裁判例>最判平成23年4月28日民集65巻3号1654頁

最判平成23年4月28日民集65巻3号1654頁

主文

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

理由

 上告代理人須藤典明ほかの上告受理申立て理由について

 1 本件は,特許第3134187号(以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被上告人が,本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める事案である。

 2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1) 本件特許(請求項の数は22である。)は,発明の名称を放出制御組成物として,平成9年3月6日,特許出願され,平成12年12月1日,設定登録がされた。

 本件特許に係る発明は,薬物を含んで成る核が,水不溶性物質,一定の親水性物質及び一定の架橋型アクリル酸重合体を含む被膜剤で被覆された放出制御組成物に関する発明である。

 (2) 被上告人は,平成17年9月30日,販売名を「パシーフカプセル30mg」とする医薬品(以下「本件医薬品」という。)につき,薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「本件処分」という。)を受けた。本件医薬品は,その有効成分を塩酸モルヒネとし,効能及び効果を中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛とする。

 (3) 本件処分よりも前に,販売名を「オプソ内服液5mg・10mg」とし,有効成分並びに効能及び効果を本件医薬品のそれと同じくする医薬品(以下「本件先行医薬品」という。)につき,薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「本件先行処分」という。)がされている。本件先行医薬品は,本件特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない。

 (4) 被上告人は,平成17年12月16日,本件処分を受けることが必要であるために本件特許権の特許発明の実施をすることができない期間があったとして,本件特許権の存続期間の延長登録出願をしたが,拒絶査定を受けたことから,これを不服として拒絶査定不服審判の請求をした。

 (5) 特許庁は,平成20年10月21日,本件処分よりも前に,本件医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする本件先行医薬品について本件先行処分がされているのであるから,本件特許権の特許発明の実施について,本件処分を受けることが必要であったとは認められないとして,上記審判の請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をした。

 3 特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認(以下「後行処分」という。)に先行して,後行処分の対象となった医薬品(以下「後行医薬品」という。)と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品(以下「先行医薬品」という。)について同項による製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合であっても,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分がされていることを根拠として,当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないというべきである。なぜならば,特許権の存続期間の延長制度は,特許法67条2項の政令で定める処分を受けるために特許発明を実施することができなかった期間を回復することを目的とするところ,後行医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする先行医薬品について先行処分がされていたからといって,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しない以上,上記延長登録出願に係る特許権のうち後行医薬品がその実施に当たる特許発明はもとより,上記特許権のいずれの請求項に係る特許発明も実施することができたとはいえないからである。そして,先行医薬品が,延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは,先行処分により存続期間が延長され得た場合の特許権の効力の及ぶ範囲(特許法68条の2)をどのように解するかによって上記結論が左右されるものではない。

 本件先行医薬品は,本件特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないのであるから,本件において,本件先行処分がされていることを根拠として,その特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないということはできない。

 4 以上によれば,本件先行処分がされていることは,本件特許権の特許発明の実施に当たり,薬事法14条1項による製造販売の承認を受けることが必要であったことを否定する理由にはならないとして,本件審決を違法であるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横田尤孝 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木 勇)