書評>京都大学iPS細胞研究所(編著)(山中伸弥監修)『iPS細胞の世界 未来を拓く最先端生命科学』

『iPS細胞の世界 未来を拓く最先端生命科学』

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【書誌】

コメント

 ノーベル賞受賞間もないころに執筆された,京大iPS細胞研究所によiPS細胞及びその取り巻く状況に関する一冊。

 まずiPS細胞とは何か,受精卵を用いるES細胞を踏まえたうえで解説し,体細胞から幹細胞を作成することの画期性を解説します。次に,加齢黄斑変性,パーキンソン病などの難病に対し,iPS細胞を活用することで治療への活路が見いだせるのではないかという再生医療への期待と,がん化のおそれといったリスクにどう対処していくかという見通しが書かれています。そして,iPS細胞のストック計画や,iPS細胞を用いた新薬実験,難病のメカニズムの解明への活用といった,iPS細胞を用いてどのような画期的実験ができるのかという点も概観しています。

 法律に関わる者としては,京大がiPS細胞関係の特許を積極的に取得しているというあたりの話も興味深いところです。自らが利益を上げるというのではなく,研究を幅広く行ってもらう趣旨での特許取得という,普段の特許法の議論と異なる観点があり,興味深く思います。また,知財の実務家が科学の発展に貢献できる側面を見出せるとも思います。

 研究チームによるものであるので,全般的にiPS細胞の活用に対しては,前向きな見通しが示されています(がん化のおそれについても,加齢黄斑変性であれば,目というがんが生じにくい部分で,万が一の場合もレーザー治療で対応できる見通しがあるなど)。見通しについては第三者によって書かれたものと対比すると,面白いように思います。

 最近iPS細胞研究所の研究員の論文に不正があったとかで論文が撤回されたというニュースもありましたが,当然ながら真摯な研究もおこなわれており,幹細胞を用いた再生医療・新薬開発や生命科学の発展を期待させる一冊でした。

by Q.Urah