書評>D.P.Heller=C.H.Snyder『教養の化学』

『教養の化学』

bookcover

【書誌】

コメント

 有機化学を専門とする著者による,日常生活と結びついた科学について概説した一冊。

 原子と元素,化学結合といった理論化学面は簡潔にまとめたうえで,エネルギー・環境,食に関する化学(油脂・炭水化物・たんぱく質など),酸と塩基(洗剤などとの結びつき),医薬品と遺伝子など,化学のトピックと具体的な現象を結びつけるように構成された一冊です。図・写真も多く用い,イメージがわきやすいように工夫されています。なお,翻訳の際,教養学部の半期分の講義に充てられるよう,圧縮がなされたと紹介されています。

 「暮らしのサイエンス」(原著だと"Visualizing Everyday Chemistry")とあるだけあり,熱化学や有機化学の事項が,平板と理論面から述べられるのではなく,現実社会との結びつきを意識して書かれているのが,本書の特徴です。また,食品に関する記載や医薬品に関する記載は,たんぱく質に関して分子構造を示しながら説明するなど,科学的な説明も重視しつつ,発明でも問題になるような点が記載されており,興味深く読めると思います。

 本書は,翻訳の際に概ね半分の分量に圧縮されたとのことですが,圧縮方針には,訳者の渡辺先生のご思想が多分に含まれていると思います。そのため,合わない人には合わないのではないかと思います(とはいえ,科学的に誤った方針ではないと思いますが)。また,圧縮されたり文科生向け講義で用いることが念頭に置かれていたりということで,理論化学の記載などがかなり簡略化されています。とっつきやすさという意味では優れている一面,厳密さという意味では類書の参照を要します。

 日常生活で接する場面と結びついた記載がなされており,かつ,記載も特段高度な前提知識を要求するものではないため,主に文科生の方などが読むには適した一冊なのではないかと思います。

by Q.Urah