発明の凍結乾燥物中のプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量については、前記ウのとおり、乙5公報には明確に記載されていない。

 しかしながら、乙5公報は、前記イのとおり、抗コレステロール血症薬として使用されているHMG-CoAレダクターゼインヒビターに関するものであり、「活性成分の純度は、……安全で効果的な薬剤を製造するための重要な因子である。より低い純度の薬剤からの不純物の蓄積は、治療中の多くの副作用を引き起こし得る」としている。そして、前記のとおり、プラバスタチンラクトン及びエピプラバが、活性成分であるプラバスタチンナトリウムとの関係では夾雑物(不純物)であるとされていることは、本件特許権の優先日当時、当業者にとって技術常識であったと認められる。

 また、上記乙5公報の記載や、乙7公報(優先日・平成3年)の「安全で有効な医薬を製造するための重要な基準の1つは、高純度生成物を得ることである。ロバスタチン、シンバスタチン及びプラバスタチンのようなHMG-CoAレダクターゼ阻害物質は最近紹介された新しい種類のコレステロール降下剤であり、血漿コレステロール濃度を有効に低下させるが長期間投与を必要とする。従って、HMG-CoAレダクターゼ阻害物質を可能な最高純度で投与できるようにすることが特に重要である。」(乙7の2・3頁右上欄3行~10行)との記載、乙8公報(優先日・平成10年)の「安全で効能を有する製薬の製造のためには、主成分の純度は重要な要素となっている。プラズマでの高コレステロールの治療もしくは予防の場合のように、製薬品が長期間にわたり服用される場合、製薬品の可能最大純度は、特に重要なものとなる。低純度の製薬品からの不純物の蓄積は、医療治療中、多くの副作用を引き起こす原因となる」(乙8の2・6頁11行~16行)との記載によれば、医薬として使用されるHMG-CoAレダクターゼ阻害物質はより純度の高い方が好ましいことも、本件特許権の優先日当時、当業者にとって自明のことであったということができる。

 そうすると、乙5公報の記載に接した当業者においては、活性成分であるプラバスタチンナトリウムの不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバによる副作用が引き起こされないように、乙5発明の凍結乾燥物中のプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量を可能な限り少なくすることについての動機付けがあるというべきである。

 b そして、乙5公報に開示されている、HMG-CoAレダクターゼインヒビターの精製方法である置換クロマトグラフィー法は、移動相に溶解したHMG-CoAレダクターゼインヒビターをカラムに供給し、次いで、カラムに導入されるディスプレーサが、HMG-CoAレダクターゼインヒビターを置換し、精製されたHMG-CoAレダクターゼインヒビターを得るというものであり、ここで使用される固定相は、アルキル鎖を有するシリカゲルが適切であり、移動相は、メタノールの水溶液が好ましいとされ、アミンを含む有機酸(例えば酢酸)で緩衝化された希釈溶液から選択するものとされる(段落【0007】、【0012】、【0016】、【0017】)。

 一方、証拠(乙1・10頁)及び弁論の全趣旨によれば、プラバスタチンナトリウム原薬は、液体クロマトグラフィーで純度試験され、液体クロマトグラフィーで測定して、当該原薬に混入する可能性のある夾雑物であるRMS-414(プラバスタチンラクトン)及びRMS-418(エピプラバ)の面積百分率を求めることができること、また、これらの物質の定量は、カラムがオクタデシリル化したシリカゲル充填カラムであり、移動相が水・メタノール・氷酢酸・トリエチルアミン混液(500:500:1:1)である液体クロマトグラフィーで行うことができることは、本件特許権の優先日当時において、当業者にとって技術常識であったと認められる。

 そうすると、乙5公報の記載に接した当業者は、同公報に記載された置換クロマトグラフィー法によって、HMG-CoAレダクターゼインヒビターであるプラバスタチンナトリウムから、不純物であるプラハスタチンラクトン及びエピプラバを分離することができると理解するというべきである。また、プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量を可能な限り少なくするために、技術常識に基づき置換クロマトグラフィーの条件を適宜設定し、プラバスタチンの粗ナトリウム塩の置換クロマトグラフィーを行うことも、乙5公報の記載に接した当業者が適宜なし得たことであると解される。

 なお、本件訂正発明は、プラバスタチンラクトンの混入量を「0.2重量%未満」に限定し、エピプラバの混入量を「0.1重量%未満」に限定するものであるものの、このような限定は、単に不純物が少ない方が医薬品であるプラバスタチンナトリウムとして好ましいという以上に、格別の技術的意義を有するものと認めるに足る証拠はなく、これによって生じる効果も、当業者に予測可能な範囲のものにすぎないというべきである。

 c これに対し、原告は、プラバスタチンラクトン及びエピプラバは、その構造が非常にプラバスタチンナトリウムに類似しており、その理化学的性質が近似しているため、本件特許権の優先日当時の従来技術であった置換クロマトグラフィー法(HPLC法)によっては、その分離、除去が極めて困難であったと主張する。

 しかしながら、証拠(甲41、乙1、乙5の1、2、乙7の1、2、乙14、20、23、24、26、27)及び弁論の全趣旨によれば、① プラバスタチンナトリウムとプラバスタチンラクトンとは、分析用HPLCに用いる移動相(pH6)に溶解した状態においては、前者がカルボン酸又はマイナス電荷を持つカルボン酸イオンであるのに対し、後者は電荷が存在しない分子内エステル化合物である点で物理化学的性質が大きく相違しており、分配クロマトグラフィーにおける保持時間(溶出時間)に顕著な差があること、② エピプラバは、プラバスタチンの立体異性体であり、水溶液中では、いずれもカルボン酸又はカルボン酸イオンの形で存在していることから、分配係数は近似しているものの、分配クロマトグラフィーにおける保持時間には有意の差があること、が認められ、同認定を左右するに足りる証拠はない。上記の事実に照らすと、置換クロマトグラフィー法によってプラバスタチンラクトン及びエピプラバの分離、除去が極めて困難であったということはできず、原告の上記主張は理由がない。

 d また、原告は、プラバスタチンナトリウムをHPLCで分離する場合には、緩衝液を用いてプラバスタチンナトリウム溶液をpH7前後(すなわち、「弱アルカリ性」、「中性」又は「弱酸性」の状態)に調節する操作を伴い、この操作によって溶液が「弱酸性」となると、プラバスタチンラクトンを生じ、仮に、得られた溶液が「弱アルカリ性」又は「中性」であっても、このような溶液はプラバスタチン陰イオンが過剰な状態であるから、この溶液を濃縮又は乾燥した場合、緩衝液の組成変化等によって溶液が「弱酸性」に変化し易く、やはりプラバスタチンラクトンが生じるため、HPLC法によってプラバスタチンラクトンとエピプラバを極限まで低減することはできないとも主張する。

 しかしながら、仮に、プラバスタチンの粗ナトリウム塩から置換クロマトグラフィー法(HPLC法)によってフラクションを分取した後、濃縮又は乾燥時にプラバスタチンラクトンが生じたとしても、上記(ア)cの方法では、プラバスタチンラクトンはアルカリ性水性相に移らない、又は、プラバスタチンナトリウムに変換されてアルカリ性水性相に移るものであるから、HPLC法を行った後に上記(ア)cの方法を行えば、プラバスタチンラクトン及びエピプラバを可能な限り低減することは可能であるといえる。したがって、原告の主張は理由がない。

 e 原告は、乙5公報に別途他の引用例や技術常識を組み合わせることなど、乙5公報はおよそ想定していないとも主張する。

 しかしながら、乙5公報は、置換クロマトグラフィーを含む精製プロセスを開示するにすぎないものであるから、最終的に活性成分を得るために、必要により別途他の公知技術や技術常識を組み合わせることが想定されていることは、乙5公報の記載に接した当業者には明らかである。原告の上記主張は、採用することができない。

 オ 以上のとおり、本件訂正発明は、乙5発明と技術常識とを組み合わせることによって、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである(特許法29条2項)。

 4 上記のとおり、本件訂正は、特許法所定の訂正要件を充たすものであるものの、訂正後の請求項1に係る特許について無効理由(乙5公報を主引例とする容易想到性)があるといえる。

 また、本件訂正は、プラバスタチンナトリウムに混入されるプラバスタチンラクトン及びエピプラバの量を限定するものであるから、上記3に説示したところに照らすと、本件訂正前の請求項一に係る特許についても、訂正後の請求項1に係る特許と同様の無効理由(乙5公報を主引例とする容易想到性)があることは明らかである。

 したがって、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものであると認められるから、原告は、被告に対して本件特許権を行使することはできない(特許法104条の3)。

 5 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 山門 優 志賀 勝)