裁判例>知財高判平成24年8月9日判時2175号59頁

知財高判平成24年8月9日判時2175号59頁

主文

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウムを輸入してはならない。

 3 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウムを株式会社陽進堂に販売してはならない。

 4 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の医薬品であるプラバスタチンナトリウムの在庫品を廃棄せよ。

 5 訴訟費用は,1審,2審とも被控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

 1 以下,控訴人を「原告」と,被控訴人を「被告」と表記する。また,原審で用いられた略語は,当審でもそのまま用いる。

 2 原審の経過は,以下のとおりである。

 本件は,発明の名称を「プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物」とする特許権(本件特許権)を有する原告が,被告製品の輸入及び販売行為は,本件特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づく被告製品の輸入,販売の差止め及び同条2項に基づく被告製品の廃棄を求める事案である。

 原審は,被告製品が本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に属すること(当事者間に争いがない)を前提とした上で,本件訂正発明は乙5発明と技術常識とを組み合わせることによって,当業者が容易に発明することができた(特許法29条2項)から,本件特許は特許無効審決により無効にされるべきものであると判断して(特許法104条の3),原告の請求をいずれも棄却した。

 これに対し,原告が,本件控訴を提起した。

 3 争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり付加,訂正する他は,原判決2頁23行目から53頁2行目記載のとおりであるから,これを引用する。

 (1) 原判決47頁17行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。

「エ 無効理由3(乙13公報を主引例とする容易想到性)

 (ア) 本件発明は,以下のとおり,乙13公報に記載された発明(以下「乙13発明」という。)並びに乙1資料及び技術常識によって,当業者が容易に想到し得た発明であるから,本件特許は特許無効審決により無効とされるべきものである。

 ところで,本件特許に関する知的財産高等裁判所平成22年(ネ)第10043号事件(以下「大合議事件」という。)に係る平成24年1月27日判決は,乙13公報に基づいて,本件特許は特許無効審決により無効とされるべきであると判示した。本件において,被告は,大合議事件の判決理由と同様,以下のとおり主張する。すなわち,

 a 証拠(乙1・医薬品インタビューフォーム「メバロチン錠等」)及び弁論の全趣旨によれば,プラバスタチンナトリウムは高脂血症及び高コルステロール血症等の疾病の治療薬として使用されており,C社が平成9年(1997年)10月ころに頒布した刊行物であるメバロチン錠の「医薬品インタビューフォーム」(乙1資料)には,同錠が99%前後のプラバスタチンナトリウムの含量を有する高純度品であり,その類縁物質である「RMS-414」(プラバスタチンラクトン)の含有量が0.02~0.06%,「RMS-418」(エピプラバ)の含有量が0.19~0.65%であることが記載されていた。また,メバロチン錠・細粒の発売日は平成元年(1989年)10月2日,メバロチン錠10・細粒1%の発売日は平成3年(1991年)12月6日であり,前記のような成分を有するプラバスタチンナトリウム製剤は,本件特許の優先日前に公然取得することができたことが認められ,同認定を覆すに足りる証拠はない。

 b 上記認定のとおり,本件優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)以前,医薬品であるプラバスタチンナトリウムにおいて,プラバスタチンラクトン及びエピプラバが低減すべき不純物であることは,乙1資料に記載されており,また,医薬品の技術分野において,より高純度のものを製造することは,周知の技術課題である。

 乙13公報の実施例において抽出工程に供されている培養液は,本件明細書の実施例と同じく硫酸によって酸性化されていることから,精製前の培養液中にあるプラバスタチンラクトンの量は,本件発明と大きく相違しているとは考えられない。

 また,乙13公報の実施例4(段落【0064】)では,純度はHPLC分析では99.5%を超える程度であったが,さらに高純度のプラバスタチンナトリウムを得るために,乙13公報に記載された精製方法を繰り返したり,最適化することで,より高純度のものまで精製することは,当業者が容易になし得ることである。

 そして,本件発明は,クレームに特定される工程a)~工程e)によって高純度のプラバスタチンナトリウムを得るものであるが,乙13発明も,本件発明で特定される工程a)~工程e)を備えるものであるから,乙13公報に記載された精製方法によって,本件発明で達成できた純度が達成できないとは考えられず,そのようにして達成された高度に精製されたプラバスタチンナトリウム塩の純度は,本件明細書の実施例と同程度であると考えられる。

 さらに,不純物がより少ない方がよいことは技術常識であるから,この高度に精製されたプラバスタチンナトリウム塩について,低減すべき不純物の含有量の上限値を特定することも,当業者が容易になし得ることである。

 したがって,本件発明は,乙13発明並びに乙1資料及び技術常識によって,当業者が容易に想到し得た発明であると認められるべきである。

 (イ) 時機に後れた攻撃防御方法でないこと

 原告は,乙13公報を主引例とする無効事由に係る被告の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

 すなわち,原審では,原告が本件特許は製法による限定をしたものではないと主張し,裁判所もその主張を前提に審理を進めることとしたため,被告は被告製品が本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に属することについては争わないこととした。

 その後,大合議事件の判決で,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの要旨の認定については,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在しない場合,クレームに記載された製造方法により製造された物に限定する旨判示し,本件発明については,そのような事情は存在しないから,製造方法により製造された物に限定されるとの判決がされるに至った。

 被告は,大合議判決の趣旨に照らし,本件特許は製法による限定をしたものであることを前提として,乙13公報を主引例とする無効事由に係る主張をしたのであって,同主張は,時機に後れた攻撃防御方法ではない。」

 (2) 原判決53頁2行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。

「d 乙5公報の凍結乾燥物を乙13の2及び甲38の2に開示の手法を用いて処理してもイオン比率を等量比に調整できないこと

 (a) 乙13の2及び甲38の2に開示の手法(以下「乙13・甲38法」という。)は,①乙5公報の結果物をアルカリ抽出した後,②非イオン性逆相カラムであるDiaion HP-20で処理するというものである。

 原告が,以上の手法について実験を行ったところ,前半のアルカリ抽出を終えた時点でプラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの比率が既に等量比に調節され,さらに後半のDiaion HP-20処理でも等量比がそのまま維持されるとの結果は得られなかった(甲49)。原告は,等量比の状態にある高純度プラバスタチンナトリウムに対して,乙13・甲38法の後半のDiaion HP-20処理を実施し,その前後のpHを測定した。結果は,出発物質の高純度プラバスタチンナトリウムのpHは7.4であったのに対し,Diaion HP-20処理後の凍結乾燥物のpHは8.98であった。

 等量比の状態にある高純度プラバスタチンナトリウムのpHは7.2~8.2で,pHがこの範囲外であれば,イオン比率が崩壊しており,等量比の状態にないことになる。実験の結果は,等量比の状態にあった高純度プラバスタチンナトリウム(pH7.41)が,Diaion HP-20処理によって等量比を喪失し,イオン比率の崩壊したプラバスタチン混合物(pH8.98)になったことを示している。

 以上の結果から,たとえ乙5公報の凍結乾燥物に対して乙13・甲38法を施したとしても,後半のDiaion HP-20処理の段階でイオン比率が崩壊し,等量比のプラバスタチンナトリウムを得ることはできない。

 ウ 無効理由3(乙13公報を主引例とする容易想到性)に対して

 (ア) 時機に後れた攻撃防御方法であること

 被告は,原審において,乙5公報を主引例とする無効事由を主張したが,乙13公報を主引例とする無効事由の主張はしなかった。被告の新たな主張は,重大な過失による時機に後れた攻撃防御方法に該当し,訴訟の完結を遅らせることになるから,却下されるべきである。

 (イ) 製法限定説は採用できず,物同一性説を採用するべきこと

 発明の要旨とは,発明の技術内容そのものであるから,発明の要旨認定に当たり,発明(物)の特定に必要のない製法記載を含める理由はない。本件発明は,物の発明であり,特許請求の範囲に記載された製法は,物の特定のために必要な記載とはいえないから,本件発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般と解すべきである。

 (ウ) 本件発明が,乙13発明に基づき無効理由があるとの主張に対し

 a 乙13発明と本件発明の相違点について

 被告は,乙13発明と本件発明を対比して,乙13発明と本件発明が,本件発明の請求項に記載の工程a)~e)を備える点で一致するが,得られたプラバスタチンナトリウムの純度の点(乙13発明では「純度はHPLC分析では99.5%を超える」のに対して,本件発明では,「プラバスタタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」である点)で相違すると主張する。しかし,本件訂正発明について対比すべきである点で,相違点に係る被告の主張は失当である。

 b 容易想到であるとの主張に対し

 被告は,乙13発明は本件発明の請求項に記載の工程a)~工程e)を採用していることから,本件発明は容易想到と主張する。

 しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。

 本件発明においては,請求項に記載の工程a)~工程e)をそのまま実施しても,請求項記載の純度のプラバスタチンナトリウムを得ることはできない。他方,「塩析結晶化」と「等量比調整」は,請求項に記載はないものの,本件発明が規定する高純度プラバスタチンナトリウムを得るのに不可欠の工程である。したがって,本件発明の請求項に記載の工程a)~e)をそのまま実施しても,本件発明と同等の純度のプラバスタチンナトリウムを得ることができない以上,乙13発明に基づいて,本件発明を容易に想到することはできない。

 また,被告は,乙13公報の精製方法の繰り返しや,最適化,技術常識によって本件発明に容易に想到できたと主張する。

 しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件発明の課題は,プラバスタチンラクトンの増量を抑えつつ,エピプラバとプラバスタチンラクトンを“極限まで”低減した高純度のプラバスタチンナトリウムを取得することであるところ,これを達成するには,「塩析結晶化」や「等量比調整」といった工程が不可欠である。乙13公報や,技術常識は,「塩析結晶化」や「等量比調整」といった技術手法を一切開示しないから,乙13公報の精製方法の繰り返しや,最適化,技術常識によって,本件発明の高純度プラバスタチンナトリウムが得られるとはいえない。原告による乙13公報記載の精製法(実施例4)の再現実験(甲51)によれば,乙13公報に記載の純度「99.5%を超える」との記載は再現性を欠くこと,乙13発明の精製方法を繰り返し又は最適化しても本件発明の高純度品は得られないことが裏付けられる。」

第3 当裁判所の判断

 1 事案に鑑み,争点3-2(本件訂正発明は,進歩性を欠くか)のうち無効理由3(乙13公報を主引例とする容易想到性)から検討する。当裁判所は,本件発明及び本件訂正発明は,乙13発明並びに乙1資料及び技術常識から,当業者が容易に発明することができたと認められるから,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができないと判断する(同法104条の3第1項)。その理由は次のとおりである。

 2 無効理由3(乙13公報を主引例とする容易想到性)について

 (1) 発明の要旨の認定について

 ア 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,特許法70条1項は「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」と,同条2項は「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」と,規定する。

 特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画していると解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。

 本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法に限定されることなく,他の製造方法をも含むものとして解釈・確定されることは許されない。

 もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした特許法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,同法36条6項2号にも反しないと解される場合もある。そして,上記のような事情が存在することが立証された場合にあっては,発明の技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されると解すべきである。

 そして,これを,特許権侵害訴訟における立証責任の分配の観点から整理すると,物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,特許請求の範囲は,その記載文言どおりに解釈するのが原則であるから,「発明の技術的範囲が特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されない」旨を主張する者において,「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,その旨の立証を尽くすことができないときは,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定すべきことになる。

 イ 特許法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,同条に係る抗弁の成否を判断する前提になる発明の要旨は,特許無効審判請求手続において,特許庁(審判体)が,無効の有無を判断する前提とする発明の要旨と同様に認定されるべきである。

 そして,本件のように,「物の発明」であり,かつ,その特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合における「発明の要旨」についても,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定と同様に認定されるべきである。すなわち,① 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが,② 上記①のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである。

 この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記②の「特許請求の範囲に記載された方法により製造された物」に限定したものとして,当該発明の要旨を認定するのが相当である。

 ウ そこで,本件発明において,上記「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するか否かについて検討する。

 (ア) 製法要件による物の特定の必要性

 証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)当時,本件発明に記載されたプラバスタチンナトリウムは,当業者にとって公知の物質であること,また,プラバスタチンラクトン及びエピプラバは,プラバスタチンナトリウムに含まれる不純物であることが認められる。

 特許請求の範囲(請求項1)の記載における「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバが公知の物質であるプラバスタチンナトリウムに含まれる量を数値限定したものであるから,その構造によって,客観的かつ明確に記載されていると解される。

 したがって,特許請求の範囲請求項1に記載された「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には,その製造方法によらない限り,物を特定することが不可能又は困難な事情は存在しないと認められる。

 (イ) 以上のとおりであるから,本件発明の要旨は,特許請求の範囲の記載どおり,製法により製造された物に限定され,次のとおりとなる。

 「次の段階:

 a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

 b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

 c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

 d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして

 e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

 (2) 乙13発明に基づく容易想到性の有無について

 当裁判所は,本件発明が乙13発明並びに乙1資料及び技術常識によって,当業者が容易に想到し得た発明であると判断する。その理由は,以下のとおりである。

 ア 乙13公報の内容

 (ア) 乙13公報(出願日平成12年〔2000年〕2月3日,国際公開日2000年〔平成12年〕8月10日,PCT/US00/02993,WO00/46175,名称「MICROBIAL PROCESS FOR PREPARING PRAVASTATIN」〔訳文 プラバスタチンの微生物学的製法〕,公表特許公報 特表2002-535977号)には,次の記載がある(ただし,訳は公表特許公報(乙13の2)による。)。

 「【0001】発明の分野

 本発明はプラバスタチンの製法,特にプラバスタチンの工業規模での微生物学的製法に関連する。」

 「【0002】発明の背景 アテローム性動脈硬化症および特に冠動脈閉塞症の最大の危険因子は高血しょうコレステロール値である。この20年間,コレステロール生合成の主要な律速酵素としての3-ヒドロキシ3-メチルグルタリル補酵素Aレダクターゼ(EC.1.1.1.34)が幅広く研究されてきた。プラバスタチン,すなわち式Iで示される化合物

 【0003】

 【化5】

 【 図 】

 【0004】

 および他の関連化合物(コンパクチン,メビノリン,シンバスタチン)はHMG-CoAレダクターゼ酵素の拮抗阻害剤である[A.Endo et al.,J.Antibiot.29,1346-1348(1976) ;A.Endo et al.,FEBS Lett.72,323-326(1976);C.H.Kuo et al.,J.Org.Chem.48,1991(1983)]。」

 「【0042】生物変換終了後,プラバスタチンはブロスまたは糸状カビ細胞分離後に得られたろ液のいずれかから抽出することができる。糸状カビ細胞はろ過または遠心分離のいずれかによって除去することができるが,特に工業規模では全ブロス抽出を行うのが有利である。抽出前に,ブロスまたはブロスろ液のpHを無機酸好ましくは希硫酸で3.5~3.7に調整する。抽出は酢酸エステルおよび炭素原子数24の脂肪族アルコール,好ましくは酢酸エチルまたは酢酸イソブチルで行う。抽出ステップは,酸性pHでプラバスタチンからラクトン誘導体が形成されるのを防ぐ意味できわめて迅速に行うのがよい。」

 「【0064】発酵が終わったところで,650μg/mlのプラバスタチンを含む4.9リットルのブロスのpHを,連続かく拌しながら2Mの水酸化ナトリウムで9.5~10.0へと調整し,次いで1時間後に20%硫酸でpHを3.5~3.7に調整した。その後,この酸性溶液を2.45リットルの酢酸エチルで抽出した。相を分離し,乳化有機物相から遠心分離により清澄エキスを分離した。

 このブロスを,前述の方法により2×1.22リットルの酢酸エチルで再抽出し,次いで混合液のpHを1M水酸化ナトリウムで8.0~8.5に調整した。相を分離し,酢酸エチル相を前述の要領でpH8.0~8.5の脱イオン水2×0.2リットルで抽出した。弱アルカリ性水溶液を含む混合プラバスタチンのpHを20%硫酸で,かく拌しながら3.5~3.7に調整した。得られた酸性溶液を酢酸エチル4×0.2リットルで抽出した。酢酸エチル抽出物を混ぜ合わせ,脱イオン水2×0.2リットルで洗浄し,次いで150モル%のジベンジルアミン(HPLCで求めたプラバスタチン濃度に対応させて計算)を酢酸エチル溶液に加えた。酢酸エチル溶液を容量0.2リットルに減圧濃縮した。

 得られた濃縮液にさらに20モル%のジベンジルアミンを加え,沈殿溶液を一晩0~5℃に保持した。沈殿したプラバスタチンジベンジルアミン塩をろ取し,沈殿物をフィルター上で冷酢酸エチルで1回,次いでn-ヘキサンで2回,それぞれ洗浄し,最後に40~50℃で減圧乾燥させた。得られた粗産物(3.9g)を100mlのメタノールに室温で溶解し,次いで溶液を0.45gの活性炭で清澄処理した。その後,メタノールろ液を減圧濃縮した。蒸発残留物を120mlのアセトンに62~66℃の外部温度で溶かし,次いで溶液を室温まで冷却した。その後,再結晶を0~5℃で一晩継続させた。

 沈殿した結晶をろ取し,フィルター上で冷アセトンで2回,n-ヘキサンで2回,それぞれ洗浄した。再結晶プラバスタチンジベンジルアミン塩を160ml酢酸イソブチルと80ml脱イオン水の混合液に懸濁させた。その後,当量の水酸化ナトリウムを懸濁液にかく拌しながら加えた。懸濁が消えてから相を分離し,プラバスタチンを含む水溶液を酢酸イソブチル2×30mlで洗浄した。得られた水溶液を活性炭で清澄処理した。次いで水性ろ液を容量約20mlへと濃縮した。得られた水溶液を0.4リットルSephadex LH-20ゲル(Pharmacia,Sweden)充填クロマトグラフィーカラム(高さ:径=22)に注入した。クロマトグラフィーでは溶離液として脱イオン水を使用し,20ml画分を収集した。画分をLTCで分析し,次いでプラバスタチンを含む画分を前述の要領でHPLCで分析した。純水のプラバスタチンを含む画分を混ぜ合わせ,凍結乾燥させた。こうして,1.75gのプラバスタチンが得られた。その純度はHPLC分析では99.5%を超える。」

 (イ) 上記記載によれば,乙13公報には,プラバスタチンの工業規模での微生物学的製法について,特に,その実施例4において,プラバスタチンの製造方法として,① 4.9リットルの発酵ブロスから「液-液抽出法」によりプラバスタチンを含有する0.8リットルの酢酸エチルを形成する工程,② ジベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させる工程,③ 再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製する工程,④ プラバスタチンジベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換える工程,⑤ プラバスタチンナトリウムを単離する工程が記載されていると認められる(以下,上記各工程を「乙13工程①」等という。)。

 イ 本件発明と乙13発明との対比

 (ア) 一致点

 a 本件発明の工程a)

 乙13工程①は,4.9リットルの発酵ブロスから「液-液抽出法」によりプラバスタチンを含有する0.8リットルの酢酸エチルを形成するものであるところ,プラバスタチンを含有する0.8リットルの酢酸エチルは「有機溶液」であり,また,4.9リットルの発酵ブロスから0.8リットルの酢酸エチルを形成するのであるから,「濃縮」有機溶液といえる。

 したがって,乙13工程①は本件発明の工程a)に相当する。

 b 本件発明の工程b)

 乙13工程②は,ジベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させるものであるところ,本件明細書の段落【0016】には,「窒素上の置換の有無又はそれが多数であるか否かに関わらず,アンモニア又はアミンの反応によって形成される塩は,以降アンモニウム塩として言及する。この意味は,アミンの塩及びアンモニアの塩を包含することを意図する。」と記載され,乙13公報で用いられているベンジルアミンは,アミンを指すから,工程b)は,ベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させることも包含するものと認められる。

 したがって,乙13工程②は本件発明の工程b)に相当する。

 c 本件発明の工程c)

 乙13工程③は,再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製するものであるところ,前記のとおり,ベンジルアミン塩もアンモニウム塩に包含されるから,工程c)は,再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製することも包含すると認められる。

 したがって,乙13工程③は本件発明の工程c)に相当する。

 d 本件発明の工程d)

 乙13工程④は,プラバスタチンジベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換えるものであるところ,前記のとおり,ベンジルアミン塩もアンモニウム塩に包含されるから,工程d)は,プラバスタチンのベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換えることも包含すると認められる。

 したがって,乙13工程④は本件発明の工程d)に相当する。

 e 本件発明の工程e)

 乙13工程⑤は,プラバスタチンナトリウムを単離するものであるから,本件発明の工程e)に相当する。

 f 以上によれば,乙13発明と本件発明は,

 「次の段階:

 a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

 b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

 c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

 d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして

 e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

 を含んで成る方法によって製造されるプラバスタチンナトリウム」である点で一致する。

 (イ) 相違点

 上記製造方法によって精製されるプラバスタチンナトリウムの濃度に関し,乙13発明では「純度はHPLC分析では99.5%を超える。」ものであるのに対し,本件発明では「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」である点で相違する。

 (ウ) 相違点に係る容易想到性についての判断

 a 証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,プラバスタチンナトリウムは高脂血症及び高コルステロール血症等の疾病の治療薬として使用されており,訴外三共株式会社が平成9年(1997年)10月ころに頒布した刊行物であるメバチロン錠の「医薬品インタビューフォーム」(乙1資料)には,同錠が99%前後のプラバスタチンナトリウムの含量を有する高純度品であり,その類縁物質である「RMS-414」(プラバスタチンラクトン)の含有量が0.02~0.06%,「RMS-418」(エピプラバ)の含有量が0.19~0.65%であることが記載されていた。また,メバチロン錠・細粒の発売日は平成元年(1989年)10月2日,メバチロン錠10・細粒1%の発売日は平成3年(1991年)12月6日であり,前記のような成分を有するプラバスタチンナトリウム製剤は,本件特許の優先日前に公然取得することができたことが認められ,同認定を覆すに足りる証拠はない。

 b 上記認定のとおり,本件優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)以前,医薬品であるプラバスタチンナトリウムにおいて,プラバスタチンラクトン及びエピプラバが低減すべき不純物であることは,乙1資料に記載されており,また,医薬品の技術分野において,より高純度のものを製造することは,周知の技術課題である。

 ところで,乙13公報の実施例において抽出工程に供されている培養液は,本件明細書の実施例と同じく硫酸によって酸性化されていることから,精製前の培養液中にあるプラバスタチンラクトンの量は,本件発明と大きく相違しているとは考えられない。

 また,乙13公報の実施例4(段落【0064】)では,純度はHPLC分析では99.5%を超える程度であったが,さらに高純度のプラバスタチンナトリウムを得るために,乙13公報に記載された精製方法を繰り返したり,最適化することで,より高純度のものを精製することは,当業者が容易になし得ることである。

 そして,本件発明は,クレームに特定される工程a)~工程e)によって高純度のプラバスタチンナトリウムを得る発明であるが,乙13発明も,本件発明で特定される工程a)~工程e)を備える発明であるから,乙13公報に記載された精製方法により,本件明細書の実施例と同程度の純度のプラバスタチンナトリウム塩を得るものと理解できる。

 さらに,不純物がより少ない方がよいことは技術常識であるから,この高度に精製されたプラバスタチンナトリウム塩について,低減すべき不純物の含有量の上限値を特定することも,当業者の容易になし得ることである。

 したがって,本件発明は,乙13発明並びに乙1資料及び技術常識によって,当業者が容易に想到し得た発明であると認められる。

 (エ) 原告の主張に対する判断

 a 原告は,本件発明で請求項に記載の工程a)~工程e)をそのまま実施しても,請求項に記載される純度のプラバスタチンナトリウムは得られず,請求項には記載されていない「塩析結晶化」と「等量比調整」が不可欠であると主張する。

 しかし,原告が,その主張の根拠とする別件の審決(甲36)の記載は,精製方法を何ら開示していない乙1資料との比較でしかないから,結晶化の中でも「塩析結晶化」を採用することで純度が上がると認めるに足りるものではなく,他にこの点を認めるに足りる証拠もない。塩の形で精製産物を得るのに,陽イオン及び陰イオンを等量比に調整することは当業者が通常行うことであるから,原告の主張は,採用の限りでない。

 b また,原告は,乙13公報記載の精製方法の繰り返しや,最適化,技術常識によって本件発明の高純度プラバスタチンナトリウムを取得することはできないと主張する。しかし,原告が,乙13公報の実施例4の再現実験であるとして提出する甲51には,最終的に得られたプラバスタチンの純度は95.378面積パーセントであった旨が記載されてはいるが,甲51で繰り返されたのは,工程c)と工程d)の後のクロマトグラフィーによる精製の工程のみであって,乙13公報に記載された他の工程の繰り返しや最適化が行われているわけではない。したがって,原告の上記主張は,採用の限りでない。原告は,甲51を根拠に,乙13公報の純度「99.5%を超える」との記載は再現性を欠くとも主張するが,一般に同様の実験を行っても,実験者の習熟度等によって結果が異なることはしばしばあることであるから,甲51を根拠として,原告の上記主張を裏付けることはできない。

 ウ 以上のとおり,本件発明は,乙13発明並びに乙1資料及び技術常識から本件優先日当時当業者が容易に発明することができたものと認められるから,特許法29条2項に該当する発明であり,特許無効審判において無効にされるべきものである。

 したがって,その余について判断するまでもなく,同法104条の3第1項に従い,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない。

 エ 原告は,前記のとおり,本件発明は,プラバスタチンラクトンの混入量について「0.5重量%未満」から「0.2重量%未満」に,エピプラバの混入量について「0.2重量%未満」から「0.1重量%未満」に訂正し,同訂正は認容されるべきであると主張する。しかし,本件訂正発明も,乙13発明等に基づき無効にされるべきであるであることは,上記のとおりであるから,原告の上記訂正の再抗弁は,採用できない。

 (3) 乙13公報に基づく無効の抗弁が時機に後れた攻撃方法か

 乙13公報を主引例とする無効の抗弁は,重大な過失による時機に後れた攻撃防御方法であるとする原告の主張について,判断する。

 ア 審理の経緯

 (ア) 本件は,被告製品が本件特許の技術的範囲に属することについては当事者間に争いがなく,本件特許の無効事由の存否が主たる争点である。原審において,被告は,乙1資料及び乙5公報を主引例とする進歩性欠如等の主張をした(乙5公報には純度99.8パーセントのプラバスタチンナトリウムを得たとの実施例が記載されていたものの,本件特許に記載の製造方法については何らの言及がされていないものである。)。原審は,平成23年7月28日に,被告の主張を採用して,原告の請求を棄却した。

 (イ) 原告は,本件控訴を提起した。ところで,原告は,訴外協和発酵キリン株式会社に対して,本件特許権に基づき,特許権侵害訴訟を提起し,同事件の控訴審が大合議事件となった。当審では,大合議事件の審理等を優先することとし,当審での第1回口頭弁論期日を平成24年4月12日と指定した(その間,被告は,平成23年12月9日に,控訴状に対する答弁書を提出したが,答弁書においては,乙13公報を主引例とする進歩性欠如の無効理由の主張はされていない。)。

 (ウ) 平成24年1月27日,大合議事件において判決の言渡しがされた。

 その後,当審において同年4月12日に実施した第1回口頭弁論期日において,被告は,本件特許には,乙13公報を主引例とする進歩性欠如の無効理由が存在する旨主張をした。

 イ 判断

 以上の経緯に照らし,時機に後れた攻撃防御方法に当たるか否かについて判断する。

 「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合の発明の要旨認定に関し,原審では,「製造方法」に限定されないとの理解を前提とした審理がされていた。そのような原審の審理を前提として,被告は,より純度の高いプラバスタチンナトリウムについての記載がある乙5公報を主引例とする無効理由を挙げて無効の抗弁をした。しかし,大合議事件判決において,本件発明の要旨の認定について,「製造方法」に限定される旨の判断がされたことから,被告は,当審の第1回弁論期日において,同一の製造方法が開示された乙13公報に基づく無効事由を主張した。このような経緯に照らすならば,被告が上記の主張をしたことに合理性を欠く点はなく,また時機に後れたと解することもできない。よって,被告の主張が時機に後れているとの原告の主張は採用できない。

 3 結論

 よって,原告の請求を棄却した原判決は,その余の点について検討するまでもなく,結論において正当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

    知的財産高等裁判所第1部