裁判例>最判平成11年4月16日民集53巻4号627頁

最判平成11年4月16日民集53巻4号627頁

主文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

理由

 上告代理人高坂敬三、同夏住要一郎、同鳥山半六、同岩本安昭、同阿多博文、同田辺陽一の上告受理申立て理由について

一 本件訴訟は、化学物質及びそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有していた上告人が、被上告人において、右特許発明に係る医薬品と有効成分、分量、用法、用量、効能、効果等が同一の医薬品(以下「被告製剤」という。)につき薬事法14条所定の製造承認申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うため、右特許権の存続期間中に被告製剤を生産し、使用した行為が右特許権の侵害に当たるとして、被告製剤の販売の差止め及び損害賠償を請求するものである。これに対し、被上告人は、右行為が特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たること等を理由に、上告人の特許権を侵害したものではないと主張している。

二 【要旨】ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

1 特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。

2 薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明の技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法69条1項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。

3 他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間中は後発医薬品の製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間を相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。

三 以上のとおりであるから、原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の被上告人の行為は特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たると解すべきであって、上告人の特許権を侵害したものということはできない。原審の判断は、結論において正当である。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであり、採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫)