書評>田中豊『民事訴訟判例 読み方の基本』

『民事訴訟判例 読み方の基本』

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【書誌】

コメント

 司法研修所教官,最高裁調査官を歴任し,慶應ローでも教鞭をとる著者による,民訴法に関する判例を題材に取り上げ,判例の読み方について著した一冊。

 本書は,主要判例としては50個の判例を扱います。これだけ聞くと,百選等より判例数が少ないように思いますが,本のボリュームからも察知できるように,一つひとつの判例に対するコメントは丁寧で,関連判例に対する言及も十分にあります(関連判例は著者曰く300強あるそうです)。内容としては,事案の概要,判旨,判旨のポイントに対する解説という三段構成で,50個の判例を解説していきます。

 著者は,さすが最高裁調査官経験者というだけあり,判例を丹念に読まれていることが窺えます。まず,事案の概要と判旨を一定の分量を割いて内在的に取り上げるところも,著者が判決原文を尊重していることの現れでしょう。また,事案の概要の整理についても,整然だった図表や時系列表が付してあり,この辺りも調査官経験者がごちゃごちゃした事案をどのように整理しているのか垣間見るという意味で,有意義だと思います。そして,本書が他の民訴判例集と異なるところは,法理判例・場合判例・事例判例のどれに当たるか,取り上げた判例それぞれに(この部分は場合判例でこの部分は法理判例である…など,ものによっては判例内でも部分部分で分けて)しっかりコメントを付しているところでしょう。実務で判例を参照する際には,直面している事案に従来の判例が使えるのか,使えないのか判断する必要があるところ,こうした要請に応えられるよう,判例の射程を精密に考えておられる様子も窺えます。そして,調査官解説を中心に,必要に応じて研究者の著作も挙げられており,脚注も相当書かれているので,さらなる調査をしたい場合にも有用です。

 このように,大変良書だと思うのですが,民訴法を一通り学修済みの方でないと,ボリュームと密度に圧倒されてしまう気はします。また,ところどころ要件事実による整理が出てくるので,法科大学院の民事実務科目等で,要件事実の考え方に触れたことのある人の方が読みやすいかと思います。また,同著者による先行書籍(特に『法律文書作成の基本』(日本評論社,2011))を参照することを前提にした記述が見受けられるため,適宜参照できる環境で読まれることをお勧めします。その他,判例に追従することなく,著者の問題意識を押し出すようにしたということで,そういう箇所もあるのですが,全体的には控えめで,できるだけ判例自体を説明するという方向で書かれています。著者のファンにとっては残念かもしれません。

 読後感としては,優秀な方が学部の判例研究ゼミであったり法科大学院の判例勉強会であったりで,本書の内容のような形の報告をしていたなあというものです。私は,学部のゼミで判例研究ゼミばかり取っていたのですが,こういう感じの報告をする報告者が来ると質問にも力が入ったと懐かしく思うところがありました。本書の主要読者層は,若手法曹を意識しているようですが,法科大学院生や(予備試験の勉強をして要件事実の考え方に触れたことのある)学部生にも広く勧められる一冊です。また,判例研究系のゼミをとったことがないが実務家になろうという人にとって,判例にどう接していくか知るうえで,本書は極めて有意義なのではないかと思います。

by Q.Urah