書評>中山信弘『特許法(第4版)』

『特許法(第4版)』

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【書誌】

コメント

 言わずと知れた中山先生の特許法の体系書です。

 専門的に扱うならだれでも持っているという本で,説明不要な気もしますが,コメントしないのも気が引けるのでコメントします。

 今入手しやすい特許法の体系書の中では,最も詳しく書かれています。令和元年改正の特許法全般の概説に加え、各項目で法改正の沿革も端的に概観し,変動の著しい特許法がどのような変化を遂げてきたのかという点も見通せるように作られています。令和元年改正という最近の改正までフォローしている特許法の基本書は,少ないので,ありがたいところです。また,外国法の記述は「必要最低限」を述べるにとどめたとされているものの,特許法の改正が欧米の制度との平仄をとってきたり,パリ条約等の条約の影響を受けていたりすることもあり,外国法の記述も体系書の中では詳しいと思います(「必要最低限」のレベルが高い)。そして,厚めなだけあり,記述は概して丁寧で,論点に対する見解も概ね理由を示して書かれています。例えば,職務発明の利益の定め方について,一時払いの方が合理的だとする根拠について,将来利益の予測が外れて結果的に発明者にとって不平等になってしまったとしても,特許権のリスクの大きさという観点と使用者の事務負担という観点から説明されており,これはこれで説得力があるものと思いました。また,注釈も充実しており,まず中山特許法を参照して,さらに調べるうえでの当たりをつけるという読み方もできます。裁判例についても,評釈類はデータベースや『新・註解特許法』に投げるとしつつも,どういう裁判例があるのか,平成30年12月21日までの分が参照され,重要判例の網羅性は高いです。

 とはいえ,一番詳しいレベルの体系書なのですが,結構書かれていないことは多いです。進歩性の詳細や職務発明の相当の利益(対価)やプログラムとか,議論が込み入っているところは,はなから論文や注釈書(主に『新・注解特許法』)に投げるつもりで書かれているところがあるとは思います。体系書で込み入った話をすると記述のバランスが悪くなるのは分かりますし,注で示してるからいいと言えばいいのですが,せっかく本書をひも解いたのに丸投げするかのごとく書かれていてほぼ何も得られないと,残念な感じはします。また,図解はもっと入れてよいのではないかと思います。29条の2の説明だったり,審判・訴訟の流れなんかは図表で示したらすっきりするのになあと思いながら読んでいました(141頁で進歩性判断の手順例をフローチャートで乗せていらっしゃるから,ご思想として図表は用いないというわけでも,編集上載せられないというわけでもなさそうなので,知財訴訟なんかでも図表は積極活用されているのだから使えばいいのにという雑感)。あと,高部さんのきんざいの方の実務書はたまに参照されるのですが,商事法務の方のは参照がないようです。双方の本には重複する箇所があるとはいえ,実務家も参照することを予定した本書で,実務で頻繁に参照される本をあえて飛ばしているのは,何か意図があるんでしょうか?

 色々書きましたが,やはり本書は議論のベース・出発点を提供するところがあり,価値のある一冊であることは揺るがないでしょう。司法試験で選択するくらいであれば,上野ほか『特許法入門』を軸に法改正だけフォローすればいいと思いますが,ゼミ等で特許法をしっかり扱う方や実務で特許法を扱う方には,本書は必携の一冊だと思います。

by Q.Urah