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『数学受験術指南』

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【書誌】

コメント

 森一刀斎こと森毅先生による受験指南術。受験指南という言葉が合わなさそうな人が何を書いたのかと期待させる一冊。

 中身を見てみると,びっくりするほど受験指南です。痛快な語り口で,受験勉強をこうやってみたらどうかというのを,自己の受験歴も挙げながら記しています。私も色々な試験を受けてきましたが,そうだよなあと思うことがかなりある内容でした。試験勉強は個性的であれというのも,倍率2倍以上なら受験生の多数と同じことをやれば落ちる人の方が多い以上,よく考えればそうだと思わされるところです。しかも,京大教授として採点にも関わったことがある身から,(問題にならない範囲で)採点者の視点も語られており,これは通常受験指導にかかわる人には真似できない話です。

 本書は,「数学受験指南術」とありますが,タイトルは2つの意味でミスリードでしょう。まず,「数学」とありますが,時間だけ長くても意味がない,完全主義を排してリラックスして受ける,ヒントに敏感になる,答案はメモ書きではないのだから人に伝わるように書くなどなど,本書に挙げられている指南は他の科目であっても十分妥当する内容です。決して「数学」の受験に限られた話ではないと思います。次に,「受験指南」とありますが,根性より技術が大事だとしても一定の基礎は必要である,余事記載はよくない,決まり文句を使って安易な方向に流れるななどなど,こうした内容は文書作成一般に妥当する内容ではないでしょうか。そうすると,本書は「受験」に限った内容でもないように思われます。

 また,末尾の「ティー・ラウンジ」は,受験とは直接関係ないですが,著者のキレのある語り口の中に,読者へのやさしいまなざしが感じられます。「みんなにめいわくをかけることで,みんなと関係をとりむすんで,そして,この人間の社会をみんなで作りながら,生きていこうじゃないか」など温かいメッセージが込められており,くたびれた時に読むのによいでしょう。

 ちなみに,一般的に思われているより受験勉強って楽だから手を抜いてよいと考えると,痛い目を見るのではないかと思います。本書も長時間耐久の学習や大量のパターンを覚えるだけなのが望ましくないといっているだけで,必ずしも手を抜けと言っているわけではないように思われます。例えば,計算練習はドリル的なものでやっても面白くないからといって,対数表を作るとか素数表を自作するとか手間のかかる計算をしようと提案しています。また,楽しんでやることが前提になっているとはいえ,15分で1問解くのを20個連続でできれば上等というのも,途中休みがあるとしても,5時間分は演習するということです。勉強を苦役にしないから楽そうに見えるだけで,結構やりこんでるので怠けてよいといっているわけではないでしょう。

 本書は,あくまで著者が数学者であることから,「数学受験指南」となっていますが,「数学」の部分を他の言葉に置き換えてもおよそふるいにかける試験に適用できるような内容になっています(例えば,「数学」を「司法試験」に置き換えても大体首肯できる内容でしょう。自主ゼミなんかも優秀な人を探して組めというような言説を目にしないわけではないですが,本書のように自分とチョボチョボの相手と組むのも良いのではないでしょうか)。何らかの試験の受験生が読んでも有用であること間違いなしですが,受験指導をする人も一読すべき一冊なのではないかと思います。

by Q.Urah