書評>ダニエル・H・フット『名もない顔もない司法』

『名もない顔もない司法』

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【書誌】

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 米国出身者として初の東大法学部教授を務めてきた,法社会学の第一人者による司法制度の日米比較に関する一冊。

 裁判官の椅子が米国では裁判官ごとに異なるのに対し,日本では統一された規格であること,伊藤正巳の靴のエピソードなどを挙げて,日本の裁判官は「名もなく顔もない」ことを指摘しています。そのうえで,日米の司法制度,裁判官の選任過程,裁判官のキャリアシステムという観点から比較を行い,日本の司法制度でなぜ裁判官の個性が表れにくいのか考察しています。そして,司法制度改革,特に裁判員制度が,「名もない顔もない司法」にどのような影響を与えるのか検討を加えています。

 著者が連邦裁判所のロークラークなど,米国での実務経験も経たうえで,法社会学者として日本の司法制度についても研究を行っているという背景があるため,司法制度の日米比較につき,特定の立場に偏ることなく,充実した記載がなされています。例えば,日本と米国での裁判所での手続きに関する公開をどのように考えているかという点は,中継の可否や懲戒手続の公開の可否という観点から,日本の手続が公開に消極的であることが,うまく対比されていると思います。また,裁判官による政治活動の制限について,寺西事件とサンダース事件を比較し,米国では「裁判官が州民の投票によって選挙されるという制度において,こういった見解の自由な表現を保護する必要性」が重視されている点も,裁判官の選任過程が記載されていることと結び付けて読むことができ,興味深く読めました。

 気になる点としては,日本の司法のうちでも「名もない顔もない」との指摘が妥当しない点が,しばしばみられるのではないかという点です。知財の分野では,知財高裁や東京地裁知財部の部総括クラスが,民間の講演会に出てくることはよくあることだと思います。その上で,研究者や弁護士も,裁判官の名前に着目しているように思います。また,裁判官による本が頻繁に出版されている専門訴訟の分野でなくとも,近年では要件事実がらみなどで,裁判官の著書が多く出版されているなど,裁判官個人の名前が世間に出てくることも多いと思います(岡口さんは外れ値として除いても,大島さんとかいろいろ挙げることはできると思います。)。著書を出されていたり,講演をされていたりする裁判官(名も顔もある裁判官)は,キャリア上むしろ出世コースを歩んでいるようにも見られるため,日本の裁判所では「名もなく顔もない」ことが好まれるという指摘と,この辺りの整合性はどう説明できるのか気になるところです。

 本書は,司法制度の日米比較として,ラムザイヤー・ラスムーセンの分析を批判すべき点は批判しているなど,バランス感覚に富んだものであり,良い一冊だと思いますので,司法制度に興味のある方は是非読まれるとよろしいと思います。

by Q.Urah