書評>芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法(第7版)』

『憲法(第7版)』

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【書誌】

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 法学部生等には言わずと知れた芦部憲法です。

 もともと放送大学のテキストに使っていたものを単行本化したもので,コンパクトに憲法全体を概説しています。原著者は亡くなっていますが,高橋先生が補訂を続けておられるので,平成26年の判例までは対象となっており,集団的自衛権や忘れられる権利など,最近話題のテーマも取り上げられています。

 コンパクトに全体がまとまっていること,一応これに目を通した(断じて「理解した」ではない)ことを前提に多くの講義がなされることから,当面の間一人一冊備え付けておくとよい本です。実際の問題を考えていくうえで重要である点(例えば,このページを書くためにパラパラ見返してみたら,経済的自由権の目的二分論の問題とか書かれてましたね)も書かれており,内容も充実しているといえるでしょう。

 もっとも,定評ある本ですが,以下のような問題点はどうしても生じてしまい,取扱いは難しいように思います。

 まず,本の中身の問題というより,取扱う側の姿勢の問題でもありますが,内容を圧縮・省略していることから生ずる問題です。本書については,よく「行間を読む」必要があるといわれます。つまり,一冊にまとめるうえで省いた部分が多いので,確たる理解のためには他の重厚な体系書や論文を参照しないと,何を言いたかったのか分かりにくいところがあると感じます。本書は,さしあたり誰もが挙げる本で,レイアウトが立派な本であることもあり,最初の一冊として選ぶと,これ一冊で理解できたつもりになってしまうリスクは大きいように感じます。

 次に,原著者の死後は,原文に手を加えないスタイルで補訂がなされてきたことによる問題です。原著者死後約20年が経過した現在において,判例学説・憲法をめぐる政治動向は大きく変化しており,芦部憲法原文当時とは状況が異なっています。これに対し,本文中に,分量をコンパクトに押さえることを前提とした注で挿入して補訂を行っているので,どうしても判例学説の展開,近年のトピックが捉えにくくなっています(例えば,二重の基準に対する比例原則の注は,あれを読んでどう考えるべきか,どう活用していくかイメージしにくいというのはわたくしだけではないはずです。)。また,芦部説に批判に対する応答も十分ではないため,理解を深めるには他の文献を参照しなければなりません。しかし,巻末文献リストは,原文に載っていたものの改訂版だけが挙げられ,21世紀に入ってから新しく出版された本はカバーできていないところが痛いところです。

 こうしてみると,高橋先生の『立憲主義と日本国憲法』も出ていることですし,何か調査に用いるのであれば三冊バージョンの方がよいですし,芦部憲法も段々誰に適した本なのか分からなくなってきていると思われます。ここ数年,(公務員試験ないし司法試験受験生向けに?)様々な憲法の基本書が出版されており(一冊本なら『憲法学読本』とか),問題演習のヒントになる本も多数出てきているので,芦部憲法を読む必要性は低くなっているのかもしれません。もっとも,新しい本も,なんだかんだで芦部憲法でわかりにくいところであったり,問題があると思われるところであったりを取り上げていく性質があるので,依然として憲法に言及する際は,参照する機会のある本にはなるのでしょう。

(追記) 第7版に改訂されました。旧版からの4年間に出された裁判例や立法を反映したものということです。もっとも,原文に継ぎ足していくという改訂スタイルは変えていないので,大幅な変更にはなっていないと思われます。指定教科書として指定されたら,一冊持っておくとよいのかなあと思います。

by Q.Urah