書評>白川静『字書を作る』

『字書を作る』

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【書誌】

コメント

 日本における漢字研究の泰斗による,字書作成,文字学について記した一冊。

 書き下ろしの「字書を作る」に加え,『字統』,『字訓』,『字通』の三部作の各巻頭言等,全6篇の文章が収録されています。

 本書は異なる時期に書かれた文章の集合ですが,本としては一貫して,文字学の系譜と字書編集のあり方について,著者の姿勢が読み取れるものとなっています。「文字学の課題」や「字統の編集について」では,著者が甲骨文・金文を詳細に検討し,いかに漢字の字源について一貫した理解をすることができるか述べられています。『説文解字』への批判的検討や,日本で従来提起されていた加藤説・藤堂説への批判は,従来の議論では字源の理解が困難であることを明快に示しています。そして,著者は,漢字の字源の一貫的な理解を,祭祀に用いられていた文字というところから鮮やかに描き出します。このあたり(代表的なところでいえば「口」という漢字の成り立ちを「さい」(テキストで出力できない…)として理解するところ等)は,白川文字学の痛快さを表しているように感じます。

 また,字書を引く際にはあまり意識しないことが多いところではありますが,本書では以下のように,字書編集に当たる著者の理念も現れています。

 辞書を作るという作業は,楽しいものである。苦労は多いが,苦労は苦痛ではない。辞書を作るものには,何かを意図し,目標とし,成就したいという願望がある。大きく言えば,理想がある。(334頁)
 漢字が世界の文字となることによって,漢字文化圏も,はじめて文化的に世界に参加しうるものとなる。私の究極の目的は,そのような形で東洋を回復するということである。東洋の回復があって,世界という概念が実質的意味をもつことができる。漢字がその運命を荷うものであるというのが,私の考えである。(348頁)

 本書に表れた,字源の理解をどう試みるか,辞書の編集を著者がどう考えているかという点は,著者の厳格な学問的姿勢を感じ取らせるもので,刺激的であると共に,背筋の伸びるような思いのするところであります。

 文字学に対する著者の見解を知るのに適しており,字書編集というもののあり方も垣間見ることができる一冊ですので,字書や漢字に関心のある方にとって,本書は魅力的な一冊かと思います。三部作から入るのは難しいだろうから,本書をはじめとした平凡社ライブラリーあたりから,白川文字学の世界に導かれる方が増えると良いなあと思っております。

by Q.Urah