書評>中原茂樹『基本行政法(第3版)』

『基本行政法(第3版)』

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【書誌】

コメント

 元司法試験委員で第一線の研究者である著者による,行政法の一冊本。

 日本評論社の「基本~法」シリーズは試験対策向きと聞きますが,本書はまさに司法試験攻略本といった感じがします。私が攻略本と称する最たる理由は,終章の存在でしょう。行政訴訟の流れを図解(460頁)も用いて示すことで,学んでいることがどの段階で問題になるのか,明確に意識しやすくなっています。論述試験で使うのみならず,それ以前の思考の整理にも極めて有用でしょう。また,3版に改版するにあたり,行手と原告適格の箇所が顕著ですが,条文をより意識しているのも良い点だと思います。

 ここまでだと,学者が書いただけで予備校本とどう違うのかわかりにくいと思います(正直予備校本をパラパラ見た感じでは,本書の方が分かりやすさも勝っている気はしますが…)。しかし,本書は,試験対策以外で読んでも良い本なのでは思います。というのは,それぞれのトピックを扱ううえで,個別法を取り上げ,(しばしば判例をモデルにした)具体的なケースに即して検討していくスタイルで書かれているからです。行政法の基本書では,一般原則のみならず,手続にしても裁量にしても結構抽象的に記述されることが多いと思いますが,本書は個別法に則して,具体的にその箇所で扱っている概念がどう問題になるのか検討していくので,他の本でイメージをつかみきれなかった部分を補完してくれるように思います。

 もっとも,本書は第3版になる際に,より試験向けになった感もあります。たとえば,第2版100頁,117頁辺りで書かれていた仮の行政処分についてはカットされるなど,いわゆる試験に必要ない箇所はどんどんカットしている感があります。試験向きでない話も読みたいという向きには,物足りないかもしれません。また,逐一個別法を取り上げていくので,部分部分で違う法律が出てくることになり,一冊目として読むと全体像がつかみにくい側面もあるのでしょう(私は法科大学院辺りで本書に接したのでよく分かりませんが,修習同期で,体系が見えやすいからサクハシにしてたと言っていた人もいました)。この辺りは好みの問題かと思います。

 中原先生が司法試験委員から退いていることもありますし(どこかの人と違って,司法試験委員をなさっている時の2月とか3月とかには改訂しない辺り,一種の良心を感じます),現にこの前司法試験の傾向が変わったとも聞くので,今後も司法試験攻略本的な地位にあるかはわかりません。しかし,行政訴訟の全体像を示したり,個別法を摘示して具体的に行政法の各分野を検討したりするスタイルは,他の基本書で「具体的にどうなんだろう」と思った読者の需要に応えるものであり,やはり良い一冊であることに変わりはないでしょう。

by Q.Urah