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最判平成5年10月19日集民170号31頁

主文

 原判決を破棄する。

 被上告人の本訴請求中、損害賠償請求に関する部分を東京高等裁判所に差し戻す。

 その余の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

 前項の部分に関する控訴費用及び上告費用は、被上告人の負担とする。

理由

 上告代理人雨宮定直、同吉田和彦の上告理由第3点及び第4点について

一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 被上告人代表者は、原判決添付別紙本訴対象物件目録表示の目的機能及び構成を有する揺動圧入式掘削装置(以下「北辰式掘削装置」という。)と実質的に同一の掘削装置に関する発明について特許権を取得してこれを実施することを企図し、特許出願の準備を進めて、昭和47年10月14日、右出願をした(以下、右特許出願に係る発明を「本願発明」という。)。なお、本願発明の明細書の特許請求の範囲には、インゴットの取付け位置を限定する記載はなかった。

 2 上告人と被上告人は、昭和47年1月から4月までの間に、本願発明を実施した装置である北辰式掘削装置の製造を被上告人が上告人に発注し、上告人はこれを製造して被上告人に納入する旨の契約(以下「本件契約」という。)を口頭で締結した。その中で、被上告人は代表者において本願発明の特許出願を準備していたため、上告人はその製造した北辰式掘削装置を被上告人以外には納入販売しないという義務を負う旨の合意をした。

 3 被上告人代表者は、本願発明の特許出願に関して拒絶理由が通知されたことから、昭和52年11月21日、本願発明の明細書の特許請求の範囲につき、インゴットの取付け位置を限定する旨の補正をしたところ、昭和54年10月18日、右補正された内容で出願公告され、同55年5月20日、設定登録された(以下、右特許を「本件特許」といい、右特許に係る発明を「本件発明」という。)。

二 本訴は、上告人が製造して昭和五五年六月に他に販売した第一審判決添付別紙目録(一)記載の装置(以下「被告装置」という。)は、本件契約の対象である北辰式掘削装置に含まれるとして、被上告人が上告人に対し、北辰式掘削装置の製造販売等の差止めと損害賠償を請求するものである。

 原審は、前記事実関係の下において、本件契約の対象は本願発明を実施した装置である北辰式掘削装置であるところ、被告装置は北辰式掘削装置に含まれるとした上で、本願発明につき、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された本件発明として設定登録され、これにより発明の内容が変動しても、右補正前に締結された本件契約の対象となる装置が変動することはないとして、被告装置が本件発明の技術的範囲に含まれるか否かを検討することなく、被上告人の請求を認容した。

三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 原審の前記認定によれば、上告人はその製造した本願発明の実施に当たる装置を被上告人以外には納入販売しないとの義務を負っていたが、本願発明は、出願の過程で明細日の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された本件発明として設定登録されたというのである。そして、本願発明は掘削装置の構成に関するものであり、右装置が製造されて工事等に使用されたならば、これを現認した者は容易に発明の内容を知ることができるところ、右発明について特許出願をして独占権が与えられない限り、被上告人は他者の右発明の実施を阻止することができないことは明らかである。そうであるならば、特許出願準備中の本願発明を実施した裝置を上告人に製造させる旨の本件契約は、本願発明につき特許出願がされて将来特許権として独占権か与えられることを前提として、このような発明としての本願発明の実施に当たる装置を対象として締結されたものと解すべきである。けだし、本件契約が、本願発明につき特許出願がされ将来特許権として独占権が与えられるか否かにかかわりなく締結されたとするならば、本件契約に基づいて北辰式掘削装置か製造販売され、本願発明を他者が知るところとなり、他者がその実施をすることが可能となるに至る技術的事項につき、契約当事者である上告人のみが実施を禁ぜられることになり、不合理であるといわざるを得ないからである。したがって、特段の事情の認められない本件においては、本願発明につき、出願の過程で明細書の特許請求の範囲が補正された結果、特許請求の範囲が減縮された場合には、これに伴って本件契約によって被告人以外に納入販売しないという義務の対象となる装置もその範囲のものになると解するのが相当である。

 これを要するに、本願発明がその出願の過程で変動しても本件契約の対象となる装置が変動することはないとした原審の説示には、契約に関する法令の解釈適用を誤る違法があるといわなくてはならない。

四 そうすると、原判決には右の違法があり、これが原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そこで、後記の部分を除き、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。なお、昭和57年9月30日に本件特許を無効とする旨の審決があり、右審決の取消しを求める訴訟において請求棄却の判決がされ、右判決が平成2年4月19日に確定したことは当裁判所に顕著であるから、被上告人の、北辰式掘削装置の製造販売等の差止めを求める部分は、被告装置が本件発明の技術的範囲に属するか否かにかかわらず棄却すべきであり、これと同旨の第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきである。

 よって、民訴法407条1項、408条、396条、384条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男)