書評>大屋雄裕『裁判の原点』

『裁判の原点』

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【書誌】

コメント

 法哲学者が判例を取り上げながら,日本の司法権・裁判には何が期待されるべきなのか概観した一冊。

 日本の裁判が何を扱う場所なのか,日本の司法権は消極的なのか,権力分立の観点から司法権がどのような役割を果たすべきなのか(立法権等の役割分担や政策形成訴訟の評価)などについて述べられています。著者がこちらで自著について語っていますが,法社会学でも訴訟法学でも触れられない「野球でいうとポテンヒットが生じる場所というか、いろいろな人の守備範囲を外れているので平凡なフライがアウトにならずに放置されている場所」を埋めるような内容になっているといえるでしょう。

 憲法判断以外の場面で日本の裁判所が法理を形成し(解雇権濫用法理の確立など)立法にも影響を与えてきたという点は,首肯できるものですし,無効判決を出した後どうするのかという選挙無効訴訟の抱える問題点の指摘や,政策形成訴訟を濫用することは不適切であるという点も,しっかりと示されています。また,本書を読むと,なぜ法学部で法学と政治学が並行して開講されているのか,その必要性を実感できると思います。

 一方,一方当事者から提出された捏造された証拠の証明力評価(37頁)は,他方当事者の主張とは別個独立に裁判官が行うことができるはずであるなど,著者の専門外の箇所については,疑義のある点もありました。また,本書でも重要な指摘として述べられているところではありますが,泉判事の指摘のように,立法に反映されづらい少数者の意見を尊重するための役割を埋没させないという観点は(著者の立法府への期待が明快なだけに)慎重に考慮されるべきでしょう。

 一通り法律を勉強した人からすると,目新しい議論という感じはしないかもしれません。もっとも,本書は広く法律を専門としない人に読まれることを想定しているように思われます。ぜひとも裁判が自分の考える「正義」を体現する場ではないのだということが周知されるよう,本書が読まれればよいと思います。

by Q.Urah