書評>北口哲也ほか『みんなの生命科学』

『みんなの生命科学』

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【書誌】

コメント

 気鋭の若手研究者らによる生命科学の入門書。

 東大前期教養の文科生向け生命科学の講義で,本書が指定教科書になっているのを見つけたので,まず最初にと読んでみることにしました。内容は,ヒトの生命活動に焦点を当て,それに関連する形でカエルとかマウスとかの観察・実験結果も出てくるというもので,14章構成になっています(ちょうど半期の講義で終えられるようにしてあるのでしょうか)。本書は,細胞の説明に始まり,DNAや神経伝達など分子生物学の話もあれば,免疫・代謝にも触れており,生命科学で扱う内容の全体像を概観しております。

 本書の特徴ですが,専門課程を目指す人以外の初学者ないし中学生・高校生が読んでも良いように書かれているということで,高校以前で扱うところから触れられ,前提知識を要するというところはほぼなかったように思います。また,フルカラーの図解で,顕微鏡写真も多く,ものによっては実験動画も参照されている(QRで読み込む)ため,理系出身者でなく,実験環境が整っていない人にとっても実際の図を見ることができるというのはかなりの長所だと思います。そして,本書は,初学者が楽しめるようにか,コラムが充実しています。ノーベル賞を受賞した研究の意義や概要の説明(例えば,下村のクラゲの研究でイクリオン・GFPが発見され,チャルフィーがGFP遺伝子を線虫や大腸菌で発現させ,チェンがGFPの遺伝子改変で様々な発色を可能したことを経て,GFPを用いたタンパク質の可視化が実現されたなど)であったり,実用化されている方法(科学捜査でも用いられるPCRによる遺伝子増幅など)の説明であったり,それぞれ話題性や日常性のあるものの要点が分かりやすく説明されています。

 もっとも,文科生向け教養講義の指定教科書というだけあり,基本的な部分ないし要点に触れて,それで終わりとなっている感があります。明細書を読むという観点では,より深い文献に当たらなければならないことは間違いありません。結論が書かれている部分も,その背景や理由については手薄な部分は生じてしまうように思いました。また,コラムがものすごく充実している裏返しというか,全体像が少々見えにくいかなという読後感はありました。

 本書だけで十分でないのは百も承知ですが,知財部で明細書を読む際にも本書で読んだような基礎的知識があると,どういう技術が問題になっているのか概要が頭に入りやすくなりました。特にDNAの辺なんか,今だと街弁で刑事事件をバリバリやるにしても知っていた方がよいでしょうし,どういう案件を扱うかによらず,法律関係者にも有用なのではないかと思います。

by Q.Urah