書評>山本秀策『知財がひらく未来』

『知財がひらく未来』

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【書誌】

コメント

 米国企業などの出願を多く取り扱う事務所の創設者が仕事論や知財の取り扱いについて記載した一冊。

 第1章では著者が国際的知財業務を扱うに至った経緯など,自伝としての内容が書かれています。第2章では,「クライアント・ファーストの哲学」と題して,著者が仕事に当たって重要と考えている28個の事項につき,著者の仕事論が展開されています。第3章では,ワイン事業のビジネスモデルなどを例に挙げ,日本における知財の重要性が語られています。最後の第4章では,日本の大学や企業での知財戦略の問題点に触れたうえで,著者が接した実例を踏まえて知財戦略で注意すべき点を挙げています。

 本書には,著者の長年の実務経験に基づく記載も含まれており,有用な点も見いだせます。例えば,勅許法30条の新規性喪失の例外について,日本法ではそうかもしれないが,欧州には該当する条文がないという点(175頁)などは,一般的な体系書で注意点として挙げられるものではなく,著者が国際的業務を長期にわたり経験してきたから記載できる内容と思います。また,意匠戦略や商標戦略についても簡潔ながら実例に基づき,早期に行うことがかえってコスト削減に結び付くことなど,示唆に富む記載がされています。

 もっとも,著名な特許事務所の創設者が書いた本ということで,知財実務上有益な情報がないかと思って読むと,本書はより読み物に寄せて書かれており,実務面に深入りしていないので,肩透かしを食らうように思います。また,仕事論については,目新しいことを言っているわけではないと思います。本書の3割程度の内容がこれで占めているのは残念なところです。また,何が何でも,お客様の意向が最優先」(104,105頁)という点も,言いたいことは分かるのですが,顧客の利益の追求との点をもう少し丁寧に書いた方がよいのではないかと思います(少々揚げ足取り感はありますが,明細書の細かい文言の整合性を問題にする分野を取り扱う方が著者である以上,余計な疑義を招くような記載はすべきでないでしょう)。

 現在ほど知的財産に関心が集まっていなかった時期(「無体財産法」の時期)から,特許事務所を開設し,知財実務に関わってきた著者の経験を垣間見るという意味では,一読してもよい一冊と思います。

by Q.Urah