書評>坂野潤治『帝国と立憲 日中戦争はなぜ防げなかったのか』

『帝国と立憲 日中戦争はなぜ防げなかったのか』

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【書誌】

コメント

 日本近代史の第一人者が,明治期~日中戦争に至る過程を,「帝国」と「立憲」という「近代日本の抱えた『矛盾』」から描き出した一冊。

 特徴としては,まず,近代日本の対アジア拡大政策の展開に着目して,「なぜ日中戦争に至ったのか」という点を描き出している点が挙げられます。著者も指摘するように,太平洋戦争について書かれたものは多く,現に平和運動が最初に「戦争」として念頭に置いているのもアメリカ絡みであることが多い中,日中戦争に焦点を当てている点は面白いと思います。

 また,題名にも表れているように,「帝国」(対外拡大方針,軍部)と「立憲」(対外拡大抑制,議会・政党政治)の対立軸を中心に据えているのも特徴でしょう。「内に立憲,外に帝国」という双方が並立した政治状況は,実は存在せず,「帝国」と「立憲」は,一方が他方を抑え込む関係にある。このことが,具体的な対外政策や国内情勢を挙げながら示されています。

 歴史の書き方というのは難しいそうですが,著者の本は史料を踏まえつつ面白いものが多く,本書も例に漏れず,日中戦争に至るまで様々なすれ違いがあったこと,それが重なって戦争が回避できなくなったことといった歴史のダイナミズムも,史料を踏まえてうまく書かれており,このあたりもさすがだなあと感じました。

 気になった点としては,どうすればデモクラシーが戦争を止められるかという部分の見解です。リベラルな政党内閣(デモクラシー勢力)が政権についていれば戦争を止めることができるというのは,紙幅の都合もあるのでしょうが,「ではさらにどうやれば戦争をしない勢力を政権につけられるのか」という疑問を残し,解決策としてはどうかと感じました。

 もっとも,台湾出兵から日中戦争という,日本史の中でも記述するのが難しい(どう書いてもなにかしらいちゃもんがつくような)時代について,バランスの取れた観点から,「帝国」と「立憲」の相克という視座をもって書かれた本書は,近代日本の歩みを興味深く描き出しており,日本近代史に興味のある人に広く進められる良書だと思います。また,当時の政党政治の状況や吉野作造の主張を知ることで,現代日本の政治に対する示唆を感じ取ることもでき,そういう意味でも良い本だと思います。文体や書籍の体裁からして,重厚な研究書ではなく,一般向けに書かれた面白い本ですので,興味を持った方は買ってみるといいと思います。

 駒場にいたころに出ていたら国際関係史(近代日本外交史の概説)の時に合わせて読んでただろうなあ。

by Q.Urah

めも