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『大人のための社会科』

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【書誌】

コメント

 「気鋭の社会科学者が,日本社会を12のキーワードから解きほぐし,未来への方向性を示す」一冊(有斐閣公式ホームページより)。書評も多々なされ,話題の一冊のようです。

 ジャンルが異なる4人の社会科学者が熟議を重ねて,キーワードから現代社会をどのように見通すのか示しています。キーワードはGDPなどいかにも一般向けの用語集などに出てきそうなものから,希望といったなかなか社会科学の教科書には出てこないようなものまで,多岐にわたっています。

 本書の特徴は,様々な専攻の先生が,様々なキーワードを扱っているにもかかわらず,それぞれの章の関連性がしっかり意識されているところです。例えば,第5章の「運動」という項目では,多数決(第4章)で意思を反映できないマイノリティが,自らの意思を反映させるための役割を持つという視点をもって書かれており,97頁では勤労(第2章)との関係性も意識した記載がされています。キーワードで章を立てつつも,バラバラな記載にならないのは,共著者がしっかりそれぞれの内容を話し合い,すり合わせを行っていることの賜物でしょう。

 また,「公」と「私」が別の部に置かれていて,担当者も異なるなど,一見同じ人が担当しそうな事項を,異なる人が担当しているという点も,なかなか興味深いところです。固定観念にとらわれず,柔軟にキーワードの結びつきを表そうとしているのが窺えます。

 本書は,大人のための「教科書」といいますが,何か明確な見解や回答を示しているわけではありません。そういうスタンスの本なので問題ではなのですが,誤解して読まれると肩透かし感が生じるかもしれません。あと,立ち止まって考えてみるということを実践しようとしている本なのに,「反知性主義」という一種のレッテルを用いてしまうのはどうなのかと思うところはありました(おっしゃりたいことは分かりますが)。

 もっとも,それぞれの分野が「タコツボ化」している状況を脱し,マクロな視点で物を見ようとする試みとして,本書は興味深く読めると思います。お手頃な価格とサイズですので,学びなおしたい大人であったり,進路を考えている高校生であったり,広く勧められる一冊と思います。

 組み込むのが難しいのは分かるのですが,こういうところに法律の先生が出てこないのはなんだかなあと思うこの頃です。

by Q.Urah